25:戸惑わず、躊躇わず

 

 

 

明るい日差しの中を、杉原は歩いていた。
近くに人の気配は見当たらない。
100%ではないけれど、自分の察知能力にはある程度自信を持っている杉原だ。
余裕すら伺わせて、颯爽と道を行く。

彼に支給された武器は毒物。
弱くもないが、強くもない。
フィジカルに不安のある杉原としては、銃器がひとつ、欲しかった。
体力勝負、力勝負になったら、多分、絶望的だから。
だから、遠方から『敵』を狙える『武器』が必要だった。

 

―――生き残るために。

 

(皆は結構迷っていたりするのかな。人を殺すこと。)

 

のんびり歩きながら、思う。
曲者揃いだが、杉原の仲間には優しすぎる奴が多いから。
殺人を認められているこのゲームに置いても、他人を犠牲にしてまで生きたいと思うものは多くないだろう。
甘い、というのは厳しい。
むしろ、そんな人間らしさを持つ友人達に、杉原は愛しさを覚えている。

 

(そう、それが普通。割り切っている僕がおかしいんだろうね。)

 

くすりと口の端だけで笑う。

 

杉原は迷っていない。

 

既にひとり殺している。
それでも狂ってはいなかった。
意志はしっかりとしている。

本音を言えば、人を殺すことに罪悪感を感じてみたり、自分が生き残っていることに良心を痛めたり、耐え切れず狂ってみたりしてみたい。
けれど、彼の心は極めて静かだ。
凪いだ海のように、いっそ清々しい程。

 

(目的が、あるから?)

 

思う。

 

目指すものがあれば、多少他のことを踏みつけても平気になるのだろうか。
しかし、それは言い訳にもならないような気がした。
大体、自分の目的は人から見れば、取るに足らないちっぽけなものなのだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多紀…無理、しないでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しく囁かれた声は、憎いほど。

耳から、離れない。

 

 

 

 

 

「……。」

 

順調に歩を進めてきた杉原だったが、ふと、人の気配を感じて足を止める。

 

(……誰か、いる?)

 

微かだが、息遣いが感じ取れる。
細めた瞳を更に眇めて、杉原は辺りを窺った。
周囲は木々に囲まれている。
隙間から零れるのは太陽の光と露。

 

 

そして、金に近い黄土色の髪。

 

するりと姿を覗かせたのは、天城だった。

 

 

「杉原…?」

 

 

彼はいつもより、少し疲れた顔をしていた。
常に輝いている両の目も、心なしか曇っている。
無理もない。
ドイツから帰ってきて、懐かしい友人に出会えたと思ったら、いきなりこんな状況に追い込まれて。
参加者の中で、一番苛酷な環境にあるのは、天城かもしれなかった。

「天城君、……疲れてる、みたいだね。」

労わるように言葉をかけると、天城は苦笑を零した。
相当参っているらしい。
敵か味方かも分からない杉原の目の前に、躊躇せずに出てきた事実がそれを物語っている。
知らない仲じゃない。
けれど、信頼し合えるほどの仲でもなかったはずだ。
それでも天城は杉原の前に姿を現した。
思わず笑う。
9割方、嘲笑ではあったけれど。

 

「少し、話でもしようか。」

 

微笑んだ杉原に、天城は幾分表情を和らげて頷いた。

 

 

 

「ずっとひとりだったの?」

切り株を見つけて腰を下ろした杉原は、正面にあるもうひとつの切り株を天城に勧めながら尋ねる。
天城は静かに座りながら、「ああ」と短く答えた。

「誰にも、逢っていない。…そんなに広い島でもないと思うんだが。」

少し残念そうに言う。
彼には逢いたい人がいるからだろうと、想像できる。
そして、その「逢いたい人」に心当たりがあった。

 

「カザくんはきっと大丈夫だよ?あれで、結構強いから。」

 

