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西園寺がアンケートを実施した日から、一週間が過ぎた。
東京選抜メンバーは現在、何故か大型バスに揺られている。
運転手はプロなのか―――道なき道を慣れたハンドル操作でクリアしていった。
カーブの度に、「東京選抜御一行様」と書かれた旗が入り口付近で頼りなく揺れる。
西園寺によればこれは「慰安旅行」なのだという。
「皆、合宿お疲れさま。ささやかながらご褒美を用意しました。この旅行で疲れを癒してまた帰ってから頑張りましょう。全員参加の方向でよろしくね。」
願ってもないこと、断るヤツなどいやしない。
結局当日、集合時間の10分前には全員が揃うことになった。
こう言うことだけは皆素早いのよね。
西園寺の苦笑いに、今度はメンバー全員が苦笑いを返す。
和やかな空気に包まれながら、バスは出発した。
出発してからずっと、水野竜也は不機嫌だった。
理由は簡単、彼の隣に座っているのが杉原多紀だったからだ。
水野は窓際の席に座っていたので、杉原は廊下側に座っていることになる。
二人は同ポジションと言うこともあり、お世辞にも仲が良いとは言い難かった。
それは風祭以外の全員が知るところだろう。
「何でお前は俺の隣に座っているんだ?」
沈黙に耐えかねたのか、イライラが頂点に達したのか。
30分を過ぎた頃、水野は眉間に皺を寄せたまま杉原を睨んだ。
それを軽く流しながら、杉原はいつもの笑顔であっけらかんと返す。
「座る席がもうココしかなかったからじゃない?―――僕はキミ以上に不本意なんだけど。」
のんびりと話していた杉原の口調が変わると同時に、彼は薄く瞳を開いて歪んだ笑みをその唇に乗せた。
しばらく睨み合った後。
やり合っても仕方がないと察して二人とも各々寝る準備に入る。
こういうときは寝るしかない。
((全く、何で慰安旅行で逆に疲れなきゃならないんだか…。))
しかし、意外にも思っていることは同じだったりする。
二人がいつも以上に険悪だったのは、多分、中和剤のような存在の風祭の姿がその近くになかったからだろう。
二人は前から二番目、運転席側に並んで座っていたが、風祭はその列の一番後ろの席にいた。
窓側に座って、隣の少年と楽しそうに談笑している。
隣の少年も、無骨そうな表情の中に時折ひどく優しい笑みを称えて風祭の相手をしていた。
天城燎一。
ドイツに行っていた彼が、たまたま日本に戻ってきたと言うことで西園寺が気を利かせたのか……この慰安旅行に誘った。
あまりにも突然だったので他のメンバーは当日になって知ることになったのだが、その時の風祭のはしゃぎようは凄かったという。
天城は天城で、滅多に見せない微笑を称えていたとかいなかったとか。
とにかく、そんな感動的な再会を果たした二人が隣同士に座ることなどは容易に想像が付くことだったので、要領の良い者はサクサクと自分の席を確保していったのである。
いつもならば杉原も要領の良い人間の部類に入るのだが、今回ばかりは不運としか言いようがなかった。
小岩鉄平に付き合って、トイレに行っていたところ、既にバスは満員状態。
空いていたのは例の水野の隣のみ、と言う彼にとっては最悪この上ない状況に追い込まれたのだった。
(小岩はその前の席にさっさと座って寝入ってしまったという。杉原に恨まれないか心配だ)
ちなみに風祭の前の席には郭英士と若菜結人が座っていたりする。
通路を挟んで真田一馬。
その隣に何故か畑六助。
更に、その前に椎名翼と黒川柾輝が座っていることを考えると、特に疑問というわけでもないのだけれど。
とりあえず、真田はちょっと孤独だった。
バスが走り始めてから一時間経った頃だろうか(つまり水野と杉原の悶着から30分)今の今までざわついていたバスの中が、急に静かになり始めた。
耳を澄ませば、微かな寝息が聞こえてくる。
中にはいびきとも言える大きな音を立てて寝ている者もいたが、皆それぞれ背もたれに体重を預けて気持ちよさそうに寝入っているのだ。
一番後ろで嬉しそうに談笑していた風祭も、天城の肩に寄り掛かって静かな寝息を立てている。
その前の郭も若菜も、先程牽制し合っていた水野と杉原も。
バスの中にいる全ての人間が、不自然なほど同時期に意識を手放している。
―――否。
こんなバスの中でも、意識をハッキリと持ち、眠っていない人間が存在していた。
プロらしい運転手。
そして、少年達の監督である西園寺。
二人の顔には不似合いな、大きなガスマスクが付いていた。
―――少年達が目を覚ますと、そこは見知らぬ教室。
今にも潰れそうな、山奥の廃校だった。
「……あれ、ココは……?旅行……。」
「ココが、旅館にでも見える?」
微かな頭痛を伴って目覚めた風祭の呟きに答えたのは、感情を押し殺した誰かの声だった。
「あ、郭くん……?」
「困ったね、風祭はチームメイトの顔も充分に覚えてないの?」
風祭は「どこか」の教室の「誰か」の席に座っていた。
座っていた―――というか。
その机に突っ伏して眠っていたらしい。
瞳を上げれば、不機嫌そうな郭の顔。
きちんと椅子には座らず、窓際の壁を背もたれにして、気怠げに座っている。
足も、腕も組んで、何かを考えているようだった。
「え、あ、そ、そう言うワケじゃないんだけど…。」
辛辣な響きを含む郭の言葉に、風祭は少なからず動揺して言葉をどもらせる。
郭はもう興味を失ったのか、おろおろと瞳を泳がせている風祭を一瞥すると、ふい、と逆方向―――つまり、教卓側―――を向いてしまった。
取り残された形になった風祭は、困ったように瞳を伏せるしかない。
そこに、タイミング良く明るい声が降り注ぐ。
「あーちょっとちょっと!英士!何風祭イジメてんだよ!」
声の主は若菜だった。
若菜の声に顔を上げた風祭は、彼のその格好に目を丸くする。
「若、菜くん…その格好…。」
若菜は全体的にベージュがかった制服を着ていた。
着崩し方は手慣れたもので、首元の深緑色のネクタイは億劫そうに緩められ、ブレザーはボタンを全て外した形で前を全開にしている。
開けたシャツの第一ボタンの隙間から、何か銀色のモノが光っているのが見えた。
「はぁ?風祭だって同じ格好してんぜ?英士だってそうだし。」
まだ、寝ぼけてんの?
