6:大根役者

 
 

  

午前1時15分。
時々上がる銃声を音楽のように聞きながら、政府によってあてがわれた教官室で西園寺は優雅に紅茶を飲んでいた。
ほのかに香るシナモンの香りが彼女の鼻を心地良くくすぐる。
ふんわりと立ち上る湯気、その向こうに見えるこの島の地図を写しだしたモニター。
時々上がる機械音に少し瞳を眇めながらも、彼女は遅いティータイムを満喫している。
やっと全員送り出した子供達が外で恐怖におののいていることも、彼女には全く関係がなかった。

 

震える小岩が出て行った後、出立式は滞りなく行われた。
須釜が出て行き、真田が出て行き、椎名が出て行く。
高山は一瞬躊躇したが、覚悟を決めたのか、重い足取りながらもすんなりと出て行った。
そして次に水野の名前が呼ばれる。
彼は端から見ていても分かるくらいに顔色が悪かった。
いつも「クールな美少年」と形容されている彼の面影は何処にもない。
フラフラと教卓に近付いて西園寺を一瞥してから、また、フラフラと出て行ってしまう。
まだ教室に残っていた渋沢が心配そうに顔を歪めたが、それだけだった。
その渋沢が次に呼ばれる。
キャプテンと呼ばれるにふさわしい、堂々とした旅立ちであった。
次に山口が呼ばれる。そして、若菜が呼ばれた。
教室に残っているのは若菜と特に親しくない人物ばかりだったため、彼は一度も振り向かなかった。
ただ、立ち上がって前に出るときに李のことをちらりと盗み見たが、李の方は先程伊賀の血で汚れた自分のブレザーの袖をじっと見つめていたため、それに気付きもしない。
ふぅ、と自分にのみ聞こえるような溜息を付いて、若菜は諦めたように前に出て行った。
更に続く少年達も、大した混乱もなく出て行く。
杉原、上原、小堤健太郎。
そして李の名前が呼ばれ、最後に鳴海貴志が呼ばれて、教室に残っているのは西園寺のみになった。
満足げに口元を緩ませて、彼女もその部屋をあとにする。

 

午前1時20分。廃校のあるエリアが禁止エリアになった。
その中に残っているのはまだ廃校内にいる教官達と死体だけ。
―――の筈だ。
至って静かな殺人ゲームの幕開けの筈だった。
しかし廃校間近で爆発音が起きる。
それに西園寺は危うく紅茶を零しかけた。
(まだ誰か残っていたのかしら…。)
西園寺がコンピュータの前に陣取っている軍人に指示を出すと、彼は軽く頷いて今爆発した首輪の番号の確認作業を始める。
間もなくその結果は出た。

出席番号7番、木田圭介。

爆発音は彼の最後の悲痛な叫びだったのかも知れない。

 

 

時は遡り、午前0時40分。木田は教室を出た。
気分は最悪、心なしか体調も優れないように思える。
足が何十キロものおもりを着けているように重かった。
速度も鈍い。
いつもの自分ならこんなに怠く歩くことはないだろう
―――そう思って、木田は溜息を付いた。
一体どうなっているというのだろう。
今まで少なくとも尊敬はしていたであろう女監督は、政府に弄られておかしくなってしまった。
そして手に握った黒い銃で東京選抜メンバーである谷口殺し、伊賀の首輪を爆発させて殺した。
伊賀の死は良く見えなかったが、谷口の死は近くで見た。
額に丸く空いた穴。だらしなく開かれた口。暗く、何も映さない瞳。そして床に広がる血の海。
「うッ…!」
その光景を思い出すと同時に、木田はまた嘔吐感をも一緒に蘇らせてしまった。
喉の奥が酸っぱさで一杯になる。
しかし戻すことはなく、何とか口内で押し留めた。
じわじわと口に広がる気持ち悪さに顔を顰めてしまう。
(これからこれを何度も体感しなければならないのか……。)
ウンザリと項垂れる。
ふと顔を上げると、校舎の出口が見えた。
とりあえずここから出よう。
まずはそれからだ。
その場にへたりこみそうになる身体に鞭を打って、木田は先程よりやや早足気味に出口に向かった。

