21:謀

 

 

 

森の奥の一軒家。

一心不乱にパソコンのキーボードを叩いていた椎名は、何かの気配を感じてその手を止めた。

 

「……?」

 

そのままゆっくりと背後を振り返る。
しかし、そこにあったのは風にカタカタと軋む古びた窓だけ。

(誰かに呼ばれたような気がしたんだけど。)

風の音だったのかな、と一人ごちて、さして気にも留めず、椎名はまたパソコンの画面に向き直るのだった。

 

椎名がこの村外れの民家に辿り着いたのは、1日目の夜あたり。
集落から少し離れ、隠れるようにして建っていたこの家は、外見こそ古びていて人の住んでいる気配が無いが、中に入ってみると、生活用品から趣味娯楽のガラクタまで幅広く揃っていた。
机の上に乱雑に置かれたノートパソコンの電源をダメ元で入れた椎名は、短い電子音の後に何の障害もなく立ち上がったそれに驚く。
ポカンと驚きに顔を崩したのも束の間、彼はこれ幸いとばかりに椅子を引き、キーボードを叩き始めたのだった。

中には必要なソフトがほとんど揃っていた。
この家の住人はなかなかパソコンに精通していたようだ。
インターネットも随分と使い込んでいる。
ただ、履歴を見ると『自殺マニュアル』だの『正しい殺人の仕方』だの、趣味が良いとは言えないサイトばかりが名を連ねていて、椎名は軽く眩暈を覚えてしまう。
彼(彼女?)はこの島を出て、どこかで楽しく殺人をし、そして自殺を図っているのだろうか。
そう思うと、少し寒気がした。

 

しかし、前住人の事はどうでも良い。
椎名は横道に逸れた自分の思考を修正しようと、頭を何度か強く振る。
すると少し気分が晴れて、ぼやけていたディスプレイも心なしかよく見えるようになった。
気のせいかもしれないけれど。

「それにしても、これが役に立つときがくるなんてなー…。」

パソコンの横に置かれた透明なケースを一瞥して、椎名は呟く。
中に入っていたのはCD-R。
あのアンケートを採る前日、西園寺から椎名へと直々に渡されたものだった。
思いつめたような顔をしてCD-Rを手渡す西園寺に違和感を感じながらも、椎名はおとなしく受け取った。
慰安旅行に必ず持っていきなさい、と念を押されて、椎名は洗顔グッズの中に紛れるように入れてきたのだが、こんな状況になるなんて。

(分かっていたんだろうな…玲は。あの時、自分がこれから何をされるか、俺達が何に巻き込まれるか。)

そう思うと切なくてたまらない。
このプログラムが始まってから死人を発表されることには慣れてきたけれど、何度も味わう胸の痛みだけは慣れることができなかった。
畑の死を聞いたときも、さすがに驚いて悲しくはなったものの、その痛みは次第に薄れ、今ではもう祈ることすらしていない。
薄情にも程がある。
そうやって自分を責めても、どうにもならないことを椎名は既に悟ってしまっていた。

 

今はただ。

最愛の恩師が残した、この破壊プログラムを政府のコンピュータにぶつけてやることだけ考えていたい。

他には何もいらなかった。

 

―――友人を悼む、その刹那さえも。

 

 

 

 

 

『お昼になりました。6回目の放送を始めます。』

 

太陽が真上に上がった12時。
島に響くのは相変わらずな西園寺の声。
ニュースキャスターになったかのようなそれを、今島にいる少年達はどんな気持ちで聞いているのだろうか。

 

『まずは禁止エリアの発表と…ちょっと変更点がありますので、心して聞いていてください。今までに殺された子は15人。2人は私が殺しちゃったから、実質13人ってことになるかしら?』

 

ふぅ、とわざとらしくため息をついて、西園寺は続ける。

 

『もうプログラムも中盤に差し掛かるって言うのに、このペースはちょっといただけないわね。もしかしたら、島が広すぎて皆会えないのかしら?会えなかったら殺しあうどころじゃないですものね。そこで、』

 

一呼吸。

 

『禁止エリアを増やします。今まで2時間にひとつだったものを1時間にひとつに。これだったら遭遇率もぐっと上がると思うのよね。と言う訳で禁止エリアの発表です―――……。』

 

ハキハキとした聞き取りやすい声で、西園寺は6つの禁止エリアを読み上げる。

 

『いきなり2倍になってはあなた達も些か混乱するかもしれないけれど、頑張ってね。それでは死亡者の発表です。この時間の死亡者は―――あら?鳴海くんひとり?ダメねぇ、もっと頑張らなくちゃ。』

『では、また6時間後に。』

 

ブツリ。

 

言いたいことだけ言って、西園寺はスピーカーのスイッチを乱暴に切った。

 

 

