2:最初の犠牲者

 

 

分からない。

分かりたくなんてない。

理解できない。

理解などしたくはない。

 

―――彼女は今、何て言った?

 

 

重い、重い、沈黙が教室に流れる。
誰一人動こうとしない。動けない。
何故なら、西園寺は事も無げに言って見せたから。
これからちょっと練習試合をします、とでも言うように、いつもの妖艶な笑みを浮かべて見せたから。
笑っていた。
何の感情も読み取れない彼女の美貌は、それだけで少年達を黙らせるのに十分だったのだ。

 

しばらくすると、何のアクションも起こさない少年達に焦れたのか、西園寺はふう、と一つ溜息を付いた。

「皆、聞こえていたわよね?反応はなくても構わないけど、とりあえず席に着いてくれる?―――まぁ、席に座らせる前にこんな事言い出した私も悪かったのだけれど。早く進めたいから戻って。」

気遣ったような西園寺の言葉に、立っていた少年達がハッとしてそれぞれ自分の席に戻っていく。
若菜も郭と真田、それに風祭に軽く手を挙げてから自分の席に戻っていった。
全員席に着いたのを見届けて、西園寺はもう一度確かめるように言葉を放つ。

「もう一度言います。これから皆さんにはこの無人島で殺し合いをして貰います。知ってる人も中にはいるんじゃないかしら?……渋沢くん、貴方、知ってるわね?」

突然指名されて、渋沢の大きな肩が一瞬跳ねる。
渋沢の席は椎名の真後ろ、ちょうど、教卓に立つ西園寺と目の合わさる位置にあった。
それでもなくても背は高いのだ、目立ってしまうのは仕方のないことだった。
東京選抜のキャプテンでもある渋沢に、西園寺は知っていて当然とでも言うように答えを促す。
少し躊躇った後、律儀にも立ち上がった渋沢の顔は、青ざめていた。 

 

「……プログラム、ですか。」

 

くぐもった渋沢の声。
それに対して「正解」と、満足そうに笑う西園寺の唇が薄暗い教室に下弦の月のように浮かぶ。
いいわ座って、と渋沢に着席を促して、彼女は続けた。

「今渋沢くんが言ったとおり、コレはプログラムです。知らない人はいないと思うけど―――

「あの」

「……何かしら?桜庭くん。」

説明を始めようとした西園寺の言葉を、桜庭雄一郎が簡略な言葉で区切った。
しかしそれに不快感を示すでもなく、西園寺はニコリ、と笑う。

「プログラムって言うのはフィクションなんじゃねーの?小説とか映画とか。今のこの国で認められてるとは思えないんだけど……。」

何処か怒りを匂わせて話す桜庭は、目の前の現実が理解し切れていないのか、それとも、趣味の悪い冗談を言うなと西園寺を責めているのか―――眉間に皺が寄っている。

「ああ、なるほど、確かに尤もな疑問ね。……いいわ、それも説明しましょう。皆は小説で読んだのかしら?知らないって人はいないわよね。今は法律化してないけれど、もう試験的に実施されてる所もあるの。……フィクションじゃないのよ?ただ、表だっては実施されていないから一般人には気付かれていないだけ。じゃなかったら国全体でこんなに行方不明者が年間通して出るわけないでしょう。選抜者も優勝者も死亡者も、闇の闇に葬られているから気付かないだけ。勿論、当人の親御さんであってもね。行方不明になったか、行きずりの犯行に巻き込まれたか―――その辺は政府が上手くやってくれるわ。でもやっぱり完璧じゃないのね、ネットなんかでは情報が流されていると聞きました。そこからこのプログラムの存在を知った人もいるようです。たいていの場合は現実と妄想の区別の付かない人の戯言だと片付けられてしまうようですが。」

淡々、淡々と。

西園寺は話す。

聞いている子供達の表情が青ざめていく様を、ゆったりと眺めながら。

「今回は特別に東京選抜が選ばれました。名誉なことだから頑張ってね。ああ、後、今後発言するときはきちんと手を挙げて。それと私の話を途中で切るような無粋な真似はしないでね。―――他に質問のある人。今の内よ。」

相変わらず微笑を称えている西園寺。
静まり返った教室の中で、彼女に何かを言おうとする者はいなかった。
一度くまなく室内全体を見回してから、西園寺は出席簿に手を掛けようとする。
そこで、一人の少年がスッと手を挙げた。

「はい、どうぞ。」

西園寺に指名されて立ち上がったのは、関西選抜の吉田。

「質問ええんですよね?今監督さんは東京選抜が選ばれたー言いはりましたけど、何でココには僕や藤村みたいな他選抜の選手もおるんですか?選ばれた根拠を明確にしてもらいたいんやけど。」

質問者である吉田の顔を、西園寺はじっと見つめていた。
興味深いのだろうか?
この空気の中で至極当然のように普通に話す吉田が。
出された質問に、少し機嫌良さそうにふわりと笑う。

