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夢なら早いトコ醒めてくんねぇかな。
「次の出発者は―――出席番号6番、風祭将くん。」
面白くて溜まらないといった風に笑みを深くした西園寺に、教室がざわりと揺れた。
風祭将。
もし、今この時点でアンケートを取ったなら、恐らく生き残らせてやりたい候補ナンバーワンであることは間違いないだろう。
小さな身体の何処にそんな力が隠されているのかと、誰もが一度は思ったはず。
皆、純粋に好きなのだ。彼のことが。
だからこそ、彼がこの教室を出ていくことに抵抗を覚える人間は数多く。
しっかりと返事をして前に向かう風祭を、ハラハラとした瞳で見守っている。
その様子を西園寺が心底愉しそうに眺めていた。
「風祭くん、貴方は他の人に比べて色々と不利な点もあるけど―――いつものタフさで立ち向かえばきっと大丈夫。頑張って。」
ハキハキと話す西園寺を風祭は困ったように見上げていた。
目の前でこの人は人を殺した。二人も。二人とも、何もしてない。無抵抗の人間だった。
何でもないように、当然のように、彼女は殺人を犯した。
今も谷口くんと伊賀くんの死んだ様子が頭から離れない。当然だ、目の前で起きたことなのだから。
それでも怒る気になれない。
先程の、手術をしたという彼女のニッコリと笑った顔と、きっと悲痛に顔を歪めているだろう翼さんの震える肩があまりに対照的で。痛々しくて。
監督が笑っている顔すらどこか哀しい。
涙が出そうになる。
でも、泣けない。
泣いちゃいけないんだ。
目頭が熱くなっているなんて―――気のせいだ!
しばらく風祭は西園寺の顔を見つめていた。
何故か動けなくて。
彼女自身に先を促されるまで、曇ったような瞳でただただひたすらに西園寺を見つめていた。
酷く複雑な色を、その大きな瞳に宿して。
その光景をずっと、水野は瞬きをも忘れて見つめていた。
どきどきと嫌なリズムで鼓動が波打っている。
息をすることもままならない。
風祭。
無事で、どうか無事でいてくれ―――!
祈るしかない自分が悔やまれる。
しかしここで下手に動けば自分だけではなく、風祭まで危険にさらすことになってしまう。
何でこんな事に……と、今更思っても詮無きこと。
水野は、風祭が教室から完全に姿を消してしまうまで―――まるでその姿を目に焼き付けるように―――ただ、見つめていた。
風祭は廊下に出てすぐ、言われた通りに右に折れた。
意外にしっかりとした足取りで出口に向かう。
しかし頭の中は混乱していた。
何をどう考えていいのかも分からなかった。
ただ前に進まなければいけないということだけ、何処かで確信していて。
ああ、数歩先さえよく見えない。
踏みしめるように歩くと、ぎしり、ぎしり、と古い廊下が鳴く。
なんて耳障り。
右側には先程までいた教室。
人の気配など感じられないほどに静まり返っている。……この状況では当然か。
何とはなしにそちらの方に首を巡らせてみる。
すると、開け放たれた廊下側のドア、一番後ろにいた若菜と目が合った。
一瞬ドキリとする。
そんな風祭に若菜はいつもの笑顔でニッコリと笑ってみせた。
ホッと、強張っていた身体が緩む気配。
ブイ!として見せた若菜に、風祭も小さくブイサインを送る。
今自分は笑えているだろうか。
そうして風祭は、出口に向かってまた歩み始める。
「若菜くん、ちゃんと前見てくれる?」
意識を風祭に向けていた若菜に、西園寺から声が掛かる。
咎めている風ではなかった。
それに曖昧に「すいませーん」と返答すると、西園寺はふんわり笑う。
(あーあ…いつもの人を食った笑みしてんのにな。)
若菜は思う。
彼女は壊れてしまった。
いや―――壊されてしまった。
相変わらず美人だし、相変わらずその思考は読めないけど。
だけど、纏っている雰囲気がまるで違う。
何て冷たい、空気。
見守るような、いつものそれとは正反対の。
時計にちらりと目をやった西園寺を見て、若菜はこっそりと溜息を付いた。
(夢なら早いトコ醒めてくんねぇかな。)
風祭が去った後の教室は、怖いくらいに静まり返っていた。
先程西園寺が若菜に声を掛けた以外に、音を立てる物など有りはしない。
重い沈黙。
そうこうしているうちに、2分はあっという間に過ぎてしまった。
「さ、次の人行きましょうか。」
西園寺が箱に手を入れる。
がさごそと中を漁り、出てきた紙をゆったりと開く。
もう見慣れてしまったような一連の動作を、少年達はぼんやり眺めていた。
