3:朱い窓

 

 

谷口が死んだ。

今まで一緒にサッカーをしてきた人間が、目の前であっさりと死んだ。

……少年達の心に、何かが生まれる。

 

 

「ほら、真田くんも座って。早く着席しないと―――

真横で起きた殺人に身を仰け反らせて席から離れていた真田に、西園寺は黒光りする銃をカチリと構えて見せた。
慌てて、真田が自分の席に着く。
それを確認して、西園寺はやんわりと笑んだ。

「本当は教官である私が殺してはいけないんだけど……違反者にはそれ相応の罰が下されること、きちんと覚えておいてね。私の言葉に従わない者は反逆者と見なします。進行を妨げる人もね。」

そこまで言うと、彼女は掲げていた銃をやっと下ろす。
何人かがホッと息を吐いたため、空気が少し揺れた。
それでも、谷口から発せられる血の匂いは消えることはなかったが。

 

一度姿勢を正してから、西園寺は続ける。

 

「通常なら出席番号順に出ていって貰うんだけど、今回はその辺りのハンデも無くすためにくじ引きにします。私が呼んだ番号の人は速やかに退出して下さい。あ、それとカバンだけど―――

パチン、と西園寺が小気味良い音を立てて指を鳴らすと、前方のドアから軍人らしい服に身を包んだ男が三人、揃った足取りで入ってきた。
先頭の男性は銃を構え、後方の二人は大量にカバンを積んだカートを事も無げに運んでいる。
西園寺の横辺りに止まると、三人揃って少年達の方に向き直った。

「出るときにこのお兄さん方からカバンを受け取って頂戴ね。先程言った物が一式、入っています。ランダムに渡すから贔屓はないわ。中身は私も、この方達も知りません。」

西園寺の言葉に、軍人の一人がカバンを取って掲げてみせる。
ずしり、と重そうなカバンだった。

「今0時2分前ね……では0時から開始します。間には2分のインターバルを置くことにします。でも早く出ていかないと、次の人に追いつかれてしまうから気を付けてね。出口はそのドアを出て右を真っ直ぐ進んだ所です。間違えないように。この廃校は全員出発したあと、禁止エリアに指定されますので動作は機敏かつ速やかに。あと、呼ばれたら元気良く返事をしましょう。―――では、そろそろくじを引きましょうか。」

簡単に説明を終え自分の腕時計に目を通した西園寺が軍人に目配せをすると、扉側にいた一人が外からサッと外に何も書いていない質素な箱を持ってきた。
上の方に丸い穴が空いている。
それを西園寺に渡すと、彼は元の位置に速やかに戻っていった。
西園寺は無造作に箱に手を突っ込むと、二つ折りにされた紙を抜き取り、それを用心深く広げる。

皆固唾を呑んで、西園寺の言葉を待つ。

一体誰が、一番にこの教室からいなくなるのだろうか? 

 

「出席番号3番、伊賀仁吉くん。」

 

西園寺が告げたのは伊賀の番号と名前だった。
彼女の言葉を守るのならば、ここで元気良く返事をして前に出ていかなければならない。
しかし、伊賀は動かなかった。

「……伊賀くん?」

全員の視線が伊賀に集まる。
それでも伊賀は、俯いて両膝に乗せた拳を見つめたまま動かない。

「伊賀くん、早くして頂戴。それとも―――

「お、俺、殺し合いなんて出来ない……ッ!でも、死にたくもない……ッ!」

イライラとした口調で急かせた西園寺に、彼は震える声を振り絞ってそれだけ答えた。
耳を疑ったように、西園寺が瞳を見開く。

 

そして、沈黙が訪れる。

 

時間にして30秒もなかっただろうか。
薄い膜が張られたような空気を動かしたのは、西園寺の溜息だった。

「伊賀くん、多分、この教室にいる人の大半が貴方と同じ気持ちでいると思うわ。そうして、どうしたらいいかをきっとその人なりに考えています。―――でも、貴方は考えることさえ放棄して、逃げようと言うのね?」

言葉尻にはほのかに怒りさえ漂っている。
それでも伊賀はまだ顔を上げない。西園寺を見ようとしない。

 

 

―――ピッ。

 

 

伊賀の沈黙によって訪れた束の間の静寂は、だが、そんな電子音によって打ち破られた。

 

 

……何処から聞こえる?

