18:血溜まりの唄

 
 

 

 

意外とこのゲーム、簡単かもしれない。

 

 

「ダーツセット?何だ、全然使えないな。」

血まみれの鞄から、一通りのものを取り出した日生はそう呟いた。
ふぅ、とため息をついて、手に持ったダーツをとりあえず近くの木に向かって投げつけてみる。
カツ、という鋭い音と共にそれは幹に突き刺さった。
殺傷能力がないとは言わない。
しかし、今まで自分が手に入れた武器とは比べ物にならないほど貧弱なのも事実で。
GLOCK26、MICROUZI9mm、カマ、そして元々自分の支給品だった救急箱。
中身はかなり本格的に揃えられていて、先ほど功刀に撃たれた傷もどうにか自分で治療できた。
それというのも、『様々な傷の処理』という本が救急箱の中に入っていたおかげだろう。
毒から銃創に至るまで、題名の通り様々な傷の手当ての仕方が事細かに記述されている。
その上、素人同然の日生にも分かるような分かり易さだ。
はっきり言ってこれが一番の当たりかもしれないなァ、と自分の強運を軽く笑って、日生はその場を後にした。

 

―――残されたのは何が起こったのか分からないといった風に瞳を丸く見開いている小堤の死体。

喉から鮮血が滴り落ちて、赤い血溜まりを象っていた。

 

 

夜が、明け始める。

 

 

「マサキ〜…翼、どこに行っちまったんだろうな。」

見つけた民家で、畑と黒川はこれからのことを考えていた。
すぐに合流するはずだった椎名と会えないまま、随分と時間が経ってしまい、途方に暮れる。
幸いというべきか、二人はまだ死体にも生きている人間にも出会っていない。
椎名が放送で呼ばれていないことも、救いだった。
椎名とは校舎裏で落ち合うはずだったのだが、出てからしばらくもしないうちに発砲があり、しかも、木田が駆け込んできたのでやむなく校舎の正面付近に場所を移動した。
しかし、いつまで経っても椎名は来ない。
考えたくはなかったが、どうやらすれ違ってしまっていたようだ。
木田がいたところに椎名が通りかかったことなど、もちろん二人には分からない。

「翼のことだから、ひとりでも大丈夫だとは思うけどな。とにかく合流したい。」

そうは言っても、どうも黒川には自分の言葉が引っかかっていた。
椎名は強い。それは十分に分かってる。
しかし果たして本当にそうなのだろうか?
教室で西園寺を見つめていた瞳の奥には、暗い深い闇が巣食ってはいなかったか?
ひとりにして、本当に大丈夫なのだろうか。
「そうだよな〜」と、安堵の息を吐く畑に曖昧な笑みを返して黒川は瞳を伏せた。

 

信じるしかない。

 

「こうしていても始まらねーし、そろそろ動くか。一ヶ所に留まるのはリスクが高い気がする。…銃器でもありゃ、話は別なんだけどなァ。」

言いながら腰を上げる黒川につられるような形で、畑も立ち上がる。
自分の支給武器である斧を、しっかりと握り締めて。
用心深く、家の裏の勝手口を少しずつ開いていくと、古い戸が鳴った。
他に物音はしない。どうやら誰もいないようだ。
自分達が歩く足音がやけに響いて心臓に悪いが、人の気配がしないことに胸を撫で下ろす。
周囲に細心の注意を払いながらまだ明け切らない朝の空気の中を二人並んで歩くと、早朝散歩をしているかのような妙な錯覚を覚えた。
―――今はそんなに平和なはずはないのに。

 

その証拠にほら。

 

草葉の陰から、2本の足が道へ投げ出されている。

 

ギョッとして、二人で歩みを止める。
その足はピクリとも動かない。

(…死んでんのか?)

嫌な汗を拭いつつ、足に近付く。やはり動かない。
意を決して足の正体を確かめるべく茂みを覗き込むと、仰向けで彼は倒れていた。
心臓部分の服には焦げて出来たような穴があり、そこから赤い液体が流れている。
暗くてよくは見えなかったが、どうやら心臓を撃たれて殺されたようだった。
似ているけれど違う。
日本人とは少々異なる顔つきには見覚えがあった。

李潤慶。

韓国から特別招待を受けた郭の従兄弟。

その彼が、倒れている。

 

「ウワ…。」

思わず畑が声を漏らす。
凄惨ではなかったが、生々しかった。
胸に広がる赤い染みも、重く落ちた瞼も、薄く開いた唇も。
木陰になっているため全体像をしっかりと把握することは出来ないが、あまり見たくないものではあるから、ちょうど良いのかもしれない。
死体なんて、できれば見たくないものだ。

 

「…行こうぜ。」

 

低く、呟く。
李には悪いが、今の黒川達にこの場所に留まる理由はひとつもなかった。
それより、椎名を探さなくては。
くるりと踵を返す黒川に、畑は慌てて立ち上がろうとする。

 

その足を。

“誰か”が思い切り掴んだ。

 

ざぁっと血の気が引く。
(おいおいホラー映画じゃないんだから、勘弁してくれよ〜!)
あまりの恐怖に半泣きになる。
グッとこめられた握力は、畑に恐怖を与えるのに十分すぎた。
恐る恐る振り返ると、さっきは暗く落ちていた李の瞳がパッチリと開いている。
そして、口元で楽しそうに笑んだ。

 

「良いもの、持ってるじゃナイ?」

 

にぃ、と暗がりに浮かぶのは、細められた黒目がちな瞳と、艶やかな唇。
驚いて逃げようとする畑を、しかし李は逃がさない。
素早い動作で地面に這い蹲らせて、上から押さえつけた。
その時に鳩尾に膝蹴りを入れることも忘れない。
胃酸が逆流するような気持ち悪さと、地面に押し付けられた額の痛みとで、畑は泣きそうになっていた。

 

何で、死んでいたんじゃなかったのか!?

