14:トモダチ

 
 

 

「目的地はまだかよ、上原ァ。」

「うっせ!少しは黙って歩けよ―――あ、見えた。」

 

時刻はちょうど闇が降り始める午後7時を過ぎた辺り。
雨はほぼ上がっていた。
湿り気を帯びた空気がまとわりついてはくるものの、動くにはそう支障はない程度だったので、道を歩く2人の足取りも些か軽い。

泥道を歩くのが嫌、草葉に付いた雫に濡れるのが嫌。

そんな文句を桜庭が零したところ、それに上原も同意したので見通しの良いコンクリートの公道らしき所を歩いている。
下ろしたばかりの革靴は、雨に濡れて黒く光ってはいるが、泥に汚れた様子はない。
しばらくすると、歩く右側に目的地である灯台を見つけて、2人は何とはなしにホッと息を吐いた。

「地図で見ると結構近いと思ってたのに、歩いてみると距離あるのな。」

桜庭が文句のように零せば、上原は呆れたように肩を竦める。
桜庭を置いて、無言でさっさと灯台へと歩を進め始めた。
それを桜庭が慌てて追う。こんな所で1人にはなりたくない。
灯台は白く、それはこの暗闇の中で淡く光っているようにも見えた。
黒に浮かぶ白は何とも言えず不気味だ。
上原も桜庭も、夜、真っ白なシーツを幽霊と見間違えるほど子供ではなかったが、それでもこの灯台の壁には何となくゾッとせざるを得なかった。
けれど、中はきっと外よりは暖かいし、上手くいけば食糧にもありつけるかも知れない。
そんな淡い期待が2人の胸をよぎったのも事実で。
ずり落ち掛けた肩の鞄を抱え直して、2人は足早に灯台へを向かった。

灯台の中はこざっぱりとしたものだった。
何があるわけでもない、でも、何もないわけじゃない。
簡単な台所のようなものもあったし、2人がくつろげるスペースも十二分に確保できた。
早速桜庭が無造作に置かれたソファにダイブする。
しばらく使ってなかったのか埃が立ったが、それを本人は全く気にしなかった。
白く濁った空気が周りを包んだのにも関わらず、当の桜庭は既にその中で寝る体勢だ。
様子を見ていた上原はやれやれと首を振った。

そして彼は台所へと向かう。

タオルで落としたとはいえ、顔にはまだ血の匂いがこびり付いているのだ。
出発の前に、前の席の伊賀の首から飛び出してきた血が。
あの時、自分の顔面全体にかかるようにその血は降り注いできた。
最初は何が起こったのか、全く分からなかった。
冷たいような、生暖かいような、そんな液体がふりかかってきたことは分かったが、それがまさか友人の血だなんて。
思い出すと気分が悪くなる。
人は案外簡単に死んでしまうものだ。
そう悟ってしまうのも怖くて、上原は極力伊賀のことは思い出さないようにしていた。
それでも血の臭いは自分から離れない。
顔の血を落としても、襟やブレザー、忌まわしい首輪にかかった血はどうしようもなくて。
茶色く変色してきた部分を、台所の備え付けの鏡に映して、上原は幼い顔を歪めた。

(鉄臭い…。)

血の臭いは好きになれそうもないなァ。

のんびりと、そう思う。

 

周りを少し片付けて、2人は少し遅めの夕食を取り始める。
桜庭が眠そうにしきりに目を擦っていたが、それでもまだ眠気よりは食欲のようが勝っていたようで、味気ない支給された乾パンを口の中でもそもそと砕いていた。
上原も言葉少なに食事を摂る。
育ち盛りの子供達のことなど微塵も考えていない、支給された食料を。
生憎と、灯台の中には食料と呼べるものはなかった。
それは酷く残念ではあったけれど、雨をしのげること、水がすぐ近くで確保できること、柔らかいソファで眠れること等を考えれば、殆ど気にならなかった。
支給された美味しくもない乾パンだけでも3日くらい何とか生きられる。
そう考えてふと、上原は食事をする手を休めた。
怪訝そうに桜庭がそれを見る。
思い悩んだような顔付きで、上原は俯いたままゆっくりを言葉を紡ぎだした。

 

「…俺達さ、生きて帰れたりすんのかな。」

 

それはあまりに切実で。
桜庭も返事に窮する。
ややあって、怒ったように桜庭が口を開いた。

「帰れんだろ。誰かがこのプログラム破壊するかしてさ、それで終わりだって。小説でもそうだったし…。」

「でもあれで生き残ったのは2人だけだっただろ。」

ムッとして言い返す上原に、桜庭もムッとして言い返す。

「だからその2人に俺達がなればいーじゃん。このままここでじっとしてれば誰も来ないし、殺されることも、殺すこともないだろ。」

「でも灯台って結構鬼門じゃね?小説でだって、裏切りの場所っつーか、ほら、女の子達が互いに殺し合っちゃったじゃん。」

「…俺達は2人だけだし女じゃねーし。誰か来ない限りは平気だろ。」

「信用してるって事?」

「そうなんじゃねぇ?」

「ふぅーん…。」

まるで興味がないように、上原は曖昧な返答をする。
しかし、目尻に少し朱が差してることから、上原がうっすら照れてることが桜庭には分かった。
選抜の中だけでなく、休日は一緒に遊んだりもする間柄だ。
少しの感情の変化にも鋭くなっても、当然だと思う。
それがトモダチって奴だ。

