9:降ってきたのは雨と声

 
 

  

ついに、と言うべきか。
第一回目の放送が先程成された。
嬉しそうに友人の死を紡ぐ西園寺の声を、少年達はどんな面持ちで聞き入っていたのだろう。
その心情を量ることは出来ない。
それぞれに何かを抱えて、明るい朝が来ることを心待ちにしていた。

しかし、悪いことは重なるものだ。

あれほど待ち望んでいた朝も、暗雲に光が遮られ、さして明るくもないこの状況。
ポツリと、雨まで降ってくる始末。
湿った空気に溜息を吐いた者も少なくないはず。

 

東屋で休憩を取っていた内藤もその中の1人。

 

(あーあ、雨まで降ってきた…。)

ぐったりと身体を背もたれ(と言うような上等な物でもないが)に預けて、ぼんやりと空を見上げる。
朝になれば明るくなって、少しは気が紛れるかとも思っていたが生憎の天気だ。
ますます心は重くなる。
それでなくても教室を出てから一向に気が晴れることなど無いというのに。
質量を増していくような自分の心臓を、内藤は持て余していた。

 

このプログラムは一体何の為に行われるのだろう。 

 

自分で出した問いに、大きく溜息を吐く。
そんなことを尋ねたところで誰からも答えが返ってくるわけではないし、大体、こんなプログラムを思い付く時点で、考えたヤツの頭のイカレ具合が分かるからだ。
まともな神経を持ち合わせていないヤツに、何を尋ねたところで返ってくる答えはまともであるはずがない。
まったくもって不条理なこの状況に、内藤は溜息を吐くしかなかったのだ。

(死にたくなんて無い。それは誰だって同じじゃないのか?)

だから必死に解決策を考える。
けれど妙案など浮かぶはずもなく、ただ時間が過ぎて行ってしまう。
そうしている間にも人は死に、当然だが殺すヤツも出てきてしまうのだろう。
理由は様々だ。
しかし根底にある思いは同じ。

―――死にたくない。

 

内藤はそう言う意味でだれも信用していなかった。
同じ学校のヤツならいざ知らず、選抜でしか顔を合わせることのない連中ばかりだ。
信用しろと言う方が無理な相談で。
比較的仲良くしていたのは木田だったが……彼ももう居ない。
急に心細くなる。
自分は1人のままで生き残ることなど出来るのだろうか?
それ以前に人殺しなど出来るのか?
幸いに自分の支給武器はその気になれば人の1人くらいどうって事ないくらい簡単に消せそうな物だが。
それを使う自分の姿を、彼は想像できなかった。
内藤の支給武器はウージー9mmサブマシンガン。
間違いなく最高クラスの当たり武器だ。
一応説明書も読んでみたが、専門用語が多すぎて内藤には理解不能だった。
ひとつ、この武器は初心者でも扱いが容易だと言うことが分かっただけだ。
はぁ、とこのプログラムが始まってから何度目かもう数えることすら億劫になってきたほどの溜息を、彼はまた吐いた。

俯いた彼の身体が少し翳る。

 

「おはようございます。」 

 

頭上から声が降ってきた。
慌てて内藤が顔を上げると、そこには小雨にやられたのか、少し濡れている須釜の姿。
突然の出来事に反応しそびれていると、須釜はニッコリといつものように笑って見せる。
少しだけホッとする。
彼の笑みがなにをか企んでいるように見えるのはいつものことで。
特に気にもせず内藤は「脅かすなよ…」とだらしなく身体を折り曲げた。
その様子に須釜が大して悪びれた様子もなく「すみません」と謝罪する。

どうやら彼は雨宿りをしにこの東屋に来たらしかった。
そうしたらそこには既に先客の姿。
一瞬の躊躇の後、声を掛けることに決めたという。

「雨で風邪なんか引いたら嫌ですしね〜。」

のほほんと、須釜が言う。
それに内藤も同意した。
1人でないことが心を軽くする。
申し訳なさ程度だけれど。
隣に誰かが座っているという事実は、内藤を安心させた。
誰も信用しない、などと思っていたくせに。
心はどうも寂しがっていたらしい。
久々(と言っても数時間程度だが)に感じる人の気配にどうしようもなく安堵していた。

 

須釜寿樹という男は。
どうも掴めないところがあるが、そんなに悪いヤツでもない。
寄せ集めの感が拭えない選抜を、彼は見事にまとめ上げていた。
頼りにされているのだ。
それは恐らくサッカーセンスだけの問題ではないだろう。
須釜自身が信用に足る、そう言う人間だからこそ。
関東選抜の選手は彼を信用し、頼っているのだ。
彼自身はその依存にも近い信頼を、どう受け止めているのかは量りかねる所があるが。
とにかく、内藤にとって須釜は警戒するべき対象ではない。
彼はきっとこのプログラムをどうにかしようとしてるはずなのだ、そう言う奴だ。

 

「本当に生憎の天気になりましたね〜まさかこの天気すら予測されていたんじゃないでしょうね。」

須釜の言葉に内藤は笑う。

「天候まで操るって言うのか?いくら何でもそれは…。」

「ありえませんかねぇ。」

「ありえないだろ。」

何処か漫才のようなやり取りに、彼らは和んでいた。
自然と笑顔がその表情に浮かぶ。
人と対話をするというのはこんなに楽しかっただろうか。
ふと、内藤が自問する。
普段はそんなに口数の多い方だとは自分自身思っていない。
無口というわけでもない。
それでも時々ひどく人と話すのが億劫になるときがあった。
そんなときは曖昧に相槌を返すだけに終わってしまっていたのだが。
あの時、相手の話をもっとちゃんと聴いてやれば良かった、なんて、そんな後悔の念が少し沸き上がる。
今更どうしようもないことだけれど。