ピーッピーッと、一定のリズムで鳴り響く警告音のようなこの音色は。

死に神のような彼女が持つ、黒いリモコンから?

違う。

それじゃ、彼の首にはめられた枷から?

 

―――――― “ 大 正 解 。 ”

  

 

びちゃ、と伊賀の後ろの席だった上原淳の顔に、生温い液体が無遠慮に降り掛かる。
前の席の李は咄嗟に身をかわした為
―――と言ってもスペースが狭くて充分には避けきれなかったが―――ブレザーに少し掛かる程度で済んだ。
薄いベージュに彩られた袖口は、ジワジワと濃い染みを作っていく。

ゴツリ、と。
何かが何処かに当たる音に視線だけそちらへ向けると、先程まで曇りガラスのように煤けていた窓が朱く朱く染まっている。
ペンキをぶちまけたように、乱雑に染まっている“それ”。
出所は間違いなく
―――伊賀の、首だった。

 

五月蠅いくらいに鳴り響いていた電子音は、細い音を立てて間もなく―――消えた。

 

「伊、賀……?」

伊賀の血を浴びたままの上原が呆然と、目の前で窓に寄り掛かっている形の伊賀の後頭部に語りかける。
勿論返事はない。
目の前の李は、眉を顰めて伊賀を正面から見据えていた。
教室内にまた奇妙な沈黙が訪れる。

伊賀の首には首輪の残骸が、申し訳程度に引っかかっているだけだった。
ぱっくりと割れた喉元からは血が噴き出している。
教卓側からは惨い状態の傷口が晒されているのだろう
―――李の隣の席の黒川が、片方の掌で自分の両目をすっかり覆ってしまった。
更に、何かに耐えるように歯を食いしばっている。

 

そして、少年達は理解した。

西園寺のリモコン操作によって、伊賀の首輪が爆発したことも。

爆発の衝撃によって、彼の首が半分ほど消えてしまったことも。

 

「首輪が爆発するとこうなります。覚えておいて。」

相変わらず西園寺は抑揚のない声で、幼い子に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
固まっている少年達を余所にくじ引きを再開しようとするが、ふと、何か思い出したのかその手を止めた。

「……そう言えばこれは蛇足だと思うのだけれど、今みんなが着ている制服はこのプログラムのために作られた物です。ユニフォームのサイズを参考にしたから、サイズは大丈夫なはずね?」

それは有り難いことで。

心の中で毒突いた者がいたことは、きっと西園寺も気が付いていた。 

 

「中断したせいで随分時間を食ってしまったわね…今0時10分。さっさと参りましょう。」

時間を確認して、西園寺はまたあの何の飾り気もない白い箱にその綺麗な腕を忍ばせる。
先程と同じように取り出した紙を広げ、凛とした声でその名を呼ぶ。

 

「出席番号31番、吉田光徳くん。」

 

「……はい。」 

 

関西弁独特のイントネーションでそう返事をすると、吉田は淀みのない動作で教卓へと向かう。
それを教室内の誰もが固唾を呑んで見守った。
西園寺をちらりと一瞥すると、彼女は応えるように笑う。
それに大袈裟に肩を竦めて見せてから、吉田は自分のスポーツバッグを掛けた方とは逆の手を軍人らへと差し出す。

「はよぅ、そのけったいなカバンをこっちに渡してや。」

のんびりと言う吉田に、真ん中の軍人がカートの中から一つ、カバンを取り出して投げつける。
それを器用に受け取ると、吉田は一瞬、廊下側一番前の席に座っていた藤村へ視線を投げたようだったが、それきり振り返らずに教室を後にした。
足音がフェードアウトしていく。 

 

