19:護りたいもの  

 

 

俺は一体何のために日本に戻ってきたんだ?

 

『清々しい朝です。皆ちゃんと起きてる?前回の放送で慣れたかしら、みたいなことを言ったけれど、慣れは油断を生み、油断は死を招くわよ。十分に気をつけてね。では、まず死亡者の発表です。』

 

朝の空気の中、朗らかに響き渡る西園寺の声に、天城は元々険しい顔を更に歪めていた。
次々と発表される死亡者の名前。
どれも顔見知りの名前だった。
水野、小堤、畑―――仲は良くなかったかもしれないが、同じ東京選抜の仲間だ。
この死に胸を痛めないわけがない。
しかし、だんだんとこの状況に慣れている自分も確かに存在するわけで。
死亡者に赤ラインを引く作業も淡々と行われる。
禁止エリアをチェックする事だって、怠りはしない。
そして放送が終わったらさっさと移動する、その行動を何回も繰り返してきた。
回が進むごとに、痛みはゆっくりと薄れていく。
自分が探している人物が殺されていなければ、それで良いのかもしれない。
薄情にも程がある…自分が嫌になって、天城は大きなため息をついた。

バスに乗るまでは良かった。
久しぶりに会えた皆と話せて。
風祭とも本当に久しぶりだった。
彼は相変わらず屈託のない笑顔を浮かべていて、自分がいなかったときの日本のことを話したり、ドイツの生活はどうかと聞いてみたりと、まるで母親のような態度で。
その様子にどうにも癒されてしまう。
慰安旅行だというのに、そんな初っ端から癒されてどうするんだと自分に苦笑を送ってみたりしたが、癒されるものはしょうがない。
だんだんと襲ってくる眠気も、きっと時差ボケの影響だろうと思っていた。
こんなことになるなんて、予想も出来なかった。

(風祭はまだ生きているんだよな…。やはり逢いたい。逢ってどうにかなるとも思えんが、それでも。)

いつも鋭い眼光は、風祭のことを考えているときは優しく緩められる。
そのことに本人は気付いてもいないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……眠ィ……。)

西園寺の放送を聞き終わったあと、若菜は神社の境内の中でごろりとだらしなく転がっていた。
このプログラムが始まってからというもの、きちんとした睡眠をとっていない。
夜更かしには慣れているが、こんな状況でのオールに慣れているはずもなく。
緊張しっぱなしだった身体は睡眠を切実に欲していた。
しかし眠るわけにも行かず、中途半端な眠気が若菜の思考を緩慢なものにする。
死亡者に赤ラインは引いた。禁止エリアもメモった。
幸い自分の探している人物は誰も呼ばれなかったし、禁止エリアもこの近くにはない。
ほっと安堵して、ちょっとだけ、と転がったのがまずかった。
眠気が一気に襲ってきて、もうどうにも立ち上がれない状況に陥っている。
こんな所でこんな無防備に寝たらどうなるか、自分でもよく分かっている。
けれど、生理的な欲求に抗う術を若菜は知らず、故に、転がったまま何をするでもなく天井を見上げていた。

 

何もかもどうでもいい。

このまま眠ってみたい。

 

(……無理、だな……。)

ごろりと寝返りを打って、若菜は思う。
このゲームを投げ出すのは簡単だ。
禁止エリアに入るなり、やる気になっているヤツの前に飛び出すなり、海に飛び込むなりすれば良い。
しかしそれをやらずに、神社なんかでダラダラとしているのは死にたくないからで。
生きて、もう一度逢いたいヤツがいるからで。
逢ってどうするとか、先の事はそれこそどうでも良い。
とにかく逢いたい。
ひとりは、寂しすぎる。

(あーぁ。どこにいんのかなぁ。英士に一馬は。放送で呼ばれてねーから生きてるはずだけど。一緒だったらいいな…。)

探しやすいし。
何より真田がひとりじゃないのは救われる。
プライド高いくせに、人一倍ナイーブだから、絶対この状況に参っているはずだ。
だから郭と一緒にいてくれれば、安心できる。
そうそう簡単にやられはしないだろうという確信も出来る。
ふたりの親友が死ぬことになるのは、若菜としては避けたかった。
もう一度、3人揃ってサッカーをしたい、なんていう望みが叶わないことは知っているし、十分すぎるくらいに分かっているつもりだ。
だから高望みなんかしやしない。
3人揃ってまた、逢いたい。ただそれだけ。

(……それと。)