 

 

「おや、監督荒れてます?」

 

少年達が危険にさらされている、同時刻。
本部では、スーツを着た男がいやらしい笑みを浮かべて、西園寺にそう話し掛けていた。
右手には紅茶の入った趣味の悪いティーカップを持っている。
歳は中年を過ぎた辺り。
河童のように禿げ上がった頭、それにビール腹が見苦しいくらいに突き出ており、その風貌だけで西園寺の機嫌を損ねる要素としては十分合格点だった。

「…高橋さん、冗談はよしてくださる?」

ふふ、と笑みを浮かべて、西園寺は言う。
感情が乗らないその整いすぎた笑顔を、高橋と呼ばれた男は楽しげに見つめていた。

「いやいや、これは失敬。美人は怒らせると怖いですからね。ま、怒っていても貴女は美しいですが。」

げへへ、と品のない笑いを醸し出して、高橋は笑う。
きっと本人は精一杯カッコ良い笑顔を浮かべているつもりなのだろう。
あまりの滑稽さに、西園寺は苦笑を浮かべざるをえなかった。

「…ところで、高橋さん。副会長の貴方がこんな辺境の地まで一体何の御用です?」

高橋の向かいのソファに腰を下ろして、西園寺は言う。
嫌いな男なので、あまり相手にしたくはないのだが。
高橋の肩書きは一応『プログラム執行委員会副会長』であり、今の西園寺の上司に当たる。
無下にはできない。

「ああ、そのことなんですが。今回のゲームはほら、名前何でしたっけ、韓国の方からも参加している少年がいるでしょう。」

「ええ、李潤慶くんですね。」

「そう、その李くん。なかなか武術にも長けているし、手強いらしくてね〜。さすが韓国の秘蔵っ子。しかしですね、日本としては韓国の少年が優勝、なんてことは避けたいわけですわ。だって、ねえ、そうでしょう西園寺さん。ここで李くんが優勝でもしようものなら、韓国が図に乗るのは目に見えてますから。」

私は韓国は好かんのですよ。

鼻息も荒くそう言い放つ高橋を、西園寺はその綺麗な顔を少々歪めて見ていた。
嫌悪感しか浮かばない外見と同じく、考え方も西園寺とはそぐわない。
強いものが勝つ。それでいいではないか。

「……仰ってることが良く分かりませんが。」

十分理解しているが、聞いてみる。
すると高橋はキョロキョロと辺りを見回してから(といってもコンピューターに従事する政府の役員しかいないのだが)西園寺の方へと顔を突き出してくる。
内緒話をしようと言うのだろう。
心持ち高橋の方へ耳を寄せて、西園寺は彼の言葉を待った。

 

「…ですからね。罠にかけることはできませんでしょうか。禁止エリアに入ったと口実をつけて首輪を爆破させるとか。」

 

―――馬鹿らしい。

 

心の中では高橋を心底軽蔑しながらも、彼女はその美しい笑みを崩さない。
少し考える素振りを見せてから、力無く首を横に振る。

「残念ですけど、それはできませんわ。あくまでこれは有能な人材を発掘するためのプログラムです。実力主義の社会なのです。それに、そんな不審な死を韓国側が認めるとも思えませんわ。今の時点で戦争になったら、日本は確実に―――負けます。」

戦争になったら負ける。

そう断言する西園寺に、高橋は禿げ上がった頭をかく。
これは参りましたなァ、とブツブツと呟いていたが、やがて納得したように顔を上げた。

「確かに貴方のいう事も最もですな。いえ、これは私の独断で申し上げたことですから、お気になさらずに。しかし…。」

相当李が優勝するのが嫌らしい。
高橋は西園寺の言に納得しながらも、だらだらと自分の提案に未練を残していた。
ふ、と短く西園寺がため息をつく。

「ご心配なさらなくても結構ですわ。日本の少年達だってなかなかのものですよ。ほらこの―――日生くん。彼はもうひとりで6人も殺しています。逆に李くんはひとりだけ。高橋さんがお気に病むほど日本は劣っていませんし、韓国がずば抜けて有能と言うわけでもありません。」

極上の笑顔を添えてそんな言葉を進呈すれば、高橋もやっと納得して頷いた。

「確かにそうですな。ひとりで先走って申し訳ない。ここはひとつ、この日生くんに期待することに致しましょう。…いや〜、しかし美人の笑顔というのは迫力がございますな。」

がはは。

また品のない笑い声を上げて、高橋はひとりで楽しそうだ。
西園寺はその様子を、笑顔を貼り付けて見ていた。

そして、迫力の笑顔で一言。

 

 

 

「お褒めの言葉として受け取っておきますわ。」

 

 

 

廃校の本部は、妙に明るい雰囲気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

《残り ― 17人》

  

  

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