……2分が過ぎる。

次に呼ばれたのは日生だった。
彼も吉田同様、飄々とした態度でカバンを受け取り、さっさと教室を出ていってしまう。
しかし吉田とは違い、東北選抜の仲間である阿部へのアクションは何もなかった。
阿部が落胆して肩を落とす。
それを、西園寺は視界の角で捉えていた。

 

更に時は過ぎる。

3番目に呼ばれたのは、郭だった。
静かに立ち上がる。
その時に斜め後ろの真田、廊下側一番後ろの若菜と一瞬視線を交差させて、郭はシニカルに笑って見せた。
いつもの彼の笑みに、心配そうに憂いていた二人の表情が俄に明るくなる。
それも、西園寺は観察していた。
そして目の前を通り過ぎようとする郭に声を掛ける。

「友情ごっこも結構だけど―――気をつけて、ね。」

微笑みながら言った西園寺の言葉にカチンときたのは確かだが、ここで怒り狂うほど郭は愚かではなかった。

「……肝に銘じておきます。」

正面を見据えたままそれだけ言うと、郭はカバンを受け取り、廊下の闇へ消えていく。
その後ろ姿を、西園寺が愉しそうに見送っていた。

 

滞り無く、旅立ちの儀式は進んでいく。

 

郭の後は内藤孝介だった。
前に出発した3人に比べると少々落ち着きなくバタバタと足音を立てて出て行く。
その表情は読み取れない。

 

次は桜庭だった。
彼は動じなかった。
いつものように怠そうに立ち上がって、カバンを受け取って、億劫そうに廊下へ出て行く。
ペタリペタリと足の裏全体で歩く音が、しばらく廊下に響いていた。

 

桜庭の後は、阿部。
彼は端から見ても可哀相なくらいに怯えていた。
先に出発した日生から何の合図もなかったのもその一因かも知れない。
とにかく彼はそのがっちりとした体格に似合わず、フルフルと震えながら、重い足取りを必死で引き吊りながら、西園寺の目の前を通り過ぎていった。
瞳が涙で滲んでいる。
終始ビクビクと周りを伺いながら、それでもやっと教室を出ていく。
西園寺が思わず苦笑を漏らした。

 

その後、天城、不破、藤村、黒川、畑の順で名前が呼ばれた。
天城と不破は相変わらず無表情だったし、藤村は何処か軽快とも取れる足取りで出て行った。
黒川は顔色がいつもより悪かったものの、落ち着いた足取りで出て行く。
立ち上がるとき、さり気なく椎名に何事か耳打ちをしていたようだ。
畑は前が同じ中学の黒川だったことで安心したのか、青ざめた表情ながらも悲壮感は漂ってはいなかった。
椎名もふぅ、と息を吐く。

 

 

「今までで11名が外に出たわね。」

時刻にして0時32分少し過ぎ。
今まで黙って少年達を見送っていた西園寺が口を開いた。
21人になってしまった教室を見回して
―――その内2人はもう沈黙していたが―――うっすらと笑顔を浮かべる。

「気付いていると思うけどこのゲームは出発が早ければ早いほど有利だわ。自分の有利な場所を見つけて、出てくる人を狙い撃ちにすることもできる。今まで銃声が聞こえてこなかったのは皆先に行ったか、それとも銃器系じゃなかったか。そのどちらかね。これからの人は前に出て行った人に比べて不利にならざるをえないけど―――頑張ってね。」

まるで独り言。
彼女も少年達が自分の言葉を良い気持ちで聞いているわけがないと思っているのだろうか?
言い終わると周りの反応も待たずに、また箱に手を入れる。

 

紙を広げたところで、彼女は今までにない反応を見せた。

 

面白そうに口の端を上げている。
その様子に幾人かが不審気に瞳を眇めた。
そして彼女は歪めた表情のまま、次の出発者を宣言する。

ゆっくりと開かれた唇から紡ぎ出された名前は。

―――教室内に今までにない波紋を呼ぶことになる。

 

 

 

出席番号3番 伊賀仁吉 死亡 

《残り ― 30人》

 

 

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