15:遺された言の葉

 

 

彼は考える。

いくら考えても解決の糸口さえ見つからない―――その事実は彼を酷く苛つかせるのだけれど、それでも彼は考えることを止めようとはしなかった。

―――闇は、広がるばかり。

 

 

夜の道を何の躊躇いもなくザカザカと進んでいく影があった。
目深にキャップを被っているため、その表情までは判別することができなかったが、彼は後ろを見向きもせずにひたすら足場の悪い山道を進む。
その後ろを大き目の影が遅れてついてくる。
背の高い彼は、時々飛び出ている枝に引っかかっては短く悲鳴を上げた。
その一瞬だけ、前の彼
―――功刀がちらりと振り返るのだけれど、また何事もなかったかのように歩き出してしまう。
その様子に後ろの彼
―――高山は嘆息した。

 

二人が出会えたのは奇跡に近かった。
出発前のやり取りはほとんど意味をなしていなかったし、その前にどこで落ち合おう、などという細かい約束をしていたわけもなく。
自分に支給された包丁を呆然と眺めていた功刀の後ろから、高山が突然「カーズさぁーん!!」と叫んで走ってきたものだから、功刀は危うく包丁を持ったままの手で高山に「うっさい!」と突っ込みを入れてしまうところだった。本当に危なかった。
そんなわけで、多分野生の勘で高山が功刀を探し当てた後は、行動を共にしている。
既に一日が過ぎようとしているが、それまでに殺された人間に関して二人は特に何の感慨も持っていなかった。
よく知らない人間が良く知らない人間に殺されたところで、それはそれ、他人事にしか思えない。
お昼のワイドショーなどで取り上げられるニュースと一緒だ。
功刀も高山も、変なところで冷めていた。
自分が殺されるという心配がないわけでもないが、簡単にやられるほど柔じゃないと言う自信もある。
幸い、自分が懇意にしている人物はお互いの九州出身者だけで、それは今目の届く範疇で元気にしている。
お互い以外が殺されたところで、何の現実感もないのだ。
ただ、高山は頻りに一人の人物を探し出したいと駄々をこねていたが。

 

他の奴はどうだか知らんばってん、アイツだけは信用できっと思うです!

 

鼻息も荒く、高山がそう宣言した。
それを功刀はふぅん、と大して興味もなさそうに聞いていたのだが。
功刀自身も多分、そいつなら信用できそうだというよく分からない確信のようなものがあった。
自分がライバル視している渋沢も、信用には足る人間だと思っているが、好き好んでこんな殺人ゲームで共に行動するほどでもないと思う。
しかし、その人物は一緒に生きたいと思う。
一人でもきっと元気にしていると思うが、それでも、自分の庇護下に置いておきたいとつい心の何処かで思ってしまうのだ。
初めて会った時から不思議な奴だった。
人を惹きつけてやまない、あの瞳。
あの瞳を曇らせるものがあるなら、その全てを排除しても良いと思えるほどに。
高山も功刀も。
一人の人物を探して、暗闇の森をひたすら歩く。

(カズさんも心友のこと、好いとーとね。あんま言葉にしないけん、よーわからんと。)

必死に功刀についていきながらそんなことを思う。
気に入ってるとは思っていたが、こんなに脇目も振らずに一直線に探し回るほど好きだとはちょっと予想外だった。
恋のライバルになるんか?と妙なことを思って、高山はまたため息をついた。

 

どのくらい歩いたのだろう。

 

近くに灯台が存在することを功刀が突き止めて、そこで一泊しようと言い出した。
高山もそれには大賛成だ。
いくら心友
―――風祭のことではあるが―――を探すためとはいえ、ずっと歩き通しでいい加減足が休息を欲している。
体力には自信がある方だと思っていたが、さすがにこの状況で一日中歩き回っていれば疲れるというものだ。
先程より少しペースを上げて、二人は今度は並んで歩き出した。

 

しばらくして、闇の中に白がぼうっと浮かんでくる。
灯台だ。
その白に、二人は揃って安堵のため息をつく。
思わず漏れた弱音が気恥ずかしくて、功刀はにっかしと笑う高山を何の遠慮もなしに張り飛ばした。
あいたー!と高山が叫ぶのを無視して、功刀はさっさと歩き出す。
ブツブツと文句を言いながらもついて来る高山を確認しながら。

そこで、発見してしまう。

白い壁にもたれてピクリともしない、そんなヒトを。

不審に思って近づくと、やはりもう事切れているようで息をしていないことが遠目にも分かった。
額を撃ち抜かれて殺されている。
その顔には見覚えがあったけれど、どこの誰だかは思い出せなかった。
死んでしまった人間だ。
思い出したところで何にもならないけれど。