「それにしてもこの湿った空気はあまり好きませんね〜。」

間延びした声で須釜が呟く。
あまり雨の日が好きだという奴に出会ったことがないが、例に漏れず須釜も雨はあまり歓迎しないようだ。
内藤も雨は好きではない。
サッカーが出来なくなるし、その上、身体がどうしようもなく怠くなるのだ。
気圧の変化とかそう言うことなのだというのは分かっていても、精神的に参る。
カラッと晴れた、夏の晴天が好きだ。
自然に身体が動いてしまうような、あの清々しい青空に思いを馳せる。
そして連鎖的にサッカーの練習していたグラウンドを思い出した。
東京選抜の練習は生易しい物ではなかったが、苦にも感じなかった。
何より自分はサッカーが好きなのだ。
あのスポーツを考え出した人を尊敬したいくらいに。
また、ああやってサッカーをしたい。
……急に目頭が熱くなった。

「ところで内藤くん?でしたよね。ここに来るまでに人に会いましたか?」

思い出したように尋ねた須釜に、内藤は慌てて目尻に浮かんだ涙を拭った。
そんな内藤に須釜が「あ」と幾分間抜けな声を出す。
そしてちょっとすまなそうに顔を逸らした。
恥ずかしい。
泣いてるところを人に見られるなんて何年ぶりだろうか。
須釜は相変わらずそっぽを向いていてくれる。
その気遣いが、内藤には嬉しかった。
少し照れ臭かったけれど。

「俺は誰にも会わなかった。出てきたのが結構先の方だったし…。」

ポツリというと、須釜が背中で「そうですか」と返してきた。
もう涙は拭いきったからこっちを向いても良い、と言おうと内藤が口を開き掛けたとき。
それに須釜のいつもの間延びした声がかぶった。

 

 

「じゃぁ、もう用はないですね〜。」

 

 

振り返った須釜は、やはりいつもの通りに何か企んでいるような笑みを口元に乗せていた。

 

 

ガァン

 

 

内藤の胸元でそんな音がした。
須釜が内藤の心臓部に押し当てたそれは間違いなく銃で。
銃と身体が密着しているため、少々くぐもったような音が出たようだった。
ごぼ、と内藤の口から血が零れる。
朱く染まっていく胸を押さえながら、その場に崩れ落ちるしかなかった。

「す、すが……、おま……。」

上手く言葉を出すこともままならない。
必死に絞り出した声は、単語すら満足に発音することが出来なかった。
その様子を須釜は先程からの表情を変えることなく、のんびりと見ていた。

「僕ねぇ、人を捜しているんです。ほら、君の所の選抜の。チビくん。」

東京選抜のチビと言えば……風祭のことだろう。同じ位の身長だが、椎名のことを「チビくん」と呼ぶ人物を内藤は知らなかった。

「彼に会いたいんですよね〜。だから人に聞いてみて回ろうかと。知っていたら知っていたで良いし、知らなかったら消すだけですし。どっちにしても死んで貰うことに代わりはないんですけどね〜。」

ひょーん、という効果音が彼の後ろに見えたような気がした。
勿論それは内藤の錯覚に過ぎないのだが…どこか似合っていて、自分の幻覚を内藤は誉めた。
(こう言うときに使うんじゃねーの?ひょーん、なんて効果音。)
押さえた胸部からはどくどくと血が流れ続けているのに、頭の方は案外冷静だ。
もしかしたら感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
許容量を超えて既にオーバーヒート気味なのか。
げほ、と咳き込むと、口からもまた血が飛び出した。
自分の周りはもう血だらけだ。
霞む目で最後に見たのはそんな朱。

人の血って意外に綺麗なもんなんだな。

自分の血を称えたところで、内藤の意識はぷつりと切れた。

 

 

 

「うーん、意外に抵抗ないものですねぇ。人殺すのって。」

内藤が事切れたのを見届けて、須釜は呟く。
自分の武器がWALTHER PPK/Sなどという物騒な銃器だと知ったとき、動揺がなかったと言えば嘘になるが、それ以上に安堵したものだ。
少なくとも外れ武器ではないのだから。
自分は身を守る術を手に入れたことになるし、上手くすれば人を殺すことも容易に出来るのではないか。
使ったことはないけれど、どうにかなるだろうと楽天的な思考でいた。
実際、反動を考えて両手で撃ってみたのだが、さほど衝撃はなく。
どうやら護身用としての働きの方を期待した方が良いらしい。

そこまで自分なりに考察をまとめて、次は内藤の支給武器に目を向ける。

彼は鞄を無造作に置いていたが、中身はなかなか興味深い物だった。
UZI9mmSMGと言えば、このプログラムの中でも最強に属する武器だろう。
思わぬ所で手に入れた獲物に、須釜はにんまりと笑った。

「これでまた少し楽になりますね〜。良かった良かった。」

手に入れたばかりのUZI9mmSMGを片肩に掛け、須釜は徐に東屋の小汚い椅子に腰を下ろす。
時刻は朝。
7時に届こうとしている時間だ。
お腹も少し空き始めたので、朝食を摂ることにする。
どうせだから食糧は内藤の鞄から失敬することにして、自分の鞄はしっかりとチャックをして隣に置いた。
WALTHERの方は上着のポケットにでも入れておくことにする。
そして味気ないパンを頬張り始めた。

 

 

彼の足元には血の海に沈んだ内藤が、静かに眠ったまま。

 

 

 

出席番号21番 内藤孝介 死亡 

《残り ― 26人》

 

 

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