何もする気が起きなくて、2人は並んでソファに座ったまま、しばらく身じろぎひとつしなかった。
時々桜庭が大きな欠伸をするくらいで、しかし、眠る様子はあまり見られず、多分、緊張のために睡魔が襲い切れてないのだろう
―――上原はそう判断する。
大雑把に見えて意外に神経質な奴だ。
先程の眠気も食事をしたせいで殆ど飛んでしまったと見た。
一緒にいる内に何となく彼の感情に敏感になってしまっている自分に上原は苦笑する。
しかし仕方ない。
それがトモダチって奴だ。

 

眠そうに灯台をキョロキョロと見回していた桜庭が、奥に階段を見つけたのはそれからおよそ5分後。
灯台なんだから上に上がる手段があって当然と言えば当然だが、それは外に付いている階段だけだと思っていた2人にはなかなか驚愕の事実だった。
顔を見合わせた後、登ってみることに決める。
誰かがいたら
―――その時はその時だ。
どうするかはその時決める。

ギィ。

古い為、階段は2人の体重だけで壊れそうに鳴いた。
外はコンクリート造りなのに、中は何故か木造だ。
ここも徹底してコンクリートにしていてくれれば、ギィ、なんて不快な音を聞かなくても済んだのに。
こっそり毒突きながら、桜庭は先頭を切って上へと進む。
距離はあまり無い。
難なく二階へと着いてしまった。

こそこそと見回すが、特に誰かがいる気配もない。
二階部分も一回と同じ様な仮眠室のようなものになっていた。
簡易ベッドが取り付けられている。
しかしそれだけだった。
生活感のあまりにもない、そんな白い部屋。
何となく病院を連想させる。
桜庭自身は生まれてこの方、入院などというものをしたことがなかったが。

「…おい、誰かいるのか?」

小声で、後ろから上原が声を掛けてくる。
黙ってしまった桜庭に不安を募らせたのだろう。見上げてくる瞳は少し揺れていた。
それにニッカリと笑ってみせる。

「誰もいねーみたいだぜ。こっちの方がゆっくり出来そうだ。」

その答えに上原が笑う。
ビックリさせんなよーと少し毒突くことも忘れなかったが。
その笑顔に桜庭も何とはなしにホッとする。
よく可愛いと形容される上原の笑顔は、癒し系だと思った。

 

しかしその笑顔が次の瞬間苦しそうに歪む。

 

いきなりバランスを崩して、階段から転げ落ちそうになってしまった。
差し出された手を掴もうと、桜庭は思わず手を伸ばすが、それは虚しく空を切っただけだった。
スローモーションのように上原が階段から落ちていく。
何故か身体中に無数の穴を開けて。
その光景を桜庭は見ているしかなかった。
それしかできなかった。
そうして上原がそのまま床に激突するまで、瞬きひとつ出来なかった。

―――何が、起きた?

 

「う…、上原ぁーッ!!」

 

ようやく我に返って階段を駆け下りていく。
受け身を取ることも出来ずに床に激突した上原は、辛うじて息はしているものの、おびただしい血が身体中から噴き出しており、とても直視できるようなものではなかった。
見る見るうちにベージュのブレザーが変色していく。
下に着ているYシャツも、真っ赤に染まっていった。
ズボンも、妙な色に変わっていく。

―――何だ、これは。

あまりに突然のことに、桜庭の思考回路はどうも上手く稼働していないようだった。
先程まで笑っていた上原が、身体中から血を流して苦しんでいる。
口からも鼻からも血が流れ、そして朦朧とした瞳からは涙が流れていた。
胸が忙しなく上下している。
分からない。
一体どうしてこんな事になっているのだろう。

 

「君達、危機感が無いって言うのは困りものだよ。」

 

ガチリ、と物騒な音を立てて、少し離れたところからそんな声が降ってくる。
訳も分からず見上げてみれば、肩から大型の銃のような物を下げている少年がいた。
それが小岩に支給されたマイクロウージー9mmだと判別するような知識は、生憎桜庭にはなかったが。
死に神のようにマイクロウージーを下げた彼は悠然と微笑む。

「お前…。」

見た顔だ、と思った。
どこでだっけ…そう思って必死に記憶を手繰る。
多分、サッカー関係だ。
となればきっとトレセン合宿。
どっかの地区の代表選手のはずだ。
どこだ?ウチと当たったのは関東、東北、九州、関西
―――
そこで思い当たる。
そう言えば、いた。延長戦に入る前に東京選抜に文句を言いに来た変わり者が。
確か東北選抜の日生…とか言ったっけ。
小岩の幼なじみとかなんとか…。

