16:とりあえず、今は

 
 

 

『0時を回りました。この放送ももう4回目ですね。皆そろそろ慣れてきたんじゃないかしら?―――では、死亡者と禁止エリアを発表しますから、聞き逃さないようにしてくださいね。』

相変わらず西園寺は楽しそうだ。
前回の放送時に漂わせていた微かな眠気と言うものは、もうどこかに吹き飛んでしまったとしか思えない。
まるで黒い絵の具1色で塗りたくったような空に響くその声は、あまりにも穏やかに優しく、労わる様に明るかった。
あの笑顔を思い出して、水野はもう何度目かになるか分からない深く暗いため息をつく。

「……こっちまで暗くなるから、それ、やめてくれねぇ?」

神経質な声で水野にそう言ったのは、正面で名簿と睨めっこをしている人物。
桜庭、上原、功刀と、呼ばれた人物に淡々と赤線を引っ張っている。
この暗闇に溶けてしまいそうな漆黒の髪が、その時だけわずかに揺れていた。
眉間に皺を寄せているのはお互いさま。
水野は不機嫌そうな真田を一瞥して、また、たった今注意を受けたばかりのあのため息を盛大に吐いたのだった。

 

偶然に二人は森の中で出会った。
お互い仲が良いとは決して言えない。
ポジションもかぶらない上、どちらも社交的とは言いがたかったから、まったくといって良いほど交流がなかったのだ。
しかも今は殺し合いの真っ最中。
「どうする?」と二人とも顔には出さず、頭の中でパニックを起こしていたが、結局、「一人よりは二人」と言うことで行動を共にすることになった。
探している人物が一人、かぶったのもその一因かもしれない。
水野は風祭と藤村を。
真田は郭と若菜と風祭を。
それぞれ探していた。
―――真田が「風祭を探している」と言ったときの水野の表情は、とても険しかったが。

 

『死亡者にラインは引けたかしら?次は禁止エリアの発表をします。聞き逃さないでね。』

 

次第に赤く染まっていく名簿。
何とも言えない気分になりながら、しかし、自分が探している人物が赤く染まらないことに少し安堵して。
薄情な自分を責めることすら、もう忘れていた。
二人ともジッと放送に耳を傾けて、ただただ地図を睨むだけだった。

 

西園寺の放送も終わり、また沈黙が訪れる。
黙々と地図やら名簿やらを鞄の中にしまいこむと、真田がさっと立ち上がる。
そして上から無表情に水野を見下ろしながら言った。

「風祭たち探すんだろ。早く出発しようぜ。」

「……言われなくても分かってる。」

ギスギスとした空気は初めから。
馴れ合おうなんて考えは毛頭ないから、二人とも必要以上に会話をしない。
それなのに、一人になるのはひどく心細くて。
今は誰でも良い。そばにいてくれる人が欲しかった。
例えそれが、自分の弱さを認めることになっても。

(情けない…。)

どちらが思ったのか。多分、どちらもそう思っているに違いなかった。

 

 

懐中電灯を使うことはさすがに躊躇われて、二人は自分の視力を頼りに森を歩く。
月明かりさえ、葉に遮られて足元も良く見えない。
それでも止まることは出来なかった。
もう少し行けば、あるいは。
そんな希望的観測ばかりが先走って、二人を前へ前へと歩かせる。
一心不乱に歩いていると、森が切れて目の前に海岸が広がった。
どうやら砂浜のようだ。
しかし、今は真夜中。
砂と海の境目さえ曖昧で、それ以上進むことは出来なかった。
ざざーん…と聞こえる音と、月明かりが反射して揺れる波だけがそこが海だと示している。
空気がわずかに潮を含んでいるのも感じられるが、今の二人に空気の匂いの違いを感じられる余裕などはなかった。
行き止まってしまって途方に暮れる。

「……どうする。」

低く水野が問えば。

「どうもこうも……。」

困ったように真田が答えた。

西園寺の話によると、海は禁止エリアで、銃を構えた軍人が多数生息しているとの事。
下手に近づいて蜂の巣にはなりたくない。
「引き返すか…」と、力ない水野の呟きに賛成して、真田はきびすを返した。

 

 

「……なんでお前は風祭を探しているんだ?」

緩い泥道を緩慢な動作で進みながら、水野は隣にいる真田に話し掛ける。
最初からぶつけてみたかった疑問。
同じポジションとはいえ、二人の仲はそんなに良くなかったはずだ。
それなのに、真田はこの状況下で風祭を探しているとはっきり明言している。
実はとても気になっていた。

突然投げられた水野の疑問に、真田は沈黙を返す。
答える気はないってことか。
そう判断して水野は肩をすくめる。
すると、そんな水野をちらりと見て、真田がゆっくりと口を開いた。

