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リアルは突然、やってくる。
殺し合いが行われていることは知っていた。
否定しようにも、定時にかかる西園寺の冷めた声がそれを許さなかったから。
仲の良い人物が呼ばれないのが、せめてもの救い。
放送の度、情けないくらいに心臓を激しく脈打たせている自分に反吐が出そうになる。
そして、ホッと胸を撫で下ろした自分を殴りたくなる。
ゲームだと割り切れるほど、強くない。
今までいた神社を移動し、森に入り込んだ若菜は人の声を聞き付けてそっと近付いた。
コッソリ覗き見ると若菜側に背中を向けているのは小柄な人物―――察するに杉原だろう―――と、やや疲れた顔をした天城が談話している。
どちらとも仲の良くない若菜(特に杉原とは悪い、といっても差し支えない)は、会話には混ざらずにその場を去ろうとした。
見つかって殺されるのも、手を差し伸べられるのも気持ち悪かった。
けれど、腰を上げようと振り向き、木に背をつけた刹那、事態は急変する。
ドスドスと何かが肉に刺さる鈍い音が数回。
苦しそうにうめく声が耳に届くが、それもすぐに消える。
(―――何が、起こった。)
頭では分かっている。
冷や汗と脂汗と、身体にはじっとりと水分が浮かび上がってくるのに、口の中はカラカラだ。
嫌な動悸が鳴り止まない。
落ち着こうとすればするほど、汗が噴出してくるようだった。
「殺ったモノ勝ち。僕は、優勝して家に帰る。」
杉原の抑揚のない怖いくらいに優しい声は、更に若菜に恐怖を与える。
乾いた口内と潤そうと唾液を無意識に飲み込むその小さな行為さえ、杉原に気付かれてしまうのではないかと言う不安で心臓を潰した。
二人の距離は大体5m前後。
遠くも近くもない。
いつこちらに気付くのだろうと言う懸念から、若菜は未だに事実を確かめられずにいた。
ただ、ちょっと振り向けば良いだけなのに。
幸い杉原は自分のバッグに天城のバッグの中身を入れ変えるのに夢中で、若菜の存在には気付いていない。
自分は人を殺せるような武器は持っていない。
気付かれたらこの距離だ、確実にあのボーガンでやられる。
ならば下手に動くより、息を潜めてこのまま彼が過ぎるのを待った方が良いのではないか。
そう考えて、若菜は用心深く、ゆっくり、静かに、息を吐いた。
そいてぎゅっと口を閉じる。
気配を消す方法なんて知らない。
ドキドキと騒ぐ心臓は今にも口から飛び出しそうだったけれど、胸元を抑えることでいくらか気休めにはなった。
あとは、杉原が去るのを祈るだけ。
じっと、耐える。
ガサガサと荷物を整理する音は絶え間ない。
しかし、すぐにその音も止んで、立ち上がる気配がする。
草を踏む音は、杉原が歩き始めたことを伝えてくれた。
早く。
早く行け。
胸を掴む手に力をこめる。
かさ、かさ、と歩む音は、連続して起こった。
ある程度音が離れたところで、若菜はやっと息を吐く。
途端に、全身に入っていた力が抜けた。
「……カッコ、わりーぃ……。」
「―――何が、カッコ悪いの?」
「……ッ!」
ホッとして安堵の息をついたのも束の間、いつの間にか杉原の声が真後ろで聞こえる。
おかしい。
去ったはずなのに。
ここにコイツがいる訳、ないのに。
混乱で身体が熱くなる。
そうこうしている間にも、草を踏みつける音は次第に近付いてくるようだ。
自分以外の人の気配に、ビクリと痙攣を起こしたかのように身体が跳ねる。
「ごめんね?誰だか知らないけど、そこに人がいるの、気付いてたよ?」
杉原の声に動揺は見られない。
ただ、足音に混じって金属音のようなものが聞こえる。
鼓膜を震わすその音は、若菜にとってひどく気味の悪いものだった。
(逃げなきゃ。)
こんな所で死んでられない。
力の入らない身体を叱咤し、若菜はゆっくりと立ち上がる。
途中、膝がガタリと落ちてしまい、軽く音を立ててしまったが、相手にはもう存在を認められてしまっている。問題ないだろう。
肩にかけた鞄を抱えなおし、若菜はそっと後ろを振り返る。
見えたのは、いつもの様に笑ってる杉原と。
その向こうに矢を何本も突き立てて、絶命している天城。
その光景に、思わず我が目を疑う。
(…ッマジ、かよ…ッ!!)
急に自分の置かれている状況が恐ろしくなる。
胃液が逆流するような錯覚を起こさせるのに十分な吐き気。
天城はもう動きはしない。
穴の空いた部分から流れる赤は、服に染み込んで茶に変色していた。
数秒後には自分もああなってしまうのか。
相手が若菜だと知った杉原の表情には、明らかな侮蔑が浮かんでいる。
右側に抱えたボーガンが、カチャカチャと鳴った。
(振り返るんじゃ、なかったぜ…。)
少し前の自分に馬鹿野郎、と毒を吐いて、若菜は口元に歪んだ笑みを乗せる。
何故か大笑いしたい衝動に駆られたのだ。
あまりの恐怖に神経がやられてしまったのかもしれない。
「若菜、くん。死んでくれるよね?」
うっすらと瞳を開けて微笑む杉原が、悪魔に見えた。
しかしそれは、逆に、怯えて我を失っていた若菜の正気を呼び起こすことになる。
(こんな奴に、殺られてたまるか!俺は―――…。)
絶対、アイツらに逢うんだ!
想いと言うより誓いを胸に刻んだその直後、彼は弾かれたように杉原に体当たりを試みる。
油断していた杉原は思い切り吹き飛ばされ、地面にしりもちを付いた。
その隙を付いて、若菜は全力疾走で杉原から離れる。
(そうだ、こんな所で殺されるわけにはいかねぇ!)
ガサガサガサ。
背丈の高い草は足を取るけれど、それで転ぶ程柔な足腰をしてるつもりはない。
逃げる。
スマートなやり方ではないけれど。
今は、ただ。
逢いたい人のために疾る。
―――しかし。
「……うぁ……ッ!」
「…まったく。手間取らせないでよ。」
彼の足は止められてしまう。
起き上がった杉原が、素早く若菜の背に向かって矢を発射したから。
何本もの矢を背に受け、若菜は前のめりに倒れる。
泥の滑りに顔を突っ込んでしまい、自慢の髪も汚れてしまった。
しかし、硬く閉じられた瞼は、開かない。
「死んだよね?うん。良かった。」
遠目から若菜の様子を眺めて、杉原は心底嬉しそうに笑った。
杉原は突き飛ばされた拍子に左足を捻ったらしく、足首に少し違和感を感じたため死体確認のためだけに鬱蒼と茂る草の中を進む手間を省きたがった。
確認などせずとも、近くにある天城の遺体と同じく、矢が突き刺さっている状態で人が生きていられるわけがない。
彼にまだ息があったとしても、すぐに絶えるだろう。
そう判断して、杉原は左足を心持ち庇いながら歩き出した。
若菜は動かない。
《残り ― 12人》
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