「わかりました。選抜基準を教えましょう。最終的には私の個人的判断になるのだけど……材料として揃えたのは、トレセン合宿での皆の結果です。客観的に見るなら、それが一番分かり易くて、的確だと思ったから。でもそれだけでは判断に迷うところがあったので、先日、東京選抜内に置いてアンケートを採りました。その結果による選出です。」

―――……アンケート?」

よく分からない、とのんびり首を傾げた吉田とは対照的に、東京選抜メンバーの顔からはサッと血の気が引いていく。
たかだか一週間前のことだ、忘れているはずなどない。

「そう、アンケート。“トレセン合宿に置いて東京選抜以外で印象に残った選手を上げなさい”それによって書かれた数が多かった人から順に八人、選ばせて貰いました。李くんに関しては、韓国側の意向で参加が決定したんだけど。李くん、国で何か聞いてるかしら?」

説明の途中に、西園寺は突然李の方に話題を向けた。
呼ばれた李と言えば、ぼやっと眠そうにしていた目を二、三度瞬いてから、人懐こそうな笑みを浮かべる。

「聞いてます。ちょっと面倒臭くて嫌だったんだけど、東京選抜って聞いたんでOKしました。」

「そう、それは光栄ね―――と、言う訳なんだけど。吉田くん、納得はしてくれたかしら?」

「……ええ、分かりました。おおきに。」

カタン、と吉田が椅子を引いて座ると、教室内にはまた静寂が戻ってくる。
しかし空気は先程とは明らかに違っていた。
他選抜の選手にしてみれば、東京選抜の選手が自分のことを書いたから呼ばれたわけで……迷惑極まりない、むしろ、殺意さえ芽生えてもおかしくない。
西園寺はここまで計算していたのだろうか?
少しの殺意でさえも、このプログラムでは大きな動機になるということを。

 

「他に質問はありませんか?内容に関してはまた別に質問時間を設けるつもりだけど。あまり時間がないので先に進みます。後から質問が出てきた人は、その時に言ってね。―――では、出席を取りましょう。」

そう言うと、西園寺は黒い出席簿を開いて順番に名前を読み上げていく。
彼女たちが連れてきたのだから、名簿に載っていて今この場にいない者はいないはずだが、一応の確認という意味だろうか。
それに対し、少年達は覇気のない声で返事をしていった。
時々、妙に落ち着いた声や元気な声が混じっては、また教室の空気が重くなっていく。

 

……やる気なのか?

疑心暗鬼は深まるばかり。

 

出席番号32番である若菜の名前が呼ばれ、それに彼が返事をした時点で重苦しい出席確認は終わりを告げた。

「はい、全員いますね。ではルール説明に入ります。まず制限時間ですが、これは3日間―――時間で言うと72時間ね―――です。生き残れるのは勿論一人だけ。優勝者は家に帰ることが出来ます。もしかしたら政府からご褒美も出るかもね、フフ。もし、決まらない場合は貴方達が付けてるその首輪、それが生き残ってる人全員分爆発するからそのつもりで。24時間以内に死亡者が1名も出ないときも同様です。精密機械だからあまり弄らないでね。そう簡単には壊れないけど、誤って爆発してしまうこともあるようだから。」

西園寺の言葉に、首輪に手を当てていた全員がビクリと身体を震わせる。
首に付けているのだ、“ここ”で爆発などされたらひとたまりもない。
確実に訪れる……死。

「ああ、それとその首輪に関することでもあるのだけど、プログラムを円滑に進めるために禁止エリアというものを設けます。」

綺麗とは言い難い黒板に、西園寺は簡単なこの島の地図を書いた。
そしてそれを適当に縦10横10の計100エリアに分割する。
左側にはA〜J、上に1〜10と書き込むと、「例えばここはA5ね」とエリアを一つ、チョークで塗りつぶした。

「私が朝と夜それぞれ0時と6時に放送を入れるから、その時に確認するように。もし、時間を過ぎても禁止エリアにいるようだったら、その首輪が爆発してしまいます。そうならないように気を付けてね。あと、海は全部禁止エリアに指定されています。待機している兵隊さんに撃ち殺されちゃうかも知れないから、海へはあまり近付かないことね。ちなみに放送時にはそれまでの死亡者の発表もします。聞き逃さないように。」

尚も彼女は続ける。

「それから、皆さんの持ち物についてですが、基本的に何を持っていっても構いません。旅行バッグは足下に置いてあるわよね?でもあんまり持っていくと重くて疲れちゃうだろうから、その辺はよく考えてね。こちらからも一つ、カバンを渡します。その中には、水、食糧、この島の地図、時計、コンパスに懐中電灯、筆記用具を忘れた人のために赤ペンが入っています。これはみんな共通ね。あとこれが一番重要なんだけど―――一般的に武器と呼ばれるものが入っています。当たり外れがあるから、これはみんなの運次第ってこと。良い武器が当たった人は良いけれど、それ以外の人は他の人から奪って頂戴ね。その時に一緒に食糧なんかも手に入れておくと良いかも知れないわ。」