「けほッ!」

桜庭が記憶の海に沈もうとしている刹那、上原が口の中に溜まった血を勢い良く吐き出した。
ハッと、桜庭が現実へと帰ってくる。
上原の側に膝を突いた桜庭のズボンもいつの間にか血に染まってしまっていたが、上原の青ざめた顔がそんなことを気にしてる場合じゃないことを示していた。
生きてるのか死んでるのか。
胸が上下しているのが辛うじて彼が生きていることを弱々しく証明しているものの、助かる見込みはどの位なのだろう。
それより、上原をこんな風にしたのは一体誰なんだ。
日生。コイツなのか。

 

困ったように桜庭が日生を見上げると、日生もおかしそうに嘲笑を浮かべて2人を見つめていた。
(何してるんだろう、あっちの長髪の方。)
足元には苦しそうに呻いてる友人がいるのに、ぼんやりとこっちを見つめたままだ。
憎しみのこもった瞳で睨まれるならまだ分かるけれど、それすらも感じない。
ただ見てるだけといった感じで。
突然の事実に頭が付いていって無いだけなんだろうか。
それとも意外に薄情な性格なのだろうか。
日生は桜庭も上原も知らない。
だから2人の間にある友情らしき物だって全く分からない。
更に言えば性格だってさっぱりだ。
一般的に「トモダチ」と呼ばれる間柄ならば、ここで取り乱したり、反撃を試みたりしても良さそうなものだが、桜庭にはその様子も感じ取れなかった。
変な2人。
とりあえず日生はそう結論付けることにした。
どうせどっちとも死んで貰うことに代わりはない。
これから死に逝く人間の事なんて、知ったって別に何の得にもなりはしないんだから。

 

頭を素早く切り換えて、日生は銃口を2人に向ける。

 

上原は最早立ち上がれる状態じゃなかったし、桜庭はまだ混乱しているようで動こうとしない。
楽勝。
そう心の中で嗤って、日生は引き金を何の遠慮も無しに引いた。

パララララ……。

マイクロウージー独特の銃声が響き渡る。
日生は桜庭に向けて撃った。
それは勿論、虫の息の上原に銃弾を使うなんてもったいなくてやってられないと判断したからだった。
しかし、発射された銃弾は桜庭には殆ど当たらなかったのだ。

どこにそんな力が残っていたのだろう。

今まで床に這いつくばっていた上原が、日生に背を向け、桜庭を庇うように起き上がっていた。

 

「ぐ、がはッ…!」

ごぼり、と上原の口からまた大量の血が流れ出る。
それは桜庭にもかかってしまうことになった。
桜庭が自分の顔に手を当てると、ぬるりとした感触が癇に触る。
見てみれば真っ赤に染まっている自分の手。
上原の血だと認識するのに、そう時間はかからなかった。

「上原…上原ッ!!」

我に返って叫べば、上原は青いを通り越して土色をした顔で微笑んで見せた。
それは笑顔とは呼べないくらいに弱々しかったけれど。
桜庭はしっかりと見た気がするのだ。
彼の、笑顔を。

「お、俺、さ…もう絶対駄目だと、思うんだよ…ハハ、いっつもこ、こうだよな…。ついて、ねぇっつか…。だ、だからさ、お前だけでも生きててくれれば、って…思う…ん、だ…。―――ッな、桜、庭…ッ!」

何か言おうとした上原の身体がまた大きく跳ねる。
それで日生が引き金を引いたのだと分かった。
上原越しに見える日生は、どうも妙な顔をしている。
信じられない物を見ているような、嘲嗤っているような。
それでもその瞳は背筋が凍るほどに冷たい。

無言で、また引き金を引く。

もう上原は動かなかった。
桜庭の上に倒れ込んだまま、口を開くこともなかった。
さっき、何を言おうとしたんだ?
聞きたかったけれど、もう聞けない。
「うえはら」
呼んでみても返事はない。
真っ赤に染まった彼を見て、桜庭はようやく泣きそうになった。
撃った日生に対する怒りよりも、上原を失ってしまう悲しみの方が強い。
ボタボタと零れ始めた遅れ涙は、事切れた上原の上に無遠慮に降り掛かっていく。
そしてその涙は次第に赤く染まっていった。
日生の向けた銃口は、今度こそ桜庭本人を捕らえたのだ。

桜庭は赤い涙を流しながら、上原を抱えたままで後ろに倒れ込む。
しばらく痙攣のような物を起こしていたが、次第にそれも弱まり、ついにピクリとも動かなくなってしまった。

  

最後の瞬間、微かに桜庭の唇が動いたような気がしたが、それも気のせいなのかも知れない。
それならば、その直後、桜庭の身体からずり落ちるようになった上原が、それに頷いたように見えたなんて言うのも、きっと、気のせいなのだろう。

 

 

「トモダチ、ね…。」

2人の死体を見下ろしながら、日生は呟く。
何かが胸の奥に引っかかるような、妙な感覚を感じながら。

 

 

 

出席番号4番 上原淳 死亡
出席番号12番 桜庭雄一郎 死亡 

《残り ― 22人》

  

  

 next>>>

<<<back