あっけらかんと笑う若菜の言葉を受けて、風祭は目覚めてから初めて自分を見た。
確かに若菜の言う通り、自分が着てきた物とは違う、どこかの学校の制服を着ている。
首に何かがまとわりついていて気持ち悪い。
殆ど無意識にそれに手をやると、ヒンヤリとした感触が手から伝わってきた。
―――それは首輪のようなもの。
目の前の郭を見れば、彼もやはり同じ格好をしている。
目が合って、彼の切れ長の瞳が今頃気付いたの?とでも言わんばかりに神経質に細められた。
それを目撃して、風祭はまた萎縮してしまう。
「え・い・し!」
「はいはい、虐めるなって言うんでしょ?俺は虐めてるつもり全くないんだけど。まぁどう思うかはその人次第って事だしね。風祭や結人が俺が風祭を虐めてるって思うなら、それはそれで真実なんでしょ。」
眉間に皺を寄せた若菜に、郭は軽く両手を上げてみせる。
降参のつもりなのだろうが、彼特有の皮肉混じりの口調からは、反省の色は全くと言っていいほど見て取れない。
そんな郭の態度に、若菜は一つ溜息を付いた。
そして、いつもより強い郭の口調に目をパチパチと瞬かせている風祭の耳元に、そっと囁く。
「ゴメンな、アイツ、ここに着いてから何か機嫌悪いんだよ…多分、潤がいるからだと思うんだけど。」
え。
「潤慶くん?」
思わぬ名前に、つい、風祭が声に出して聞き返すと、郭が先程とは比べ物にならないほど剣呑な光を瞳に宿して、風祭を睨んだ。
ごめん、と意味もなく謝罪の言葉を発してしまう。
郭は聞こえなかったフリをして、軽く瞳を閉じた。
「あちゃー地雷踏んだな。」
「本当にごめんなさい…。」
「風祭が謝ることじゃないってば。それよりさ、この部屋オカシイと思わねぇ?皆俺達と同じ格好してるんだぜ?しかも、他の選抜のヤツもちらほら混じってるし。」
さり気なく風祭を慰めていた若菜が、急に真剣な表情になって伺うように辺りを見回し始めると、それにつられたように風祭も視線を教室全体に向けた。
―――確かにおかしい。
まず最初に目に止まったのは、長身の高山昭栄。
彼は九州選抜のDFだ。トレセンを通して、風祭とは「心友」というどこかのジャイアニズムが好んで使いそうな、そんな関係になっていた。
思わず目が合って、二人ともニッコリと笑い合う。
その前にいるのは杉原、更にその前には関東選抜の須釜寿樹が前の席の渋沢克朗と話をしていた。
教卓の前、という何とも素敵なポジションをGETしているのは椎名。
斜め後ろの席の黒川と時々妙な笑いを交えながら、話している。
黒川の前には九州選抜GK功刀一の姿が見えた。
よくよく見回してみると、東北の阿部小太郎、日生光宏、関西の藤村成樹、吉田光徳、東海の山口圭介の姿も認められた。
先程若菜が口にした郭の従兄弟、李潤慶も郭の三つ前の席に手持ちぶさた気味に足を投げ出して座っている。
「どうして皆がここに居るんだろう…。」
「ていうか俺達もどうしてこんな所にいるんだろうな?」
風祭の素朴な疑問の上に、若菜が尤もな疑問を被せる。
二人とも顔を見合わせて、うーん、と唸っていると。
「考えてもどうしようもないだろ。あの女監督の気まぐれってヤツじゃねーの?」
若菜の後ろから、そんな声が届いた。
今まで若菜のせいで綺麗に隠れていたが、風祭の隣の席は真田だったらしい。
諦めたような、怒ったような、そんな表情でぼうっと黒板を見つめている。
「真田くん。」
「……おう。」
ぴょこ、と若菜の後ろから顔を覗かせた風祭に、真田は至極簡潔に返事を返した。
不器用な彼らしい、精一杯の一言。
微笑ましいような、何となく面白くないような。
目の前の光景に、若菜は微妙な気持ちを持て余していた。
ガラリ。
突然、古びた教室の前方の扉が勢い良く開け放たれる。
入ってきたのは皆が予想したであろう顔。
西園寺だった。
彼女はいつものジャージ姿で颯爽と入ってくると、教卓の上に出席簿のような物をパシン、と置いて、かぶっていたキャップをその上に静かに置いた。
誰も騒ごうとしない。
こんな格好させて何だ、などと言う者もいない。
ただ、西園寺の言葉を待っていた。
―――不穏な空気を感じ取った数人は、自分の予想が外れてくれますように、と心の中で祈りながら。
西園寺はキリッとした瞳で教室内を見回すと、瞳は和らげないまま、濃い目に引かれたルージュをゆっくりと歪ませる。
次の瞬間、彼女の口から発せられた言葉は、まるで。
「これから皆さんには殺し合いをして貰います。」
―――死刑宣告のようでもあった。
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