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いつも不敵に笑って、正しいことしか言わなかった親友。
今、お前がしたことも―――正しいのか?
郭が水野を撃って去ってから、しばらく真田は動けなかった。
体がまるで機能しない。
視覚も、聴覚も、触覚も。全て麻痺したように働かない。
ただ呆然と郭が去った暗闇を、見つめることしか出来なかった。
傍にいる水野―――もう話したり、動いたりしないけれど―――の存在も酷く希薄で。
……いや、もしかしたら真田の存在自体が曖昧なものになってしまっているのかもしれない。
たった今、友人が行ったことへの理解がついてこないため、彼は混乱しているのだった。
(嘘だろ……。確かに英士は人を人とも思わないところがあったし、水野の事は毛嫌いしていたけど。まさか殺すなんて―――……。)
事実を認められない。しかし、目線を少し下に動かせば、そこには悔しそうな表情を浮かべたままの水野が横たわっているのだ。
目をそらしたくても、そらせない。
ふと、曇った水野の瞳を目が合って、思わず妙に勢いをつけてそらしてしまう。
そらしてから、ハッとする。
彼の瞳を伏せてやらなければ。
このままではあまりにも―――切な過ぎる。
真田はそっと、水野の瞳を伏せてやる。
額を撃ち抜かれたために顔にも血がかかってしまっていたのも、持っていたハンカチで綺麗にぬぐってやった。
そうすると、いつもの小憎たらしい二枚目が戻ってくる。
まるで眠っているような死に顔に、真田はくらりと眩暈を覚えてしまった。
(さっきまで隣で喋っていたのに。)
胸の奥に悲しみとも怒りとも取れない複雑な感情が湧いてくる。
(……でも、水野を殺したのは英士なんだ。)
信じられないけど。自分はこの目で直接見てしまった。
その事実をやっと認めることが出来ても、どうしても理解は出来ない。
疑問ばかりが頭の中を支配して、熱を出しそうなくらいに重かった。
分からない。
殺し合いだから、殺さなくてはいけない、なんて。
どうして英士は割り切ることが出来たんだろう。
一人しか生き残れないゲームで、彼は俺と結人と風祭を殺さずにどうするつもりなんだろう。
―――初めて、心の底から郭英士という人間が分からなくなった。
どれほどの時間が過ぎたのだろう。
真田はまだ、水野の傍にいた。
混乱は収まらず、彼の身体は未だに重い。
動かなければ、何も分かるはずないのに、彼は真実を得ることをとうに諦めている風でもあった。
今ここに誰かが来て、「これは悪い夢なんだ」と言ってくれるだけで良いのに。
そんな簡単な願いすら叶わない。
現実逃避しかけた自分に、自嘲の笑みを浮かべることすら出来ないで。
かさり、と人が葉を踏む音が後ろでしたことにも、彼は気付かなかった。
「―――そこにおるんは、誰や。」
背後からの突然の声に、真田はびくりと身体をすくませる。
ゆっくりと振り返れば、暗闇に金色の髪が浮かんでいた。
(誰だっけ……確か、関西選抜の……。)
混乱した頭で何とか思い出そうとする。決勝であたった関西選抜の中に、黄金色の髪をなびかせて、縦横無尽に駆け回っているヤツが確かにいたはずだ。
水野や風祭と知り合いのようだった―――……。
「誰か、死んどるんか。」
真田が考えている間にも、突然の来訪者は歩を進めてくる。
最大限に警戒しながら、着実に。
反対に後ずさる真田を、不信の目で見つめながら。
(あ、確か藤村とか言うヤツ…。)
やっと思い出した。
しかし、思い出したところで真田に有益になることなど、何一つとしてなかったが。
藤村は横たわっている人物の正体が分かると、険しく表情をしかめた。
元々つり上がり気味の瞳が真田を捕らえると、真田は金縛りにあったように動けなくなる。
マズイ。多分誤解されている。
「水野殺したんは、あんさんか?」
抑えられた声が、逆に恐ろしい。
聞きなれないイントネーションも、真田に恐怖を与えるのに十分だった。
沈黙を肯定と受け取って、藤村は奥歯をギリ、と噛み締める。
空気の重さと、藤村の表情に耐え切れずに、真田は脱兎のごとく逃げ出した。
後ろから「待て」とかそう言う類の罵声が追いかけてくる。
しかし、真田は振り向かずにただ走った。
すると、次第にその声も聞こえなくなる。
……諦めたのだろうか。
相手が銃火器系の武器でなくて良かった。
もしそうだったら逃げ始めた途端にズドン、あの世行きだった。
声が聞こえなくなってからも、真田はただ闇雲に走った。
禁止エリアに入ったらどうしようとか、そんな心配は脳からスッカリ抜け落ちている。
今、彼の心を支配しているのは、ひたすらにやるせなさだった。
『水野殺したんは、あんさんか?』
そう聞かれても答えられなかった。
殺したのは自分じゃない。
けれど、親友なのだ。
郭がいくら不可思議で正体をつかめないヤツだったとしても、彼は若菜と並んで真田の一番の友達なのだ。
(俺が殺したんじゃない!)