 

どうも怪我をしてるようには見えない。それどころか、元気があり余っているといった風で。見下ろす李の瞳は、どこか生き生きとしていた。
倒れた拍子に畑の手から落ちた斧をひょい、と取り上げて、笑みを深くする。
見る見る畑の顔が青ざめていった。

「……ッ殺さないでくれ!頼む!!」

畑は声を張り上げながら何とか李の下から這い出そうと試みるが、彼はびくともしない。
細く見える身体のどこにそんな力があるというのか。
李は命乞いをする畑を、感情の欠落した表情で静かに眺めていた。
その間にも、斧を握った右手は空に向かって上がっていく。

 

「僕、君達を違って国を背負ってるカラ。悪いネ?」

 

言い訳にも聞こえる言葉を淡々と吐く。
殺すことに何の躊躇いも見られない口調だった。

(殺される…!!)

ボロボロと畑の両目から涙が流れ始める。
恐怖を空しさでガチガチと歯が鳴った。
死んでしまう。殺されてしまう。こんなところで。大した抵抗も出来ずに。
ぐらぐらと頭が揺れる錯覚を覚え始めたその時。

「ロク?」

先に行ったはずの黒川が戻ってきた。
途中までは後ろを気にせず畑がついてくることを信じて疑わずに歩いていた黒川だが、ふと振り返った背後に畑がいないので不審に思って戻ってきたのだった。
李に馬乗りになられて、涙でぐしょぐしょの畑の顔に言葉を失う。
李の斧を持つ右手が高々と上がって、鈍い光を受けていた。

「マサキ!!助けてくれー!!」

「ロク!」

縋るように伸ばされた畑の右手を掴もうと走り始めた黒川だったが、そこに着く前に思わずその動きを止めることになってしまう。

「…ッうわァァァァァ!!」

李が、その伸ばされた右手を地面に縫い付けるように斧を振り下ろしたのだ。
深々と刺さった斧に、畑は耐え切れずに悲鳴をあげた。
李は特に気にせずに、斧を畑の手から外す。外した瞬間にドロドロと血が流れ始めた。手の下には小さな血溜まりが出来る。

「もう、助からないと思うヨ?逃げた方がイイんじゃナイ?」

李はにっこりと笑って、黒川にそんなことを言う。

「…友達を置いて、逃げられるわけねぇだろ!!」

そう言って、じりと前進する黒川に李は感心したのか、「ひゅう」とひとつ口笛を鳴らした。
彼の支給武器がその首からかけている双眼鏡であることは一目瞭然だ。
それでも、黒川は刃物を持っている李に向かってくるという。

 

 

―――涙が出るような友情ごっこだ。

 

 

ふっと、そのシンプルだが整った顔にあまりにもあからさまな嘲りの笑みを浮かべて、李はまた斧を振り上げた。
そして今度は間髪入れずに、畑のうなじめがけて力一杯に振り下ろす。
黒川に止める暇も与えないまま、李は畑の生命を絶ったのだ。
喉を裂いたために、畑の断末魔は「ぐ」というくぐもった音、ひとつ。
薄く開いた口からは真っ赤な血が流れていた。
涙で塗れた虚ろな瞳は、開かれたまま未だに黒川に救いを求めているかのようで。
ずるりと李が斧を抜くと、畑の頭がドスン、と地面に落ち、鼻や目からも鮮血を滴らせ始めた。
目の前で起きたことが信じられずに、黒川はただ呆然とする。
そう、目の前にいたのに。
―――助けられなかった!!

足に力が入らなくて、がくりと膝をつく。
次はきっと自分が殺される。もうそれでも良かった。

 

しかし李は斧に付いた血を拭うと、さっさと移動の準備を始めてしまう。
返り血の付いた顔を煩わしそうに袖で拭いながら、一瞬、畑の死体に視線を投げる。
それはほんの一瞬。
すぐに踵を返すと、スタスタと歩き始めた。

「な…ッ!俺は殺さないのか!?」

悲痛な黒川の叫びにも李は興味なさそうで、身体を反転しようともしない。
後姿を向けたまま、少し、可笑しそうに笑うだけ。

「目の前で友人を殺されて、それを助けられなかった痛みを抱えて生きるのもイイんじゃナイ?友情ごっこを楽しんでいる君達のような奴等なら、結構痛いデショ?」

黒川から李の顔は見れなかったが、きっと、ぞっとするような冷たい笑みを浮かべていることだろう。
声が冷え切っていて、鋭利な刃物で切られている気分だった。
今の自分には李に対抗する手段がない。
ただ、耐えるしかなかった。

 

(気まぐれでこの命を奪わなかったこと、絶対に後悔させてやる…!)

 

血が滲むほどに唇を噛み締めて、黒川は李の後姿を見送った。
彼は振り向きもせず、森の中に消えていく。
朝の爽やかな空気に畑の血の匂いが、染み渡っていた。

 

 

 

 

 

 

出席番号11番 小堤健太郎 死亡
出席番号23番 畑六助 死亡

《残り ― 18人》

  

  

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