24:再会

 

 

 

復讐なんて。

柄じゃないと思っていた。

 

 

助けを求める、あの瞳が忘れられない。

本当に、助けられなかったのだろうか。

自分は、手を伸ばすことを躊躇したりはしなかったか?

殺されることを、怖いと思わなかったか?

 

だとしたら。

 

それは裏切り行為になってしまう。

 

 

「……くそ。」

 

伸びきった雑草を腹立ち紛れに蹴飛ばして、黒川は顔をしかめた。
畑が目の前で殺されてから、既に半日以上が経過している。
けれど、脳裏に浮かぶのは事切れる寸前の畑の顔。
自分に向かって伸ばされた手。
そして噴水のように噴出した、友人の血飛沫。
うざったそうにそれを受ける何の感慨も浮かばない、シンプルな黒目。
口元に浮かんでいたのは、確かに嘲笑だった。

 

「…くそッ。」

 

胸が苦しい。

助けられなかった自分への怒りなのか、友人を殺された復讐の念なのか―――はたまた、躊躇した自分への嘲りなのか。
分からないけれど、苦しかった。
動いていないと、心臓を食い破って何かが飛び出してきそうな気さえした。
自分はきっと『ココ』に醜いものを飼っている。

そしてこの化け物を消すには、生み出した原因を消去するしかないことも分かっていた。

 

李潤慶。

 

自分を侮って、生かした。

畑の仇を討ちたいなんて、カッコ良いことを言いたい訳じゃない。
許せないだけだ。
見下したあの目を、曇らせてやりたいと思った。

 

―――自分が、他人に対して殺意を抱く日がくるなんて。

 

ふと、可笑しくなって、黒川は諦めたように口元に微かに笑みを乗せた。

 

 

 

ちょっと前までは、双眼鏡ひとつでどうやって人を殺せるんだ、と思っていた。

けれど今は。

拾い物は、きっと黒川の力になってくれる。

東屋の裏で手に入れた。

―――細長い、大きめの銃。

 

 

 

「何だか、ご機嫌だネ?」

 

 

 

噂をすれば、というやつだろうか。

低いが通る声に乗せた、少し違和感を覚える日本語は、聞き間違えようがなかった。

 

 

 

「……随分早い再会になっちまったな。」

 

 

 

ゆったりと瞳を眇めて。

黒川は目の前に出てきた相手を見つめる。

 

 

 

李潤慶。

 

 

許せない。

そんな殺意までを黒川に抱かせる相手。

 

 

 

彼は無防備に、手に斧を携えただけで、黒川の目の前に現れたのだった。

 

 

 

 

 

「ボクのこと、追って来たんでショ?ずーっとレーダーに映っていた赤い点は、君だったようだネ。」

ちゃり、と首に掛けた鎖を上げると、李のYシャツから角張った小型の機械が出てきた。
良く見ると、中心で赤い点が点滅している。

「首輪に反応するようになっているんだってサ。番号までは出ないけど―――この辺、ちょっと不満カナ。」

にこっと笑って、李はまた胸元にレーダーを仕舞い込む。
まるで、友達に話しているかのような口振りに、黒川は本気で嫌悪を覚えた。
その右手に持った斧で、人を殺したことなんてなんとも思っていない。
至って普通。
もしかしてこのゲーム、彼にとっては日常でしか有り得ないのだろうか。

それはそれで。

癪に障る。

 

「…軽率なんじゃねぇのか。」

眉間に皺を深く刻んだまま、黒川は唸る。
ここまで自分は軽んじられているのだろうか。
レーダーと斧、それだけを武器に、彼はのこのこと正面切って現れた。
黒川が双眼鏡しか持っていないと思っているのかもしれない。
しかし、そこまでの油断をする相手だろうか?
何か、裏がある気がしてならない。

「?軽率?そんなことないヨ。ボクはいつだって慎重派だからネ。」

相変わらず笑みは絶やさず。
李は黒川の言葉を全否定する。
黒川は喉の奥で少し笑った。

 

「どうでもいいけど。……死んで欲しいんだよな。あんたには。」

 

ガチリ。

 

先程森で拾った銃を、李に躊躇いなく突きつける。
銃の銘柄は知らない。詳しくもないし、特に知りたいとも思わなかった。
引き金を引けばきっと弾は出る。
そのうちのひとつでも、李に当たって致命傷になれば、それで良かったのだ。

銃を目の前に出され、初め、李はちょっとだけ目を瞠った。

しかし、すぐに元の笑顔のポーカーフェイスに戻る。
これがどうしたの?とでも言うように、不敵に笑って見せた。

 

覚悟を決めたのか。

そんなもので殺されない、と言う自信があるのか。

 

分かりかねたが、それもどちらでもいいこと。
黒川は思い切り引き金を引いた。

 

もう、何の躊躇いもなかった。

 

 

 

銃弾は近くの木の幹に被弾する。
李には掠りもしなかった。
構わず、黒川は次々と撃ち始めた。

そのときの彼の顔は、酷く強張っていて、泣きそうにも笑いそうにも見えたという。

 

撃ってくる黒川に構わず、李は彼に向かう。
正面から、勢いをつけて走り込む。
黒川から放たれる銃弾は、至近距離になればなるほど、李に当たるようになっていった。
しかし、やはり掠る程度。
致命傷など負わせられない。
だんだんと近付いてくる李に改めて照準を合わせ、最後と思われる一発を、黒川は撃った。

 

李の左肩が、赤く染まる。

 

銃弾は貫通したらしい。
穴が空いたと思われるところから、どくどくと赤い血が流れ出していた。
李の表情が少し歪む。
しかし、それだけだった。

 

 

「ほら。」

「やっぱり君はボクに勝てないネ。」

 

 

愉快そうに笑う李は、走り込んだその勢いで、黒川を押し倒していた。

空の銃を念の為遠くに蹴り出す。
離れた木の盛り上がって根に当たって、銃はコツ、と小さい音を立てた。
それを確認して、また笑う。

 

「銃を持っているから勝てると思っタ?銃を持っていないから死ぬと思っタ?」

 

くすくすと笑いながら、それでも黒川を地面に押さえる腕は力強い。

 

「素人考えだネ。やーっぱり幸せボケしてるヨ。君たち日本人は。」

 

最後の下りで、李の瞳に剣呑な光が宿る。
それを、黒川は下から悔しそうに見上げていた。
するりと喉に手が押し付けられる。

 

「だから友人を助けよう、とか、皆で生き残ろう、とか考えるんだネ。それはとてもとても綺麗なことだけど―――

 

ぐっと黒川の喉を圧迫する李の力が強くなって。

 

 

 

「愚かだヨ。」

 

 

 

極上の笑みと共にもたらされたのは、骨を砕く、耳障りな音。

 

 

 

思い切り体重を乗せて、李は黒川の喉を潰した。

 

 

 

首の骨が折れた黒川は、もう動かない。
それでも一応、と、慎重な李は斧で黒川の心臓を一突きしてやった。
とくり、と湧き出た血は、まもなく止まる。
その様子を見ながら、李はのんびりと考え事をする。

 

 

そう言えば。

彼は銃を持っていたっけ。

 

銃弾は全部切れたようだったけれど。

 

 

―――ハッタリには使えるかもしれない。

 

 

 

 

離れた場所に転がっている大振りの銃をひょい、と軽やかな仕草で持ち上げて。

李は、また何事もなかったかのように、颯爽とその場を去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

出席番号9番 黒川柾輝 死亡

《残り ― 13人》

  

  

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