「あ!コイツ、心友とよー一緒に居った奴たい!何度か見かけたことがあるばってん、間違いなか!……そうか、死んでしもーたんか…風祭、落ち込みよったろーなァ…。」

屈み込んで小岩を調べていた功刀の後ろから、高山がそう一人ごちる。
話し掛けているわけではない。ただの独り言のようだ。
しかし、その言葉を聞いて、功刀はなんとも言えない気分になった。
親友とも言える人間の死。
それを彼はどんな顔で聞いたのだろう。
例えるなら、高山が自分の知らぬところでいきなり死んでしまう、それと同じような状況のはずだ。
強い風祭。
その分、脆さも見え隠れしていた。
そんなところが危なっかしくて放っておけないのかもしれない。
高山が死んだことを聞くより、風祭が死んだことを聞く方が心臓に悪い気がした。
薄情だとは思うけれど。
きっと高山も同じ心境だろう。
自分が死ぬより、風祭が死ぬ方が、ずっと痛い。

 

「何してるの?君達。」

 

呆然とする二人の横から声がかかったのはその時。
弾かれたように声のした方を見ると、やはり、見覚えのない顔が艶やかに微笑んでいた。
闇に溶けるような黒髪、うっすらと細められた緑色の瞳。
―――日生だ。

「……きさんこそ、こげな所で何しとーとね?」

つり上がり気味の瞳に鋭い眼光をたたえながら、功刀がゆっくり立ち上がる。
右腕に掛けた鞄に右手はこっそりと忍ばせて。
自然と高山を後ろに庇う形になって、功刀は自嘲のようなものを浮かべた。
殺しても死ななそうな奴庇って、どうするとよ。

「俺?そうだなァ、敢えて言えば―――……。」

ガチリ。

 

「人殺し?」

 

日生がそう言って笑ったと同時に小脇に抱えられた小岩の遺品がパラララと独特の銃声を奏でた。
それは功刀の横をすり抜ける。
致命傷にはならない。ならないけれど、右腕がじわじわと真っ赤に染まっていってしまった。
湿気があって暑いと脱いでいた為、ブレザーではなく真っ白いYシャツが血に染まっていく。
苦痛に表情を歪めながらも、功刀は毅然とした態度で日生を真っ直ぐ睨んでいた。
それに日生がひゅう、と小さく口笛を鳴らす。

「カズさん…。」

そう呟く高山にも流れ弾は当たっていた。
しかし目の前の功刀よりは軽症、頬を掠った程度だ。
血だってそんなに出ていない。
自分に比べて功刀は、彼の右腕は穴だらけで、血だらけで。
それは目の前にある小岩の死体を見たときよりも衝撃的な光景だった。

「それにしても…また二人組み?」

呆れたように、苦虫を噛み殺したような表情で日生が問い掛ける。
また、という意味が功刀には分からない。もちろん高山にだって分からない。
しかしその瞬間、日生にほんの少しの隙ができたのは確かで。
その隙を狙って、高山がブレザーの内ポケットに入れていた支給武器を素早く取り出した。
そして、前の功刀に当たらない程度に照準を定めて、撃ち放つ。
彼の大きな手の中には、BERETTA M92FSが収まっていた。

「ッ!」

一瞬の隙を疲れた日生は避け切ることができずに被弾する。
左肩のあたりをやられた。
ちッ、と軽く舌打ちをして、またマイクロウージーを構えようとする。
それに反応して、高山が功刀の左腕を引っ張る形で一目散に逃げ出した。
高山の発砲に少なからず驚いて、しばし呆然としていた功刀も我に返る。
そして全速力でその場を離れようとした。
最後の最後に、また日生が吹く凶弾に少し当たってしまったようだけれど。

 

「はぁ、はぁ。」

ひたすら走って辿り着いたのは、荒波が真下に見える崖だった。
一瞬追い詰められたかと思ってヒヤリとするが、どうやら日生は追ってこないらしい。
ほっと一息ついて、高山は改めて功刀を振り返る。
左腕で右腕を抑えてはいるが、生きている。
じっと見つめるとそれに皮肉を交えた笑いを返せるほどには元気のようだった。

「ビックリしたばい…。実感なかったばってん、殺し合いに乗ってる奴もいるとね。気をつけないかん……カズさん?」

冷や汗をぬぐう高山の視界に、いつも以上に眉間に皺を寄せている功刀の顔が映る。
高山が声を掛けると、ハッと顔を上げるが、その顔色は先程とは比べ物にならないほどに悪かった。
汗がダラダラと流れていく。
その汗をぬぐうはずの手は、右腕に添えられたまま。
よく見ると腕と一緒に腹部も押さえているようだった。
怪我をしてないはずの左腕までもが赤く染まっていく。