用心深く辺りを窺ってから外に出る。
そうしてから、はた、と自分の行動を嗤った。
(何をしているんだ俺は…誰かが俺を殺すと思った?仲間なのに。殺し合いなんて行われるはずがない
―――

その時だった。

ぱぁん!と教室で聞いたあの銃声と似たような音が辺りから響いたのは。

「!!」
思わずその大きな身体を隠すべく、近くの茂みに逃げ込む。
おかしい。
外には俺達、仲間と呼ばれる人間しか居ないはずだ。
その中の誰かが発砲した…?
誰かが誰かを殺そうとした…?
おおよそ信じられないことだった。
木田はここまで来ても、仲間を、友達を信じていたかったから。
そんな木田の願いは儚くも一発の銃声によって砕かれてしまう。
絶望感にも似た何かが喉をせり上がってくる感触に、思わず木田はがくりと膝を着いた。

しかしいつまでもそうしているわけにもいかない。
自分の後にはまだ出てくる人が残っているのだ。
こんな出口付近にいて、殺されてしまうのは木田も望むところではなかった。
諦めたように立ち上がる。
誰かに殺されるのではないかと危惧している自分を嘲りながら。

木田が向かったのは目の前の森ではなく、校舎の裏側だった。
ひっそりと静まり返って、誰かがいる様子はない。
周りから見えないような場所を見つけて、そこにゆっくりと腰を下ろす。
そして念のために支給された鞄の中身を確認することにした。
入っていたのは西園寺が言っていた物と寸分違わない。
一応武器も入っていた。それが武器と呼べる物ならば、の話だが。
木田は手に握った武器……ピアノ線を見つめて、深い溜息を付いた。

 

しばらくそこでじっとしていると、ガサリと近くで葉を踏む音。
顔を上げれば驚くでもなく、無表情を通している顔とぶつかった。
「椎名……。」
東京選抜のDF、椎名翼。
同じポジション同士、少しは交流もあった。
本当に、それはかすかなものだったけれど。
うずくまっている木田に、椎名は怪訝そうに瞳を細める。
「何してんの?こんな所にいたら危ないよ。」
椎名の問い(忠告?)に、木田はふるふると首を振った。
「いいんだ。ちょっと考え事をしていたい。」
木田の答えに椎名はあっそ、とだけ返す。
そして軽やかに歩き始めた。しかし少し行ったところで何かを思い出したのか足を止めて振り返る。
「なぁ、柾輝とさ、ロク見なかった?探してンだけど。」
「いいや、俺は誰にも会っていない。」
「そっか……。何処行っちゃったんだろうアイツら。ったく、待っていてくれても良いのに。俺の事置いていくなんていい度胸してんじゃん。会ったら覚えてろ。」
ブツブツと文句を言いながら、今度こそ椎名は木田の視界から消えてしまった。

椎名が去った後の木田はどうしてか心が穏やかだった。
心境の変化に自分自身戸惑ってしまう。
先程まで絶望にも似た気持ちでいたというのに。今は何処か晴れやかだ。
理由を探る。どうしてこんなにも俺は安らいでしまっているんだ?
答えはすぐに出た。

 

椎名が、声を掛けてきたことが思った以上に嬉しかったんだ。

 

随分な理由に自分でも笑ってしまう。
そう、椎名は臆することなく自分に声を掛けてきた。
そして友人の所在を尋ねてきた。
その間、彼は何を疑うでもなく、鞄に手を掛けるでもなく、ただいつものように木田に接したのだ。
町中で友人に出会ったかのように。
それが嬉しかった。ただそれだけだ。
ああ、随分自分は弱っているのだな、と嫌がおうにも自覚させられる。
やはり自分は昨日まで友人と呼んでいた者たちを殺すことなど出来ない。
しかし、この武器では自殺しようにもしようがない。
それに自分で自分を手に掛ける勇気もほんの少し足りない気がした。
ならば。
答えは一つだろう。

 

 

