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死ぬ覚悟がないヤツに、殺されたくなんてないね。
「うわぁ〜真っ暗じゃん!」 廃校を出た藤代の第一声はそれだった。
周りは森に囲まれているせいか、それともただ単に夜中だからなのか―――果てしなく暗い。
飲み込まれそうな闇に、藤代はひゅうっと口笛を吹いた。
暗いところは嫌いではない。
むしろ好きかも知れない。
こういうとき、暗所恐怖症でなくて良かったなどと、妙なところで安心する。
「さーて、どっかの植え込みに入って中身確認でもするか…。」
あと、先に出て行ったアイツも見つけないとな。
ポツリと呟いて、藤代は小走り気味に森へと消えた。 どうしよう。どうしたらいいんだろう。
廃校の左手、植え込みの影で風祭は途方に暮れていた。
とりあえず出てここに隠れたは良いけれど、これからどうするべきか。
友達を待ちたい―――けれど、いつ出てくるのか分からない。
前に出て行ったはずの畑の姿も見当たらない。
まぁ、彼はその前に出て行った黒川と合流しているのかもしれないが。
何となく心細くなって、風祭はカバンを力一杯抱き締めた。 どれくらいそうしていたのだろう。
時間にしたらそう長くはないはずだ。
ガサリ、という葉を踏む音がして、風祭は我に返る。
誰だろう。
未だに上手く働かない頭をゆっくりと持ち上げると、茂みの奥に誰かが立っているのが分かった。
もう少し頭を上げると、見たことのある顔。
間宮。
彼も何処か驚いた風に風祭を見つめている。
目を目一杯に見開いて、しゃがんでいる風祭を上から見下ろしていた。
「間宮く…。」
名前を呼ぼうとした風祭の左頬に激痛が走ったのはその時。
パァン、と言う破裂音を聞いたと思った矢先の出来事だった。
「え……。」
驚愕に見開かれた風祭のまあるい瞳に映ったのは、右手に硝煙の立ち上る銃を構える、間宮の姿だった。 「銃声……?」
茂みの中で荷物を漁っていた藤代の耳にもそれは届いた。
なんだ、誰かもうやる気になっているのか?
チッと一つ舌打ちをして、藤代は音のした方へと駆け出す。
その音の発信源を掴むのにそう時間は掛からなかった。
駆け出した方角がドンピシャだったのか、暗い森の中に誰かが佇んでいるのが見える。
すぅっと瞳を細めてみれば、先程よりはよく見えるようになった。
その人物は藤代も良く知っている人物で。
(あれ、間宮じゃん。)
いつものように後ろから声を掛けようとして―――止める。
間宮の手には何やら物騒な物が握られていたから。 何だよ、アレ。
銃っぽい感じするけど。 その銃らしき物は煙を上げている。
やはり発砲したのは間宮であるようだ。
用心深く、細心の注意を払って、もう少し近くに寄ってみる。
間宮の前に誰か居る。
そりゃ練習なんかで発砲するワケないよな。
自分にツッコミを入れながら、藤代は案外冷静に間宮の“獲物”を見極めようとした。
ああ、もうこう暗くっちゃ良く見えねーっつーの。
だからといって懐中電灯なんか使ったら一発でバレちまうしな。
しかし人間の集中力も馬鹿には出来ない。
藤代は“獲物”を見ることに成功したのである。時間はそうかからなかった。 彼が見たのは大きな目をこれでもかと言うほどに開いている少年。
頬には痛々しい傷が出来ており、そこから赤い血が流れている。
幸い―――傷はそこだけのようだが。 風祭将。 藤代の前に出て行った―――そして、藤代が探していた少年。 間宮の“獲物”は彼だった。 「間宮くん……?」
風祭は混乱していた。
何で?何で間宮くんは僕に銃を向けているんだろう?
殺すつもり、なのだろうか…。
風祭が視線を逸らすことも出来ずにじぃっと見つめる中、間宮はカチリ、と銃を構え直した。 「……ずっと。そう。ここに来てから。ずっと考えていた。 乗るか?降りるか? 無理をしてまで生きたくない。 そう思った。 だが、その時ウチに残してきたペット達の顔が頭に浮かんだ。 アイツらは俺が居なければ生きていけない。 帰らなければ。 そう思えれば後は簡単だ。 ―――皆、殺して、俺だけが生き残ればいい。 死にたくない。 死にたくないんだ。」 ニタリ、と、彼は笑った。 「どんなことをしても、俺は生き延びてやる!!」 撃たれる! そう思って咄嗟に両手で防御する形を取って―――ハッキリ言って全く意味がないのだが―――風祭はギュッと両目を瞑った。
また、さっきの乾いた音が響く。
自分は撃たれたんだろうか…?
