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西の外れにある診療所。
そこでは、渋沢と山口が四苦八苦していた。
山口の左足の状態は思ったより宜しくない。
使われていなかった罠は錆付いており、その錆が山口の傷口も染みてきてしまっていたようだ。
傷口付近の肌の色が紫に変色し始め、傷そのものも黒くなってきてしまっている。
いくら診療所で用具が揃っているからと言っても、素人2人が精密な手術をできるはずもなく。
結局は応急処置と似たような手当てしかできなかった。
「…悪いな。ここまで歩かせて。結局役立たずだ。」
椅子に座っていた渋沢が、向かいのベッドに座る山口に頭を下げる。
少しはマシな治療が出来るかもしれないと、痛む左足を引き摺らせてまで連れてきたのに、これではあまりにも不甲斐ない。
道中一言も文句を言わなかった山口に申し訳なかった。
しかし、渋沢の謝罪に山口は首を振る。
「何言ってんだよ。俺はあの罠から助けてもらえただけでも感謝してるんだぜ。お前が、俺を信用してくれたことも嬉しかった。だから、渋沢が謝ることなんて全くないのに。」
爽やかな微笑を称えて、山口はそう言う。
足は痛むのだろうに。
見ているだけで疼いてくるような酷い怪我をしているくせに、他人を気遣ってなんでもない風に笑って見せる。
それは山口の長所であり、特徴でもあるのだが。
こんなときばかりは頼ってくれても罰は当たらないのにな、と思い、ふと自分の至らなさをも思って、渋沢はため息をついた。
空が明るくなっていく。
未だに朝の落ち着いた匂いを放っていた森は、太陽の顔を覗かせ始めた。
日当たりの良いところに建てられている診療所は、目一杯に陽の光を浴びて明るく佇んでいる。
その中の2人がどんな気持ちでいるかなんて、構いもせずに。
怪我の痛みを忘れようといつもより饒舌な山口に、渋沢はあまり得意ではない話術を総動員して辛抱強く付き合っていた。
聞き役に徹したり、話題を提供したり。
こんな時にムードメーカーの後輩がいれば、と頭の隅で思ったが、無意味なことだとすぐにその考えを振り払う。
ここには自分と山口しかいないのだから。
少しでも山口の負担を減らすことになればと、渋沢は落ち着いたトーンで話し続けていた。
そうしていると、怪我の痛みはまだ引かないまでも、山口の様子も落ち着いてきたようで、眠たそうに瞬きの回数を増やし始めている。
寝るのが一番だと渋沢に諭されれば、素直にそれに従いベッドに横になった。
しばらくの間、瞼を閉じたり開けたり繰り返していた山口は、ふと思い付いて左足を見つめる。
麻痺してきて、もはや左足の感覚は薄くなってきている。
そのことが寂しかった。
「……もし、生き残れても。」
寝言のように呟いたその言葉に、渋沢が耳を澄ます。
目を瞑ったまま、独り言のように山口は続けた。
「…もう、サッカーはできないんだろうな…。」
震えた声色に、渋沢は答えるべき言葉を見つけられなかった。
「…当然、だよな…。」
山口が完全に寝入ってから、渋沢はポツリと呟く。
あれだけ将来を有望視されていたプレイヤーだ。
壊死しそうな足を目の当たりにして、心を痛めないはずがない。
もう、きっと、治らない左足。
そんな辛さを引き摺って、山口はこれからずっと生きていかなければならないのか。
自分のことのように胸が痛かった。
そんな感情は傲慢以外の何者でもないと思いながら。
コツ、コツ。
これからを思って項垂れた渋沢の耳に、突然、小気味のいいノックの音が入ってくる。
初め幻聴かと思ったその音は、確かに診療所の正面扉から聞こえていた。
誰かが、いる。
なるべく音を立てないように、渋沢は山口を起こす。
極力押さえた声で話せば、山口はすぐに状況を察知して、動けるようにと左足の包帯をきつく縛りなおした。
痛みすら感じなくなっている、その足を。
日本刀を抜刀して、渋沢はドアに向かう。
自分も行くと言った山口を、足手纏いだ、と渋沢にしてはキツイ言葉で制して。
緊張した体は、気をつけていれば気をつけるほど、どこかにぶつかって音を立てそうで自分の思い通りにならなかったが、それでも、渋沢は結局足音を立てずに扉に近付くことに成功した。
ホッと一息つくこともできない。
薄い扉を隔てた向こうに、誰かがいるのだから。
(もし乗っている奴だった場合どうする?銃火器系を持っていたら逃げられない。)
ぐっと柄を握る手に力をこめる。
日本刀は十分凶器になるが、それでも銃に勝てるわけがない。
どこかの漫画の侍じゃあるまいし。
しかも自分の死はイコール山口の死にも繋がってしまう。
慎重にならざるを得なかった。
コン、コン。
さっきとは少し変わって響くノックの音。
聞き耳を立てるだけで、渋沢は動かない。
相手の出方次第だ。こちら側から動くわけにはいかない。
ノックの主は、しばらく黙っていたが、その内のんびりと喋り始めた。
「誰かいませんか〜?」
コン。
「本当にいませんか〜?」
コン、コン。
そして、また訪れる静寂。
声の主を、渋沢は良く知っていた。
ただソイツが信用できる奴かと言うと……正直分からない。
―――開けて、みようか?