「……谷口が殺されたとき。」

ぽつり、と言葉をこぼす。
眉間に寄せた皺は相変わらず深い。
真田が紡ぐ次の言葉を、水野はただジッと待っていた。

「隣にいた俺が椅子から落ちたのを知っているか?」

水野を見ないまま、真田は続ける。
ああ、と短く返事をして水野はまた沈黙した。

「あの時、俺の逆隣は風祭だったんだ。アイツ、驚きすぎて声を出すのも忘れたまま、俺の肩にしがみついてきて。…すごい、手が震えてた。」

ああ、そんな光景を見た気もする。

西園寺が発砲したと言う事実と高山の後ろ頭に付着していた赤い液体に気を取られて、あまり気にはしていなかったけれど。
しかし、それが何だというのだ。

「それがあんまり弱弱しくて。……放っておけない、なんて思っちまったんだよなァ…。」

ふぅ。

ほとほと困ったと言う風に真田が一つため息を零す。
前々から気にはなっていたけど。
口篭ったその台詞は水野にしっかりと届いてしまった。

(真田も、か。)

風祭は皆に愛される。
最初は反発していたヤツだって、結局は風祭を認めざるを得ない。
それだけ、彼の輝きは美しくて。
人を惹きつけてやまない。
独り占めしたいと何度考えただろう。
その度にそんな自分に嫌気がさして、ふてくされて眠っていた。
繰り返されるそんな日常。
当たり前に続くと思っていたのに。

 

「……水野は?」

聞くまでもない気がするけど。

そう言って、真田はぴたりと立ち止まる。
つられて立ち止まった水野は一瞬躊躇した末、前を見据えたまま、話し始めた。

「アイツが桜上水に転校してきてから、俺は変わったと思う。自分だけが正しいと思って、回りを見下していた頃とは明らかに何かが変わった。それは風祭のおかげで。アイツがいなかったら俺はまだ腐ったままだったと思う。ずっとずっと。独りよがりで傲慢な態度でサッカーを続けていたと思う。他に道なんて選べないし、サッカーが俺の存在意義だと思っていたから。―――だけど。」

『水野くんは本当にサッカーが好きだよね。』

いつもの練習の後、風祭にそう微笑まれた。
上手いと言われることは当たり前にあっても、サッカーが好きだといわれることはなかったのに。
彼はそれがさも当然と言うように笑って見せた。
好きだからこんなに上手なんだ。
感心したように瞬いて。
僕も水野くんみたいになりたいなァ。
なんて、瞳を輝かせて。
それからパスされたボールを受け取ったときに俯いてしまったのは、そうでもしないと泣きそうだったから。
誰かに選ばされたんじゃなくて、自分で選んでサッカーをやっているのだと。
その時初めて気がついたような気がしたのだ。

「救われたんだ。アイツに。だから今度は俺がアイツを助けてやりたい。どんな些細なことでも良い。どんなにくだらないことでも良い。何かを―――してやりたいんだ。」

水野の言葉に、真田は少し面食らったように両目を見開いていた。
彼が風祭に何かを抱いているのは知っていたが、ここまで深い想いだとは思わなかった。
前を見る水野はいつもよりも、少し大人びて見える。

 

 

 

「だったら、死んで風祭の優勝に貢献するって言うのはどう?」

 

 

 

声が降るのと、水野が倒れるのと。

一体どっちが先だったのか。

分からないまま、真田の目の前で突然、水野は崩れ落ちた。

 

「み、水野…!」

慌てて膝を折ってしゃがむと、水野の腹が赤く染まっていくのが見えた。
まだ、息はある。
誰だ、いきなりこんな
―――
ガチガチと恐怖で歯が鳴る。
声は前から聞こえた。銃弾も前から飛んできた。そして水野は背中から地面に倒れたのだ。

「クソッ…!」
血が流れる腹を抑えて、水野は起き上がる。
銃弾はどうやら貫通したようだ。
ちょうど骨のない肉の所に当たったらしい。
右脇腹が激しい痛みを伴って、動きずらい。

辺りは暗闇。
近くに狙撃者がいるのは分かりきっているのに、その姿がサッパリと見えない。
どのくらい遠くから撃ってきたのか。
そして次の銃弾はどちらを狙っているのだろうか。

しかしこのとき真田は妙な感覚を覚えていた。
さっきの声は。
あの温度の低い、人を小馬鹿にした様な声は。
―――どこかで、聞いたことがないか?