杉原の言葉に天城はばっと勢い良く顔を上げる。
図星だったようで、微かに頬に赤みがさしている様子が、何だか微笑ましい。
長身の天城が照れている姿は、違和感を感じるどころか、むしろしっくり来てしまって、杉原は瞳を細めた。

「僕もカザくんは気になるよ。でも、ひとりじゃない気がする。だから平気、大丈夫って思えるんだ。」

「……杉原は強いな。」

溜息のように落とされた言葉は、鉛のように重い。
「俺はダメだ」と弱音を吐く天城に、杉原は苦笑を返した。

 

(どうしよう。また毒人参でいいかな。)

 

―――そんな、物騒なことを考えながら。

 

 

 

「天城君はきっと、疲れてるんだよ。ドイツから帰ってきてすぐ、こんなことになっちゃったでしょう。少し、休んだ方が良いよ。」

そう言って杉原は取り出したのは水筒。
そう。
「あの」水筒だった。

天城は躊躇いなく頷く。
淀みない動作で出されたお茶にも、当たり前のように口を付け、育ちの良さを感じさせる優雅な仕草で喉を潤していた。
コクリと鳴る喉に、確かに毒人参が服用されたことを確認して、杉原はにんまりと笑った。

そして自分も口を付ける。
薬を飲むと言って、解毒剤を口に含み、毒人参入りのお茶を飲み干す。
いつのまにか疲労を蓄えていた身体に温かいお茶が染み渡り、つい、ホッと息を吐いてしまった。
精神的はどうあれ、肉体的には相当疲れがたまっているようだ。
早く決着付けたいな、と少し遠くを見て、杉原は今度は溜息を吐いた。

 

 

 

お茶を飲み始めて10分ほど経っただろうか。
天城の様子は至って普通で、杉原は首を傾げる。
(…効いてないのかな?)
しかし、不破に渡したものと同じお茶だ。
効かない訳がないと思う。
となると、無理をして自我を保っているのか、それとも。
嫌な予感を覚えて、杉原は沈黙を守る天城に話し掛けた。

 

「…天城君ちって、人に恨まれることが多かったりする?」

 

この突拍子もない質問に、天城は一瞬驚いたように目を瞠ったが、しかし、すぐに軽く頷いた。

やっぱり。

杉原は毒を盛る相手を間違えたことに気がついて、心の中で舌打ちをした。
つまり、そういうことだ。
今時江戸時代でもないだろう、と問い詰めたくもなるが、天城家では幼少の頃から少しずつ毒に慣れさせているようだ。
いつ、盛られても大丈夫なように。
そう考えると、今、天城が平常心でいる理由も自動的に理解できる。
彼の身体は、弱い毒など効かないように出来てるのだ。

 

(…どうしようかな。)

 

ずっ、とお茶をすすりながら考える。
劇薬も支給された毒類の中に入ってはいる。
けれど、果たしてこの相手に飲ませることが出来るのだろうか。

―――無理な気がした。

 

…ふと、天城の鞄の不自然な膨らみを発見する。

 

「天城君って、支給武器、何だったの?」

尋ねれば、天城は鞄を開けて中身を見せてくれた。
中から出てきたのはボーガン。
映画で見たものと同型のようだ。
妙な形のものを入れていたせいで、鞄が思い切り変形してしまっている。
何の警戒心も抱かず、ボーガンを自分に渡してくれる天城に好意を感じながらも、杉原は人を殺す為の武器が手に入ったことを心の中で喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

世間話をしつつ、徐にボーガンの照準を天城に合わせる。

 

 

 

 

 

 

驚愕に目を吊り上げる彼に一言謝って、杉原は引き金を引いた。

 

 

 

ドス、ドスドスドス。

 

 

 

至近距離で放たれた矢は全弾天城の身体に突き刺さる。
戦国時代の戦いに敗れた武士を思わせる姿に、杉原は声を立てて、笑った。

 

 

 

「殺ったモノ勝ち。僕は、優勝して家に帰る。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出席番号20番 天城燎一 死亡

《残り ― 12人》

  

  

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