もうひとり。

ふたりとは別に逢いたくてたまらない人物が、もうひとり。
彼もひとりじゃないといい。
ひとりでも何とか生きていけるとは思うけれど、それより、ふたり以上で行動していてくれた方が何倍も良い。
優しいから。繰り返される心無い放送に胸を痛めている。
本当は自分が隣で慰めたいけれど、今だけは自分じゃなくても良い。
彼を心から心配している人物が、隣で安心させてやって欲しい。
お前は大丈夫だから、と。
それでも彼は困ったように笑うのだろうけど。

 

『僕ひとりが助かっても、そんなの意味ないよ。』

 

そんな可愛くないことを言って、そっと瞳を伏せるのだろう。

自分の想像に、若菜は思わず口の端に微笑を浮かべた。
薄暗い境内に不似合いな表情を浮かべて、彼はぴょん、と起き上がる。
眠気はまだしつこく若菜に付きまとっていたけれど、もう彼の瞳は濁ってはいなかった。

 

「待ってろよ。絶対、絶対再会してやるからな!」

 

その為ならこの殺人ゲーム、何が何でも負けるわけにはいかねぇ。
でも、殺人を犯した手じゃお前に触れられないから。
逃げて、逃げて、逃げて。
逃げまくってやろうじゃねぇの。

 

そうしたら、なぁ。

きっと、逢えるよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨も上がった。

傷だって治りかけてる。

食料も尽きちゃいない。

それなのに。

どうして、アンタはそんなに元気がないんだろう?

 

 

7時を過ぎた無人島の朝は、思いの外明るかった。
来たのが夜中、そして1日目は雨が降っていたせいで、この島本来の朝の姿を見れずにいたが、2日目でやっと、その表情を見ることが出来たようだ。
未だに残る雨の雫が木の葉に当たってキラキラと輝いている。
山に染み渡る朝の空気は、いっそ清々しい。
ぽつぽつと点在する東屋のひとつで一夜を明かした藤代にとって、その景色はまるで夢のよう。
久しぶりに見た綺麗な風景を同行者に喜々として報告すれば、彼は嬉しそうに頷いた。
―――しかし、泣き腫らした瞳にまだ光は戻っていない。

「風祭、昨日全然寝てないだろう。」

どす、と藤代は風祭の横に腰を下ろす。
見つけた東屋は雨の影響を受けることもなく、悠然と佇んでいた。
他のものより少し大きめに出来ているのは、ここが海を見渡せる絶景スポットだからなのか。
島の住人に聞けば答えてくれるかもしれないが、生憎、今ここに島のことを知る人物はいない。
あんなに雨が降ったのに中も全く濡れていないし、少し潮っぽいことを除けば、絶好の隠れ家になりえるくらい、その東屋は整っていた。
発見できた幸運に感謝したいくらいだが、今はそんなことはどうでも良かった。

前回の放送を聞いて以来、風祭が落ち込んだまま全く浮上してこない。

そのことの方が、藤代にとって大問題だった。

 

第5回目に当たる放送で、水野の名前が呼ばれた。
藤代にとっては大した問題ではない。
またひとり、誰かによって殺されただけのこと。
自分には関係ないし、風祭にも関係ない。
だから、胸を痛めるなんて事はしなかった。
―――どうせ、できないし。
しかし、風祭にとって水野は少し他の友人達よりも特別な存在だったのかもしれない。
聞けば、桜上水に行って初めての友達が水野だとか。
サッカーの練習に付き合ってくれたり、面倒を色々見てくれたり、感謝しても仕切れない。
いつだったか、ちょっとはにかんで風祭はそう言った。

正直、水野に嫉妬した。

武蔵森を風祭が出なければ、その役目はもしかしたら自分だったかもしれないのに、と。
イジメにすら気付かなかった自分では、役不足かもしれないが。
その件に関しては、本当に情けないとしか言いようがない。
何であんな強い瞳を持っている人間を自分は見逃していたのだろう。
1軍と3軍で距離があったから?
けれど渋沢は風祭の事を知っていた。
イジメ云々には気付いていたのかいないのか、少し微妙なところではあるけれど、『風祭将』という人間を渋沢はきちんと認識していたのだ。
それなのに、自分は気付いてもいなかった。
桜上水戦の彼のプレイで、ようやく見つけられた感じだ。
敵としての風祭が、藤代の第一印象。
それはそれでいいのかもしれない。
仲間でいるより、敵チームのFW同士という方が何となく似合っているような気もするから。
東京選抜でチームメイトになったことは嬉しかったけれど、しっくり来ない感じだ。
どうせなら共に戦うよりも、対峙して戦いたい。
プライベートはともかく、サッカーに関してはずっとずっと、常に敵でありたい。
傍から見れば相反する想い、しかし、藤代の中で矛盾など何一つとしてなかった。
どちらにしても
―――一緒に、いたい。