 

かさり、と葉の擦れる音がする。
狙撃者は何の躊躇もなくその場に現れた。
ちょうど切れた雲から流れ出た月明かりを浴びて、その端正な顔には笑みすら浮かべて。
その姿を見た瞬間、真田の疑問は確信に変わってしまった。

「…英士…ッ!」

現れたのは、いつも通りにシニカルな笑みを浮かべた郭だった。
彼の右手には銃がしっかりと握られている。
かすかに匂う薬莢の匂い。上がる白煙。
それは今彼が発砲した事実を裏付けていた。
信じられないものを見るように目を見開く真田に、郭は少し笑って見せた。

「何をそんなに驚いているの、一馬。俺が水野を好いていないことなんて、前から分かっていたことでしょ?」

クス、と笑みを零して、郭は一歩前に出る。
それを見て思わず後ずさってしまった一馬に、彼はまたクスリと笑った。
珍しく、上機嫌。

 

半身を起こして咳き込んでいる水野は、自分はこれから殺されるのだろうかと、ぼんやりと思っていた。
風祭にまだ会えてないのに。
色々伝えたいことがあるのに。
霞んだ視界に見えるのは、心なしか怯えている真田と、今まで見たこともないような笑みを浮かべて近づいてくる郭。
彼の右手に握られている銃で、自分はきっと殺されてしまうのだろう。
死にたくなんて、ないのに。
腹部の痛みで、きっと走ることだってままならない。
どうしたって、逃げられない。
でも、死にたくない。
でも、逃げられない。
死にたくない。
逃げられない。
死にたくない。

逃げられない。

死にたくない。

 

―――死にたく、ない!

 

ぐっと歯を食いしばって、水野は傍にあった鞄に手を伸ばす。
中には自分の支給武器が入っている。
どうにかそれを掴めれば
―――

 

「何、してるの、水野。」

 

縋るように伸ばした右手は、もう少しのところで郭に思い切り踏まれることになった。
郭は全体重を水野の手を踏み付けた右脚に乗せ、鋭利な刃物を思わせる切れ長の瞳で彼を見下ろしている。
その表情はもう微笑んではいなかった。
ぞくりと背中を這い上がる寒気。逆に出血した腹部には燃えるような痛み。
相反するその感覚に、水野は何を感じていいのかも、一体自分は今何を感じているのかも形容できないでいた。

郭はゆっくりと水野が掴もうとした鞄の中身を取り出す。

中から出てきたのは短刀、手裏剣、帷子など、いわゆる忍者道具。
それをみて、郭は心底おかしいと言うように声に出さず笑った。
バラバラとそれらを泥の地面に落として、喉の奥でまた笑う。

「こんなので俺を殺せるとでも思った?―――まったく、あんたにはうんざりする。」

じゃり、と右脚を捻ると、その痛さに水野がうめく。
もう、どうしようもなかった。万策尽きたとはこのことだ。
後は自分に向けられた銃口が、この頭を撃ち抜くのを待つだけだ。

「英士!」

悲鳴にも似た真田の叫び声と共に、郭の銃は咆哮を上げた。

 

 

 

「おま…ッ人、殺しなんか…何で…ッ!」

頭を撃ち抜かれて事切れている水野の横で、真田は半狂乱に陥っていた。
さっきまで話していた水野。
はっきりいって苦手なやつだったけれど、風祭への純粋な想いにちょっと感心したりしていたのに。
その水野は真田が探していた親友、郭の手でこの世を去ることになってしまうなんて。
あんなに探していた、風祭に会うことも出来ずに。

「……おかしなことを言うね。」

カタカタと小刻みに震える真田を上から見下ろして、郭はそんな言葉と共にため息をついた。
水野の右手を踏んでいた右脚をどかし、銃に付いた返り血をハンカチで綺麗に拭い去る。
その動作は滞りなく行われ、どこか慣れているようでもあった。
そんなこと、あるはずないのに。

「一馬。」

びくり、と身体を強張らせて、真田が郭を見つめる。
どこか怯えを含んだ眼差しに、郭は苦笑するしかなかった。

「今の状況、分かってる?俺達は殺し合いをさせられているんだよ。例え、それが不本意だとしてもね。死にたくなかったら―――殺すしかないでしょ。」

正論を、郭は言っているのだろうか。

ぼうっとした頭では彼の言う事を理解できない。
いつも正しいことしか言わない頭の切れる親友だけれど、今回ばかりはそれが正しいのか間違っているのか、判断できなかった。
少なくとも納得は出来ない。
頭から血を流して死んでいる水野を見ると、やるせない気分になる今は。

「俺も、殺すのか。」

ふと出た真田の言葉に、郭は心外だと肩をすくめて見せる。

「一馬と結人、それに風祭は殺さないよ。」

ほ、っと真田が安堵のため息をついたのも束の間。
郭は口の端を少し上げて、爆弾発言をする。

 

「とりあえず、今は―――ね。」

 

そうして彼は一人で去っていってしまう。
真田に「死なないように頑張って」とよく分からない応援の言葉を残して。
去り際に見たあまりにもいつも通りの郭の笑顔に、真田はもう、立ち上がる気力すら失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

出席番号29番 水野竜也 死亡

《残り ― 20人》

  

  

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