恐る恐る自分の身体を見る。
何も、ない。
銃弾が当たった痕、いや、かすった痕跡さえ見つからない。
何があったんだろう。
そう思って間宮を見れば、彼の上に誰かが覆い被さっている。
後ろから襲われたんだろう、銃を持った右手を地面に押さえつけられて、左手は背中に回され押さえつけられて。苦しそうに間宮は呻いていた。
「だ、誰だ!」
押さえつけられているため、通常より濁った声を出して間宮は叫んだ。
「何だよ、お前チームメイトの顔も、わかんねーくらいに、狂っちまったんかッ?」
間宮が必死で抵抗するせいで、上に乗ってる少年の声も何処か切羽詰まった感じだ。
首だけ少し動かして、間宮は自分に乗ってる人物を判別しようとする。
一目見ただけでそれは知れた。
特徴的な右頬の泣きぼくろ。
武蔵森エースストライカー、藤代誠二。
その人だった。 藤代と間宮は仲が悪くはなかった。
しかし、だからと言って仲が良いとも言えなかった。
ただのチームメイト。
多分、それだけの関係。
ただの友達ってヤツだ。
藤代は藤代で間宮のことをどうとも思っていなかったし、間宮もさして気にしていなかった。
渋沢などは孤立しがちな間宮を色々と心配してはいたようだが。
藤代にとってそれはどうでもいいこと。
「キャプテンも物好きっつーか、苦労性というか…自分から苦労拾って歩くタイプ?」
なんて言って渋沢に苦笑されたこともあるくらいに。
自分が興味持てないことに時間を割くほど、藤代はお人好しではなかった。
間宮も特に藤代に何かを抱いていたわけではない。
当たり障りのない、表面上のオツキアイ、だったわけだ。 お互いに、“殺す”事を躊躇う理由も見当たらない。 「ッこの…!!」
間宮が右手を動かそうともがく。
しかしそれを藤代はまた強い力で押さえつけた。
身長差はちょうど10cm。体重差は5kg。
どう考えても藤代の方が有利だった。上に乗っているのも藤代だ。
それでももしかしたら殺されるかも知れないと言う恐怖からか―――間宮の抵抗は彼のプレイスタイルに似て執拗だった。諦めることを知らないような。
チッ、と藤代は短く舌打ちをすると、正面で腰を着いたまま動けないでいる風祭に叫んだ。 「逃げろ!風祭!!」 またこの銃撃たれたら厄介だ―――!
右手を重点的に押さえつけながら、藤代はそんなことを考えた。
風祭には逃げて貰いたい。是非にもそうして貰いたい。
理由は色々あるけれど。
しかし、風祭は嫌そうに眉を顰めるだけだった。 「そ…んなこと出来ないよ!藤代くんは!?君はどうするの!?」 あー……風祭らしい。 今まで呆然としていたくせに、我に返ったら自分より他人の心配かい。
藤代は口の端を少し上げて笑った。
苦笑。
彼があまりしないスタイルの笑い。
でもここにいられると都合が悪いんだ。多分俺にとっても間宮にとっても。
だから退いてくんねぇかな。
風祭。 「俺の事なんか気にしなくて良いから!早く!走れ!!」 「ッでも!」 それでも引き下がらない風祭に、藤代はキリ、と歯を食いしばった。 「あーまったくアンタは!!ハッキリ言ってイイ??足手まといだからさっさと消えてっつってんの!カバン持って、出来るだけ遠くに逃げろ!分かった!?」 滅多に聞くことの出来ない藤代の怒鳴り声に圧倒されて風祭は弱々しく頷くと、ザッと森の奥へと走り去った。
後ろ髪引かれる思いであったろうに。
そんな風祭の後ろ姿を、下の間宮に込める力を緩めることなく、藤代は視界から完全に消えるまで見送っていた。
その顔には薄ら笑いすら浮かべて。 「さて……。」 コイツどうしよう。 風祭が去ったのを確認すると、藤代は間宮を改めて見直した。
敵うはずもないのに抵抗を続ける間宮。
うっかりと「見苦しいなァ」とか思ってしまう。
チームメイトにそれはないよな、と思い直してはみるが。
とりあえず銃は取り上げる方向で。
今も間宮の右指に絡み付いてる少し大きめの銃を、藤代は剥がそうと試みる。
しかし間宮も粘るもので、なかなか外れてくれない。
