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30:すきだったよ |
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最後の最後まで。 本当に、すきだったよ。
「もう少し…もう少しなのに…。」 苛立ちを含む声は、彼以外誰もいない家の中に虚しく響いていた。 椎名はこのプログラムが始まってからほとんど、ノートパソコンの中のソフト、CD-Rと格闘していた。 ふぅ。 自分を落ち着かせるためにもと吐いたひとつの吐息。 苛々は少し解消された気がする。
「本当にあともう少しなのに―――…。」
どうして駄目なのだ。 自問するのには飽きた。けれど、せずにはいられない。 疲れに目を閉じれば、浮かぶのはいつかの彼女。
「玲、元気なのかな…元気だよな、一応。」
意地悪く笑う彼女が好きだった。 政府に壊された西園寺は、それはそれは艶やかに微笑むようになったけれど。 だから、早く政府の奴らに一泡吹かせてやりたい。 よし、と気合を入れなおして、椎名は再びディスプレイに向かい始めた。
(凄い集中力。) 誰だかは分からないけれど。 古い家屋は動くだけでそこかしこが軋んだけれども、その音は、パソコンに一心不乱に向かう目標には届いていないようだった。
椎名との距離をゆっくりと縮めて。 振り上げたのは、血塗れの斧。
「―――…ッ!?」
気付いた時には、遅かった。
「な、…がは、」
椎名には分からなかった。 ただ、滴り落ちるのは赤。 自分の肩から、口から。 まるで滝のようだと、混濁する頭でそれだけ思った。
「あ…き、ら……。」
どさりと音を立てて椅子から転がり落ちる。 ふ、と唇が弧を描く。 下弦の月のように、美しい曲線だった。
「かーんたん♪」
まるで幼子が自分の手柄を誇るかのように、彼はそう言って笑った。 曇った椎名の瞳に映ったのは、にこにこと人好きのする表情を浮かべる李だった。
「…だ、った…のに……。」
悔し涙が、流れた。 もう少しで政府の奴らに一矢報いることが出来たのに。 皆助かってこの島を出ることが出来たのに。
痛みすらもう感じない。 ただひたすらに、眠気が襲ってくるだけ。
「……ら。」
呟いた名前は、最後まで。 事切れた椎名を冷たく見下ろして、李は今度こそ本当に愉しそうに笑った。
「何でそんなに他人ばかり気にかけるのカナ。変な人たち。」
口から出た疑問は、本当に心の底からそう思うから。
「日本人ってワカンナイ。」
ふん、と溜め息にも似た吐息を吐いて、李は首を傾げる。 まぁ、でも関係ないか。 ぽつんと呟いて。
「どうせ皆殺しちゃうんだし?」
くすくす。 漏れた笑い声は、パソコンのディスプレイだけを光源とする、ほの暗い部屋に不気味に反響した。
《残り ― 11人》
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