そう叫べれば良かった。
一部始終を話して、納得してもらえば良かった。
それなのに声が出なかった。
叫ぼうとした言葉は喉の奥に詰まって、出て来れなかった。
”英士が殺った。”
それを言うことは自分が犯人だと言っているような、そんな錯覚を起こさせる。
殺したのは自分じゃない。でも犯人は言えない。
そんな真田を、藤村は絶対に信用しないだろう。
殺されるかもしれない―――殺してしまうかもしれない。
自分に当たった支給武器はきっと当たりなのだろうから。
鞄の中に感じる金属感に、真田は泣きそうになった。
(わかんねぇ。もう、わかんねぇよ!!)
彼が突き進む先にあるのは、真っ黒に塗りつぶされた暗闇だけ。
「……逃がしてもうた。」
真田が去った後、水野の遺体の傍で藤村はポツリと呟いた。
問い詰められて逃げるなど、まるで犯人ではないか。
―――いや、あいつはきっと犯人やったんや。
「スマンなァ、タツボン。お前を殺ったヤツ、捕まえられへんかったわ。」
そう言って膝を折る。
水野の額にかかっていた前髪をきちんといつものようにセットしてやれば、彼はふわりと笑ったようだった。―――そんなこと、あるはずないのに。
月光の加減やろうなァ、と苦笑しながら、それでも、藤村は水野がやっと逢えた自分に微笑んでくれたような気がしてならなかった。
そう―――探していたのだ。
桜上水の風祭、水野、不破。この三人を。
不破が死んだと聞いたとき、残りの二人も一緒にいるんじゃないかとどきりとしたが、引き続いて呼ばれなかったのはきっと別行動なのだと自分を無理矢理安心させた。動悸はなかなか収まらなかったが。
四回目の放送でも呼ばれないことに胸を撫で下ろした。
その後、近くでした発砲音。
来てみれば、死んでいたのは水野だった。
「絶対、仇はとってやるさかい、安心して眠りィな。」
殊更に優しく響いた自分の声に驚いて、藤村はまた苦笑いを浮かべる。
きっと、これは誓い。
必ず守らなければならない約束。
白い白い水野の頬に、藤村の悲しみが一滴、零れ落ちた。
「藤村〜、何やったん?今の銃声……ととと。」
水野の傍に跪いた藤村に、のんびりとした声がかかったのはそのとき。
涙を流す藤村に、彼はしまったと言う風な表情を作る。
正直な彼に、藤村はおどけた様に笑って見せた。
「なんやねんノリック、人に声かけるときはドアをノックが常識やで。」
「こりゃまた失礼いたしましたー!…って、こんな森のどこにドアがあるっちゅーねん!」
びしぃ!
吉田の裏手拳が炸裂。
冷たい、冷たい風が吹いた。
「いやいや、漫才で誤魔化しても無駄やで?僕、見てもうたんやから。」
むぅっとふくれる吉田に、しかし、藤村は曖昧な笑みしか返さない。
その様子に吉田が一つため息をつく。
触れられたくないなら、放っておいてやる。それが普通。
だが、あいにく。
吉田は何事にも首を突っ込みたがる人種だった。
藤村の足元にいる水野に目を向け、あららとトボけた声を出す。
「東京選抜の水野、やったか?藤村が探しとったヤツやねんな?…ふぅん。友人が死んでもうて、悲しゅうて泣いとったんか。」
可愛いトコあるやん。
そういう吉田は労わるような笑顔だ。
照れくさそうに藤村は頭をかく。
「ま、そんなトコや。んで、俺はこいつ殺ったヤツを探さなあかんようになってもうた。―――ノリック、お前どうする?」
真剣に聞く藤村に、吉田はキョトンと瞳を丸くする。
「何、言っとるん?敵討ちならつきおうたる!藤村、今、丸腰やん。君に支給された武器…ちゅーても辞典じゃ殺傷能力は期待できひんけど…は、最初に置いてきてもうたやんか。」
にっこりと人好きのする笑顔で吉田は言う。
その点、僕のこのSPAS12ショットガンやったら、敵もイチコロや!とカッコまでつけて。
天真爛漫な吉田に、藤村は微笑んだ。
「―――そやな。んじゃまぁ、つきおうてくれや。頼むで。」
おう!とガッツポーズをとる吉田に、藤村は笑いかけて。
そして、次に水野に視線を移した。
さっきの誓いは、ノリックと共に守ってみせるさかい。
慈しむように水野を見る藤村を、吉田はどこか羨ましそうに眺めていた。
藤村は気付かない。
「…僕が死んでも、君は泣いてくれるんかな。」
酷く寂しそうに呟いた言葉は、目の前の人物に届く前にストンと泥道に落ちて、跡形もなく消えてしまった。
当然、藤村は気付かない。
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