西園寺は続ける。
『殺し合い』の説明を。
静まり返った教室で、緊張の糸が危ういバランスで保たれているのに誰もが気付いていた。

それでも。

感情を抑えきれない輩は、どうしても出てくるもので。
西園寺が説明を一旦切ったところで、椎名の列の一番後ろに座っていた谷口聖悟がけたたましい音を立てて立ち上がった。
その様子を西園寺は瞳を眇めて見つめる。

「ふ…ざけんなよ!このメンバーで殺し合いをしろって言うのか!?アンタそれでも人間かよ!人が死ぬんだぜ!?それも見知った人間同士が殺し合いをして!どうしてそんな淡々と―――

「谷口くん。」

激昂しているのだろう、早口で捲し立てる谷口に西園寺は今まで聞いたこともないような冷たい声を掛けた。
まるで、鋭利な刃物を思わせるそれに、谷口の表情がハッと固まる。

「発言するときは挙手しなさいと、言った筈よ?いい?このプログラムはルールが絶対なの。そしてそれを指導するのは私の役目。違反者は―――

 

……カチャリ。

 

 

「死をもって償って貰うしかないわね。」

 

 

パンッ

 

乾いた音が響いた刹那、彼女の手に握られていたのは小振りだが―――確かに銃であった。
硝煙が薄く立ち上っていることから、たった今それが使われたことが知れる。

……使われた?―――……一体、何、に?

 

「う、うわぁぁ!」

突然、真田が悲鳴を上げてガタガタと席を立った。
時が止まったかように動かなかった少年達も、のんびりとした動作でそちらの方に顔を向ける。

見たくないものがそこに広がっている気がした。

しかし、立っていた筈の谷口の姿は何処にも見当たらない。
ただ、谷口の前の席に座っている高山の後頭部辺りに、何やら赤黒いものがべっとりと付着しているのが見えた。
そして向かって左隣に座っていた真田が、風祭の机に力無く寄り掛かっているのも。
逆隣の藤代は、感情の読み取り難い表情で元谷口がいた方を眺めていた。

 

谷口は。

今まで激しい怒りを露わにして、西園寺に抗議していた谷口は。

 

額にまぁるい穴を開けて。

瞳を見開いて。

血をぶちまけて。

 

床に……転がっていた。

 

「うッ」
比較的よく見える場所にいた木田圭介が、あまりに凄惨な有様に思わず口元を押さえる。
彼の前の席の風祭も、真田の制服の肩口付近を力の限り掴んでいた。
その表情は青ざめて、唇が上手く合わさらずふるふると力無く震えている。
掴まれた真田も、何かに縋るように、風祭の手をぎゅっと握る。
―――有り得ない光景が彼らの目の前には広がっていたのだ。

「この銃はGLOCK19と言って勿論本物の銃です。今みたいに人を殺すことも容易くできます。当たり武器の中にはこういうものも入っているから。説明書も付いているから、安心してね。それと、重複して言うけど発言はきちんと挙手してから。谷口くんの二の舞には、なりたくないでしょう?」

目の前でいとも簡単に行われた殺人に、少年達は動けなかった。
そんな彼らに追い打ちを掛けるように西園寺は話を再開する。
今行われた凶行は、彼女なりの見せしめのつもりだったのかも知れない。

「とりあえず説明はこんな所かしら。何か質問のある人。」

「……はい。」

「翼、どうぞ。」

西園寺とははとこ関係にある、椎名の挙手。
いつもとは違い、何処か余所余所しい雰囲気が二人の間に流れた。
構わず、椎名は立ち上がる。

「あき……監督は、いつからこのプログラムのことを知っていたんだ?」

「一週間くらい前からかしら。」

「アンケートを取る直前ってワケ?そりゃまた都合のいい話だね。」

ハッと小馬鹿にしたように笑う椎名を、西園寺は咎めなかった。
代わりに微笑む。

「ええ、全く都合のいい話だわ。私も本当はプログラムのことなんか知らなかったのだけれど、ある日突然政府の方がいらっしゃって。―――今は医学も進歩しているのね、私も感情の一部を抑制する手術を受けて……ああ、だから人を殺しても何とも思わなくなっているのかしら。」

「玲……ッ!?」

何でもないことのように話す西園寺に、椎名が先程とはうって変わって慌てたように声を上げた。

 

聞いていない。

そんなことは聞いていない!!

 

……正直、自分の意志でこんな事をしているのだと思っていた。
昔からおかしな事が大好きで、よくそれに巻き込まれていたから。
だから、面白いと思ったら何でもするものだと
―――裏切られたと思った。
少なくとも自分は大事にされていたと思っていたから。
簡単に殺し合いに参加させようとする彼女が、許せないと思った。

なのに。

これでは彼女も被害者ではないか……。

 

「心配しないで翼。私は大丈夫よ。それより―――そろそろ良いかしら?座って。」

西園寺は依然として、普段通りだった。
悲しいほどに、いつも通りだった。
椎名は痛々しい表情のまま、大人しく席に着く。

 

政府の奴等、絶対に赦さない―――!!

 

身を焦がすような、激しい怒りをその小さな胸に燻らせて。

 

  

 

出席番号19番 谷口聖悟 死亡 

《残り ― 31人》

 

 

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