ドアににじり寄って、隙間から外を窺ってみる。
すると、ほんの少しだけ見えた。
やはり間違いない。
長身だと言われる自分よりも背が高くて、ひょろりとしている。
細められた瞳は、一向に開かれない扉をじっと見つめていた。
須釜。
「…渋沢だ。」
感情が乗らないようにと押さえた声で、渋沢は須釜に話し掛ける。
するとすぐに返事が返ってきた。
「君でしたか〜。」
朗らかに言う須釜に、渋沢は苦笑を浮かべる。
しかし扉を開けることはしない。
彼が乗っていないと言う確証がない内は、下手に招き入れるわけにもいかなかった。
「…ひとりか?」
聞けば。
「ひとりですよ〜。」
と、必要最低限の言葉しか返ってこない。
これでは彼を判断する材料が少なすぎる。
思い切って、渋沢は単刀直入に尋ねることにした。
日本刀を握り締め直して、気を引き締める。
「…このゲームに、お前は乗っているか?」
問えば。
「ヤダなぁ。乗ってませんよ〜。」
ホッとしたのも束の間。
「な〜んてね〜。」
ガガガガガガガ。
薄い扉を破って進入してきたのは、人間ではなくて。
無数の銃弾。
ドアのすぐそばにいた渋沢は、それをもろに食らってしまう。
パキリ、と日本刀が折れた。
「生きてます〜?僕チビくん探しているんですけど、知りません?」
ガツンと扉を破って、今度こそ須釜が侵入してくる。
その表情は、血だらけの渋沢を見ても一向に変わる様子がない。
常に浮かべている笑顔はそのままの須釜。
彼の右傍らに下げられているUZI 9mm
SMGからは煙が出ていた。
「…逢って、ない……。」
ぼたぼたと流れる血。
これだけ血液が体外へ流出しているのに、気を失わない自分が少し不思議だった。
それ以上に殺人者の質問に答えている律儀な自分に腹が立つ。
黙して語らず、それもできるはずなのに。
「そうですか〜。じゃあ、ここでサヨナラですね。どうもご苦労様でした。」
笑顔を絶やさず、須釜は引き金を一寸の躊躇いもなく、引いた。
そして、また流れるマシンガンの狂想曲。
自分の身体を赤で染めた渋沢は、もう何も語らなかった。
呆然と見開いた瞳が空を彷徨う。
事切れる寸前まで彼の思考を支配していたのは、奥にいる山口のこと。
“逃げろ!”
―――叫ぶ暇さえ、なかった。
「いやいや、守護神と怖れられた渋沢くんも、こうなっては形無しですね〜。」
血まみれの渋沢を見下ろして、須釜はそんな感想を漏らす。
味方であれば安堵を覚え、敵であれば厄介極まりない相手。
それでも何かと面倒見の良い彼が、須釜は嫌いではなかったが。
「自分の命より優先されるべき存在かと尋ねられれば、胸を張ってノーと言えますね〜。」
ガシャン。
UZIを抱えなおして、須釜は奥へと進んでいく。
渋沢が単独行動だったかどうか、それを聞き忘れたのは失策だったなァと思いながら。
静かに、確実に一つ一つ扉を開けていく。
小さい診療所の癖に、扉の数は結構多い。
これは骨の折れる作業だと、須釜はため息をついた。
そして、最後の扉。
誰かがいるとすれば、この部屋だけ。
どうせなら正面扉を破ったみたいに扉ごと吹き飛ばそうか?
そう思ったけれど、弾がもったいないので、結局は自分で開けることにした。
キィ、と鳴る古い扉。
開いた扉の向こうに広がるのは、明るい治療室。
人の気配は一先ずないらしい。
やれやれと零して、須釜は無造作に部屋に立ち入った。
その油断が、まさに命取り。
「……ッ!?」
背中に鋭い痛みを感じて、須釜は思わず床に膝をつく。
何かが刺さる感覚。抜かれて、もう一度。
「わりぃ、須釜…!!」
涙声で背後の人物は須釜の名を呼ぶ。
聞いたことのある声だ、そう思った瞬間に、また心臓目掛けて何かが振りかぶられた。
熱をもっているかのように、傷口は熱い。
心臓まで達する痛みに辛くも耐えて、須釜はUZI
9mm SMGを背後に向けて撃った。
相手は勢いで壁に打ち付けられる。
もちろん、銃弾は全弾命中しているはずだ。
こんな至近距離で撃たれて、避けられるはずがない。
撃った須釜本人も、反動で少し動いてしまうくらいだったのだ。
「…ッケー…スケ…く、ん…?」
壁に寄りかかるように倒れている人物を何とか見定めて、須釜は呟く。
もう死んでいるのか、山口はピクリとも動かない。
霞む須釜の視界に包帯がぐるぐると巻かれた山口の左足が見えて、ああ、と思う。
サッカー、できなくなってしまったんですねぇ。
だから自暴自棄になってこんなことを。
……。
……な〜んてね。
自分で立てた仮説が、あまりにも彼らしくなくて、虫の息になりながら須釜はこっそり笑う。
きっと、山口は渋沢と共に行動していて、彼を殺した自分を許せなかっただけなのだろうと、渋沢に世話になった恩返しくらいはしてやろうと、そう思ったのかもしれない。
受けた恩は返さなくては。
久しぶりに逢うと、山口はいつもそんなことを言っていたような気がする。
(最後の最後まで人の為ですか…君らしいと言えば、君らしいですよ……。)
ふわりと笑って、須釜は瞳を閉じる。
自分はもう長くないのだろうと思った。
折角、このゲームに優勝して帰ろうと思っていたのに、近しい友人のせいで台無しだ。
(2人しか殺せなかったし…いや、ケースケくん入れれば3人ですね〜…。チビくんにも逢えなかったし……。)
自分のあまり芳しくない成績を思って、須釜はそのまま、息を引き取った。
出席番号15番 渋沢克朗 死亡
出席番号16番 須釜寿樹 死亡
出席番号30番 山口圭介 死亡
《残り ― 14人》
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