「!また弾に当たったと!?」

気付かなかった。

目を瞠る高山に、功刀は煩わしそうに表情をしかめる。
そして、フッとわざとらしくため息をつくと、途端にハラハラと落ち着きがなくなった高山に、功刀は笑いかけた。

「なんばそげんけそけそしとるとか。俺は平気だけん、早く歩け。」

背中を蹴っ飛ばす。
しかしその様子はどう見ても平気には見えない。
血は止まる様子はなく、顔色はもはや悪いというレベルではない。
腹から下の右半身が、妙な色に染まっていってしまっているのを、何とも言えない気持ちで高山は見ていた。

「カズさん、診療所ば何処にあるけんね?そこば行けばちくっとでも治療ができっとね。」

すがる思いだった。
しかしそれに功刀は億劫そうに首を振る。
―――拒絶だ。

「いらん……。」

しゃべるのすら辛そうだった。
多分立っているのも限界だったのだろう。
近くにあった大きな岩の上に、彼はゆっくりと、怪我を刺激しないように腰を掛けた。
そしてその後ろの木に寄りかかる。
忙しなく吐かれる白い息が空気中に溶けては消えていく。
まるで、功刀の命を表しているようで、高山は見ていられなかった。

「カズさんさっき平気っていったとね?こげな所で死ぬなんちゅーことはなかね?」

きっと涙目になっていることだろうと思う。
映る功刀の姿がぼやけていけない。
ごしごしと袖で目を擦ると、功刀が含み笑う空気が伝わってきた。

「お前はホント……。」

慈しむような声は消えていく。
常に寄っている眉間が、ふわりと和んでいるのが分かった。
同時に高山の喉元に嫌な気配がせり上がってくる。

「カズさ……ッ!!」

「うっさいわアホ。まだ死んどらん。」

涙目ですがろうとした高山の頭を、功刀がボカリと血まみれの右腕で叩く。
高山の情けない顔を見て、コイツこれから一人で生きていけんのかと著しく不安にもなったが、死んで行く自分が心配しても詮無き事だと、今日何度目になるかわからないため息をついた。
突っ込みを入れるのも命がけの域に入ってきている。
既に目の前にいるはずの高山の顔も、黒い霧がかかったかのように良く見えていなかった。
感覚で話す。

「お前はこれから風祭ば探さないかんたい。早く行かんね。俺はここで眠っとーけん、気にせんでよか。」

ぴくぴくと瞼が痙攣のようなものを起こし始めて、もう長くないのだと功刀は知る。
既に痛覚が麻痺しているのか、右腕の痛みも腹部の痛みも感じない。
後は瞳を閉じてしまえば、永遠の眠りにつけるだろう。
手のかかる子を置いていく母のような気持ちがしないでもないが、相手だって自分と同じような歳なのだから、どうにでも生きていけるだろうと思う。
とにかく。

「俺の、代わりに……かざまつりに…。」

遺言なんていうのは卑怯だと思った。
しかし、それのせいで今以上高山が風祭を必死で探してくれればと思ったのも事実だ。
是非、出会ってもらいたい。
ここで事切れる自分の分も。

「カズさん、なんとね?心友になんば言えばよかと?」

さっき叩かれたときから、高山は功刀の左手をぎゅっと握っていた。
次第に功刀の力が抜けていっているのも感じている。
駄目なんだろう。
自分がどんなに死ぬなといったところで、功刀は死んでしまうのだろう。
高山一人を残して。
いつもいつも世話ばかりかけて、迷惑ばかり掛けてきたから。
功刀が最後に言わんとしている願いだけは叶えてやりたいと思った。
ささやかだけれど、本当にささやかだけれど、少しでも恩返しになればいい。

「……。」

薄く瞳を開けている功刀は、眠たくて仕方がないというように何度も目を瞬いた。
ゆっくりと開いては閉じ、閉じては開く。
時々閉じている時間の方が長いときもあったが、それでも高山は辛抱強く待った。
功刀の言葉を。

「…………」

―――最後に呟いた言葉は高山に届いたのだろうか。

 

 

本当にきさんは迷惑ばかり掛ける奴だったけん、憎めんかったんは何でやろうな?

弟ができたようで嬉しかったんかも知らんなァ。

こげなこと言うと調子に乗るやろうから、絶対に言わんけど。

 

 

じゃぁな。

 

 

 

 

 

出席番号8番 功刀一 死亡

《残り ― 21人》

  

  

 next>>>

<<<back