時は戻って午前1時20分。
木田の首輪が爆発した
―――その音を聞いて、禁止エリアの比較的近くにいた阿部がビクリと身体を大きく震わせた。
(教室で聞いたあの首輪の爆発音と一緒だ…!)
思わず耳を塞ぐ。
さっきも銃声がした。しかも3回。
その間は随分と空いていた気がしたが、それはどうでも良いことだった。
とにかく誰かがやる気になっている。それは、疑いようのない事実だった。
さっきの銃声が聞こえるまでは絶対に殺し合いなんか始まらないと呪文のように繰り返してきた阿部だが、今はそうも言ってられなくなっている。

『お、俺、殺し合いなんて出来ない……ッ!でも、死にたくもない……ッ!』

教室で誰かが―――確か東京選抜のヤツのような気がする―――叫んだ言葉が耳に残っている。
確かに自分も同じ気持ちだ。
死にたくないが、殺したくもない。
殆ど顔見知りは居ないとはいえ、人殺しは立派な犯罪だと思っている。
いくらルールだから、と言っても割り切れる物ではない。
これからどうしよう。
まず悩まなくてはいけないのは、そんな根本的な物からだった。
ウーン、ウーン、と唸って悩む。
その背後に、誰かが佇んだ。
気付かない様子の阿部に呆れて、ポン、と肩を叩いてやる。

 

「う、うわぁぁあぁッ!?」

 

もの凄い大声を出して叫んだ阿部の口を慌てて塞ぐ。
「ゴメン驚かして。俺だよ。」
ニコリと笑って言うと、阿部が目を見開いた。
それを確認して口を解放してやる。

「光っくん!」

阿部の後ろから現れたのは、同じ東北選抜の日生だった。

 

「小太郎に会えて良かったぜー。ここじゃ、知ってる人間あまり居ないだろ?一人じゃ心細くてさ。」
心底ホッとしたというように日生は言う。
それは自分も一緒だと阿部が言うと、彼はまたニッコリと笑った。
日生は元々東北の人間ではなく、転校してきたメンバーだった。
サッカーは文句無しに上手い。東北に転校してきてさほど経たない内に、すっかり馴染んでしまった。
人当たりの良さもそれに起因しているのかも知れないが。
とにかく彼は何でもこなした。サッカー以外のことも。それも、人並み以上に。
サッカー以外では不器用(特に人間関係は辛い)な阿部から見れば、日生は同じ東北選抜のブレーン坂井雄大と並んで憧れの人物と言っても過言ではなかった。
その日生が心細くて自分を捜していたのだという。
何処か完璧に見えた日生の弱さを見た気がして、不謹慎にも阿部は何だか嬉しかった。
「そういえば小太郎の武器、何だった?」
少し世間話をした後、ふいに日生が聞いた。
そう言えば自分は怯えるばかりで鞄の中身を確認していなかったな、と思い、彼に促されるまま鞄を開ける。

開けてみて、ギョッとした。

小振りの銃が裸のまま、無造作に放り込まれていたからだ。

「あぶねぇ…。」
ポツリと呟くと、日生も横でごくりと喉を鳴らしている。
「こんな裸のまま入れてて移動中に暴発とかしたらどうしてくれるんだろうな…。」
そっとその銃を掴み上げて、ほんのり青くなっている表情で日生はしげしげとそれを上から下から、左右から、余す所なく見回した。
自分の鞄に銃が入っていたショックからか、阿部は硬直してしまっている。
「小太郎。さっきの銃声聞いた?爆発音とか。」
未だ銃をその手に持ったまま、日生が聞く。
力無くコクリと頷くと、日生も沈痛な面もちになって俯いてしまった。
「……やだよな。なんか。」
だらりと両腕を垂らして、日生が呟く。
嫌だ、本当に嫌だ。
見知った者同士が殺し合いしているだなんて、想像しただけで吐けそうだ。
しばらく重い沈黙の中、双方とも動けなくなってしまった。

 