きっと、水野も風祭とずっと共に歩くことを望んでいたのだと思う。

過保護なまでの世話焼きは、純粋な想いをどうして良いか分からない戸惑いからもたらされる副産物。
風祭の方も、別にそれを嫌だとは感じていなかったようだし、いい友人関係を作れていたのだろう。
しかし曲者はそこだ。
友情を示してくれる風祭に対し、友情よりも浅ましい想いを抱いている自分を、水野はどう思ったのだろう?
多分、ナイーブな彼のこと、悩んだに違いない。
親友にも近い、確立されてしまった自分のポジションに苛立ちをぶつけたこともあるだろう。
でも失えなかった。それくらいに、好きだった。

(でも俺も負けてない自信あるけど。つーか、俺の方が絶対風祭のこと好きだと思うし。)

水野の想いなど、藤代にとっては全く意味のないものだ。
そして水野自身も。
風祭にとって大事な友人の死も、藤代にとってはゲームの参加者が減った、それだけのことに過ぎない。
だから、不破の遺体を見たショックからまだ立ち直っていない内に聞いた水野の死が、風祭の胸にどれほどの傷を刻み込んだかなんてことも、藤代には全く分からない。
嗚咽を交えながら泣きじゃくる風祭を隣で抱きとめてやることしか、藤代に出来ることはなかった。
想いの共有すら出来ない。
以前試みたが、全く効果がなかった。
やはり自分はどこか感情が欠落しているのだろうか?
顔見知りの死に、何も思わないなんて。

 

隣で儚げに笑んでいる風祭を見て、藤代は思う。

こんな自分は彼の横に相応しくないのではないかと。

 

「藤代くん?」

じっと自分を見つめてくる藤代に困惑して、風祭が呼びかける。
赤らんだ大きな瞳を不思議そうに瞬いて。
それの藤代はにっこりと笑顔を返した。
すると風祭は表情を緩めて笑い返す。
その笑顔を見ていると、自分の悩みなどどうでも言いと思えてくるから不思議だ。

 

好きなものは好き。

たとえ相応しかろうが相応しくなかろうが、そんな事は二の次、関係などない。

一緒にいたい。生きたい。笑っていたい。

それだけ分かっていれば十分だった。

 

「……!」

「誰か、いるね……。」

 

藤代が息を呑むのと、風祭が声をひそめたのはほぼ同時だった。
音はあまり聞こえないが、人の気配がひとり分増えている。
どちらもそういう感覚には敏感な方だったから、音などしなくても大体人のいる方というのは分かってしまった。
東屋の後ろに、誰かいる。

藤代が内ポケットに入れた銃にひっそりと手を伸ばす。
音を立てないようにゆっくりと取り出して、気配を消しながらそちらの方へ近付いていった。
相手は動く気配もない。
心配そうに見守る風祭に軽く頷いて見せ、藤代は一気に東屋の後ろに飛び降りた。
そしてその不審人物に銃を突きつける。

「誰だ!」

「うわっ!」

思わぬ不意打ちに、彼は仰け反り、東屋の壁に頭を打ち付ける。
いってぇ〜と情けない声を上げる人物に、藤代は見覚えがあった。
あったというか。

 

「鳴海じゃん!」

 

「んぁ?藤代〜??」

 

 

「んだよチビすけも一緒かよ。足手纏いじゃねぇのコイツ。」

藤代に招き入れてもらった鳴海は、風祭を見るなり毒を吐く。
風祭の方はといえば特に傷付いた風もなく、「そうなんだよね、僕足手纏いで。」と困った様に笑って返していた。
その様子に面白くなさそうに鳴海が大きく舌打ちをする。
しかし、一番面白くないのは何を隠そう藤代だった。

「鳴海、風祭にそんな事言うならさっさと別んとこ行ってくんない?」

怒りを孕ませれば、鳴海は手を上げる。

「わーったよ、もうチビすけいじめねぇから。お前が本気で怒ると怖くて俺ヤなんだよな〜。」

おどけて言う鳴海の言葉は真実。
明るい藤代の裏を、鳴海は知っていた。
たまたま見ただけだったけど。出来ればもう二度とお目にかかりたくないものだと思った記憶がある。
自分もでかくて怖いとよく言われるが、藤代の怖さは鳴海のものとは少し違っていた。
ピリ、と肌に何か突き刺さるような殺気。
アレだけはもうゴメンだ。

 

「鳴海は誰かに会った?」

風祭と藤代の正面に腰を下ろした鳴海に、風祭が聞く。
鳴海は(誰かに会ってたら今ひとりでいねーよ)と心の中で軽く毒づいて、表面では「会ってねぇ」と一言不機嫌そうに答えた。
そっか、と風祭は俯く。