最後の命綱。間宮は一歩も引けない状況だった。
「まーみやー。いい加減に離せよな!」
藤代が言えば。
「お前こそ…早く降りろ…!!」
と、間宮は呻き声で返す。 その声がカンに触ったのか。 途端に今までかったるそうにしていた藤代から表情が消えてしまった。 冷たく間宮を見下ろして何事か思案している瞳。
解放しようか、しまいか。
そんなことで迷っているワケではないのは端から見て明らか。
では彼は何を躊躇しているのだろうか。 「!ぐっぐあぁぁぁぁっぁ!!」 刹那、間宮の苦しそうな声が響く。
大して気にもせず、藤代は器用に指で銃を回して見せた。
今し方間宮から奪った銃を。
くるくるくるくると回す。
誰かに見せびらかしているかのように。
そして奪われた間宮の右指は―――殆どがあらぬ方に折れ曲がってしまっていた。 「お前が素直に渡さないからいけないんだぜー?あーでも人の骨って結構簡単に折れンのな。新発見。折れなかったらどうしようかと思ってたんだけど、その心配も無用だったみたいだし。」 呻く間宮に藤代は妙に明るい声で言った。
お前が素直にCD返してくれないからいけないんだぜー?とでも言うかのような響き。
実際、間宮は一回藤代にCDを借りておきながらなかなか返さなかったという前科があり、その時も藤代にそんな風に言われてしまったのだが。その時はエースストライカーの蹴りでサッカーボールを顔面に喰らったような気がする。かなり痛かった。今回はそれの比ではないけれど。
ガチリ、と藤代は今まで弄んでいた銃を間宮のこめかみに当てる。 「お前コレで風祭殺そうとしたんだよな?イー度胸してんじゃん?」 ゴリ、と銃の先端を押し付けられている感触。
しかし右手の痛みの方が勝って、撃たれるかも知れないと言う恐怖は存外感じなかった。 「なんで?お前何で風祭狙ったの?」 ギリ、と今度は締め上げられている左腕の方が嫌な音を立て始めた。
苦痛に顔を歪めて、間宮はそれに必死で耐える。
耐えながら、健気にも藤代の質問に答えようとした。 「誰…でも良かった。どうせ俺が生き残るため、には、全員殺さなきゃ…ならなかったし…。」 「……。」 「俺は死にたくない!絶対にこんな所で死にたくない!だからお前にも殺されない!!」 「……。」 ジタバタとまたもがき始めた間宮を、藤代は無言で見下ろしていた。
と、突然何の前触れもなく、間宮の左腕をねじ上げる。
ゴキ、と変な音がして、右指同様に有り得ない方向に折れ曲がる。
それをポイッと地面に投げ捨てると、間宮がまた苦しそうに呻きだした。 「なーんかさ。お前つまんない。」 「死にたくないから人殺すーとかってありきたりじゃん。つーか当たり前?」 「さっき言ってたペットのことだって、キレイゴトっぽいし。」 「死の恐怖でのたうち回ってる様って最高格好悪ぃぜ。見てる方もムカムカしてくる。」 ポツリポツリと言葉を零す藤代に、間宮は痛みに耐えながら反論する。 「…ッだったら、お前はどうなんだ藤代……!死にたくないから俺を殺すんだろうッ!?」
必死に叫んだ。
藤代の顔色くらいは変えられるかと思った。
しかし藤代は悠然と微笑んだだけだった。 「お前と一緒にしないでくれる?」 無邪気故の狂気を孕ませて。
トリガーに掛けた指にほんのり力を込める。
引きかけて、何かを思い出したのか今度は緩めた。 「そういやさーTVか何かで見たんだけど。銃を人に向けるときは自分も撃たれる覚悟がなきゃ駄目なんだってさ。その点、間宮は失格だな。自分が死ぬ覚悟ねぇんだもん。」 ケラケラと笑う。
意識が朦朧とし始めた間宮に向かって、まるで独り言のように。
もう一度、こめかみに銃をあてがい直して、藤代は―――笑んだ。 「死ぬ覚悟がないヤツに、殺されたくなんてないね。」 また、乾いた音が暗い夜空に吸い込まれていった。
出席番号28番 間宮茂 死亡
《残り ― 29人》
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