「でもこうしていてもしょうがないし。とりあえずこの銃の使い方、見てみようぜ。」
日生がわざとらしく明るい声を出す。
阿部は自分は今きっと今までにないくらい情けない顔をしているのだろうと思った。
だから日生がこんな風に励ましてくれているのだと。
こんな所に来てまで彼には迷惑を掛けてばかりだ。本当に情けない。
緩慢な動きで銃の説明書を日生にやる。
すると、彼はちょっと驚いたような顔をした。
しかしすぐ「サンキュ」と一言言うと、その説明書を暗がりの中、懐中電灯を少し灯して読み出した。
「へー…これGLOCK26っていうらしいぜ。そういえばあの監督さんが持っていたのもGLOCKだっていってたっけ…。小さい銃だよな、玩具みたいだ。」
な、と同意を求める日生に、阿部も頷く。
教室の時は薄暗くて良く見えなかったが、確かにこれは小さい。
他の銃の大きさなど知らないが……映画やドラマで見る銃はもっと大きかった気がする。
日生は更に読み進む。
「ふーん、なるほど…。結構簡単に扱えそうだぜ。護身用くらいにはなるかも。」
少々つり上がり気味の瞳を細めて、彼は笑う。
その笑顔に安心して、阿部も微笑んだ。
何より護身用だと言った言葉が嬉しかった。
彼は自らが進んで人を殺す気はないのだ。
―――ホッとした。

 

その、瞬間だった。

 

カチリ、という音と共に、阿部の額に冷たい物が押し付けられたのは。

 

「光っくん……?」

 

ポツリと言葉が零れる。ざぁっと血の気が引く。……混乱した。
彼は一体何をしているのだろう。
そんな阿部を見て、日生は先程と変わらない清々しいまでの笑顔を彼に向ける。

「やっぱさ、狙うんなら頭、だよな?」

ぱん!

またあの音がして、阿部は目を見開いたまま、その大きな身体を地面にぶつけるように崩れた。
(ああ、またあの音だ……)
少し異なるかも知れない、けれど、そんなことはどうでも良かった。
関係ない。
だって彼はもう、その時には絶命してしまっていたのだから。

ピクリとも動かなくなった阿部を見下ろして、日生はふぅと一つ溜息を吐いた。

「ごめんなー俺、まだ死にたくないし。親友って呼べるようなヤツも居ないし。殺すのにあんまり抵抗ないし。小太郎、イイヤツだったんだけど。だから殺しやすかったって言うか。騙しがいがないって言うか―――ととと。」

最後の方は死者への冒涜になってしまうような気がして、日生は慌てて口を噤んだ。
その辺の礼節は持ち合わせているつもりだった。
自分が殺した相手に礼儀も何もないけれど。
膝下に付いた泥を手で軽く払いながら、日生は立ち上がる。
右手にはまだ硝煙を上げている銃を携えて。
目を見開いたままの阿部をもう一度見る。
信じられないと言った表情のまま死んでいる阿部。
それに困ったように笑った。

俺、あんなにバレバレな演技してたのにな。

それでも気付かなかった阿部は鈍かったのか、それともそれほどに日生を信頼しきっていたのか……。
おそらくは両方だろう。後者の方が強い気もする。
心の中でもう一回謝って、日生は阿部の瞳を閉じてやった。
閉じるときに、額から流れ出た血が掌に付いてしまったけれど、その位は我慢しようと思った。
お前の分まで俺が生きてやるからな。
我ながら自分勝手な事言っているな〜と、苦笑して、彼はGLOCKを腰のベルトに挟む。
先程見た取扱説明書によると、その引き金自体に安全装置が施されているようで、落としただけでは暴発しないらしい。
上着を羽織れば上手く隠れる位置にそれはちょうど納まった。
「やっぱり小さいな〜。本当に護身用にしかならなさそう。早く次の武器手に入れないと。」
彼は手に入れた武器に少々不満気味のようだ。
次を探すべく、一歩を踏み出す。
勿論、阿部の荷物の中のめぼしい物は頂いた。

それがこのルール。

欲しい物があったら奪い取ればいいのだ。

そう、命でさえも。

 

「あーあ、コレ終わったらまた転校かなー。」

 

めんどくさい、と。

場違いなぼやきが、夜の闇に融けようとしていた。

 

 

 

出席番号7番 木田圭介 死亡

出席番号1番 阿部小太郎 死亡 

《残り ― 27人》

 

 

next>>>

<<<back