「お前ら、乗ってないんだろうな?俺こんな所で死にたくないぜ。」

いやに尊大な態度で鳴海が2人に聞く。
2人はほぼ同時にこくりと頷いた。
鳴海がは〜ッと安堵の息を吐く。

「ま、乗ってるヤツが2人でいるわけねぇもんなァ。でも。」

納得納得、とひとりで呟いていた鳴海だが、ちらりと藤代の方に目を向けると訝しげに制服を見つめた。

 

「乗ってないなら、なんで藤代の制服はそんなに血まみれなんだ?」

 

怪我してるようにも見えねぇしよ、と鳴海が呟けば、ビクリと身体を震わせたのは風祭だった。
ぎゅっと膝の上で拳を握って、カタカタと震えている。
冷や汗が、青ざめた頬を静かに伝った。

「これ?…んーまぁ色々あってさ。俺、ひとり人を殺してるんだよな。」

淡々と話す藤代と、いきなり青ざめた風祭に、鳴海の不信感は募る。
殺した、と藤代は言った。
その行為に疑問を抱いていないように思うのは、鳴海の気のせいなのだろうか。
人を殺した、と藤代は言う。
けれど、彼は風祭と一緒にいるのだ。
ということは、きっとやむなく、とか、弾みで、とか、無意識的にやってしまったことなのだろうと推測がついた。
おそらく風祭を庇おうとして、殺してしまったのだろう。
藤代ならそれも有り得る気がした。
しかし。

「分かったけどなァ…藤代、お前全然堪えてねぇみてぇじゃん。人ひとり殺したんだろう?」

おかしいじゃん。

意識的にやったことじゃないとすれば、こんな話題が出たらいくらかでも動揺するというものだ。
なのに藤代は全く動じないどころか、薄く笑みさえ浮かべている。
これが、弾みで人を殺してしまった者の浮かべる表情か。
守られた風祭の態度は分かる。
自分の為に人を殺させてしまったこと。それを悔やんでいるんだろう。
しかし藤代は気にもしていない。
―――それで良いのか?

「…いいじゃん、終わったことだし。この話題あんまり好きじゃないんだよね、俺。」

困り顔の藤代の瞳に浮かぶのは、確かな陰。
俯いている風祭には見えないけれど、正面の鳴海からはしっかりと見えてしまった。
これ以上この話題に触れるのは得策じゃないと咄嗟に判断した鳴海は、とりあえず納得をしたフリをして、この話題を打ち切った。
すると藤代の顔に笑顔が戻る。
風祭もいくらか落ち着いたようだ。
顔色は悪いものの、握っていた拳が緩く開かれている。
その様子に藤代は安心して、さっきよりももう少し深く笑んだ。
鳴海の探るような視線も、気になりはしていたが。

 

「風祭、少し寝ろよ。目の下にクマが出来てるぞ。」

「んー…じゃ、甘えちゃおうかな。ゴメンね、迷惑かけて。」

「何言ってんだよ。ほら、さっさと寝とけ。」

「ありがとう、藤代くん。」

 

時刻はもうすぐ8時になろうとしている。
水野のことを思って昨晩寝ていない風祭に睡眠を促した藤代は、隣からすぐに聞こえ出した寝息に安心する。
疲れると眠気がすぐに襲ってくる風祭のことだから、今の状況では眠りたくてしょうがないはずだ。
しかし昨日はそう易々と眠れるような心理状態ではなく、多分、一睡もしていない。
だから心配だった。
眠ってくれるなら、今がちょうどいい。
―――鳴海も何か言いたそうだし。

 

「鳴海、俺に言いたいことあるんじゃないの?」

 

風祭が完全に寝入ったのを確認してから、藤代が徐に口を開く。
どこか挑戦的にも聞こえるそれを、鳴海は顔をしかめて聞いた。
聞きたいことはたくさんある。
けれど、聞いてもいいものか。自分の為に。
全部聞いてしまったらそれで終わってしまうような、そんな気がしてならない。
それはきっと、藤代が笑っているから。
何となく嘲りまでもその瞳に映して、藤代が笑っているから。
一瞬躊躇したが、結局恐怖心よりも好奇心や猜疑心が勝り、鳴海は藤代に尋ねることにする。

もし最悪の状況になっても―――大丈夫、自分は負けはしない。

そんな自信が、鳴海にはあったからかもしれない。

 

 

「じゃぁ聞くけどよ……藤代、お前、本当に乗ってないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

《残り ― 18人》

  

  

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