それを気にせず西園寺は次の出発者の名前を呼ぶ。
「出席番号25番、藤代誠二くん。」
呼ばれた名前に一番過敏に反応したのは、何を隠そう藤代本人だった。
「マジで!?ラッキー!!」
うっしゃあ!とガッツポーズを取る藤代の行動は、他のメンバーに不信感を植え付けるのに充分で。
風祭の時とは違ったざわめきが教室内に充満する。
「元気ね、藤代くん。でも、ちゃんと返事もして貰えるかしら?」
変なところで律儀な西園寺に、藤代はアッと声を漏らしてから思い切り元気良く「はい!」と返事をした。
満足そうに西園寺が笑顔で頷く。
藤代は自身のバッグをひょいっと肩に掛け、何処か楽しそうな足取りで前まで行くとサッと手を出して軍人にカバンの催促をする。煌めくような笑顔のオプション付で。
憮然とした表情で差し出されたそれを受け取り、彼はくるりと教室を振り返った。
「じゃーな!みんな!また後で〜!」
いつもの人好きのする笑顔で手を振る藤代に、一同は何も言えなくなってしまっていた……。
次に呼ばれたのは間宮茂だった。
彼の表情は読めない。
黙々と歩いて、カバンを受け取って、外に出て行ってしまった。
次は功刀。
立ち上がるときにフッと後ろを振り返って同じ選抜の高山と視線を合わすと、唇を動かして何かを伝えようとする。
しかし上手く伝わらないようだ。
困ったように眉をハの字に下げる高山に、功刀は深い深い溜息を付いた。
そして諦めたように席を離れる。
「か、カズさん!」
瞬間、思わず声を上げてしまった高山にギョッとして、西園寺を振り返れば「その位は許容範囲よ」とでも言うように彼女はうっすら笑った。
安堵の息を吐くと、手で高山を制す。
お前は黙っちょれ。
目で訴え掛けたそれは、今度は成功したようだ。
不安に瞳を揺らしながらも、高山は大人しく黙る。
それを確認してから、功刀はカバンを受け取り出て行った。
人はどんどんと深い森に飲み込まれていってしまう。
教室内に残っているのはもう当初の半数もいなかった。
「さ、次は出席番号7番、木田圭介くん。」
重い腰を上げて、木田は立ち上がる。
前に出るときに、谷口の変わり果てた姿が目に入ってしまい、思わず吐き気をぶり返しそうになったが気力でそれをねじ伏せた。
(谷口…伊賀…。)
もう答えてくれることのない元・チームメイト。
狂ったようなこの世界で自分は生きていけるのだろうか?
足取り重く、木田は教室から出て行った。
そして異変は起こる。
次の出発者、小岩が名前を呼ばれ、返事をし、立ち上がったときにそれは起こった。
パァン、と何かの破裂するような音が外から聞こえる。
ビクリ、と全員が身体を跳ねさせると、西園寺が愉しそうに笑った。
「ああ、もう始まったのね。やる気な子がいてくれて嬉しいわ。」
西園寺はころころと笑う。
いつもはキリッとしてカッコイイとも形容したくなる美人な彼女が、この時は何故だか可愛らしく見えた。
楽しんでいる。
明らかに、楽しんでいる。
そんな彼女の様子に椎名が唇を噛み締めた。
ああ、神様。
アンタを憎みたくなってきたよ、畜生。
一方、立ち上がったまま動けなくなっているのは小岩。
外には顔見知りとも言えるメンバーしかいないのだ。
そんな中で聞こえた銃声に、動揺していた。
誰か死んだ?
誰かが殺そうとした?
グルグルと恐怖がこみ上げてくる。
冷や汗がドパッと全身から吹き出してしまったような錯覚に襲われてしまう。
両手を机についたまま、しばらく動けなかった。
「小岩くん。早く行きましょうか。」
西園寺が促すと、やっと小岩が動いた。
ぎこちない動きではあったが。
ギクシャクとした動きのまま、カバンを受け取る。
縋るようにカバンを抱きしめ、ふと教室内に目を向けた。
皆が皆、敵に見えてくる。
外に出たら自分はこの中の誰かに殺されてしまうのだろうか?
もしくは、もう外に出ている誰かに。
顔を引きつらせている小岩の目に、見慣れた顔が飛び込んできたのはそんな事を考えていた時。
杉原。
彼が安心させるようにニッコリと笑って見せたのだ。
元々笑っているような顔では合ったが、彼の笑顔には何処か人を安心させる作用があるようで。
小岩も例に漏れず、少し安堵感を貰って、教室を後にしたのだった。
恐怖は未だに背後につきまとってはいる。
しかし自分には友達がいるのだ。
一人じゃない。
泣きそうになるのを堪えて、小岩は自慢の足で駆け出した。
《残り ― 30人》
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