12:ちょっと一服

 
 

  

全てを見下ろすかのように、高く高く太陽は昇る。

  

『はい、皆さんこんにちは。12時になりました。第2回目の放送を始めます。殺し合ってる子も一時中断して放送に集中して下さい。禁止エリアの聞き逃しは即、死に繋がりますよ。』

第一回目の放送時とはバックに流れる曲が変わっている。
今回は明るい雰囲気を纏ったクラシックだ。
その音に乗せて、軽快に西園寺は放送を続ける。

『まずは禁止エリアの発表です。14時にE10、16時にC8、18時にH2となります。気を付けてね。次に死亡者の発表です。21番内藤孝介くん、10番小岩鉄平くん。今回は少ないわね…この二人だけよ。では、これで2回目の放送を終わります。引き続き頑張ってね。』

ぶつり。

耳障りな音を立てて、西園寺の声はまたスピーカーの中へと消えた。

  

  

軽快にペンを走らせていた手が止まる。

(……聞き間違いじゃ、ないよね。)

これでも耳には自信があるんだから。

そうひとりごちて、杉原は少し黄ばんだ天井を仰いだ。
寄り掛かった木製の椅子が、ギィ、と鳴く。
何とはなしに見上げた天井に、黄色く変色している部分を見つけて、この家の人は随分とタバコを吸う人だったんだな、とぼんやりと考えた。どうでもいいことなのに。

「死んじゃったんだ…小岩くん…。」

声にすると不思議と現実味を帯びるその事実。
先程の放送で呼ばれた名前は、確かに、東京選抜で自分が懇意にしている明るい友人のものだった。
人懐こい笑みを浮かべて、走り回っていた小岩。
嫌いじゃなかったのに。

「……誰かに殺されたのかなァ。」

小岩くん、外見に似合わず人が良いから。騙されて、それで殺されたのかな。

天井を見つめたまま呟く。
身体を前後に揺するように動くと、ギィギィと背もたれが短い悲鳴を連発した。
相変わらず黄色い天井は視界の中で揺れている。

  

手に持った赤いペンは、未だに小岩の名前をなぞれないまま。

  

杉原は軽い昼食を済ませた後、プログラムが始まって以来お世話になっていた「長谷川」と表札のかかった家を後にする。
結構良い家だった。
煙草の匂いが家の至る所に染み付いている以外は。
慌てて出て行ったらしく、食料品も残っていたし(賞味期限も大丈夫だった)なかなかの収穫だ。
雨が降っているせいか心なしか寒いので、こっそり水筒にお茶を作って入れておく。
自分にとっては本当に役に立った家だったけれど
―――ただ、もう、訪れたくはないと思った。
友人の死を聞いたのも、この家。
思い出してしまうから、この家にはもう来たくない。

自分勝手な言い分に、思わず笑みが零れた。

  

朝方から降っていた弱い雨は、今はもうすっかり上がってしまっている。
ただ、空はまだ泣き出しそうに歪んでいるので、いつまた降り出すとも分からない。
今の内に、と杉原は移動することを決めた。
とにかくカザ君を捜そう。
山へと続く舗装された道を、彼は慎重に辿っていった。

少し行くと分かれ道。
右に行くと灯台に、左に行くと山をぐるりと囲う道になる。
右、左、と首を動かした後、杉原は徐に右手を上げた。

  

「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な、て、ん、の、か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り」

  

左、右、左、右、と言葉に合わせて、手を振る。
相変わらずのポーカーフェイスで。

  

「な、の、な、の、な、て、っ、ぽ、う、う、っ、て、ば、ん、ば、ん、ば、ん」

  

言いながら、これは結構皮肉だな、と思う。

  

「も、ひ、と、つ、お、ま、け、に、ば、ん、ば、ん、ば、ん」

  

振っている右手がだんだん疲れてきた。
ああ、そう言えばこれはどこかの区切りで指した方が、最終的にもそっちを指すのだったっけ。
とんだ徒労だ。
しかし、その区切りが分からない以上最後までやってみるしかない。

  

「か、き、の、た、ね」

  

ぴたり。

杉原の指が指したのは左の道だった。

「左か……。」

舗装された道は目立って危ないから、途中で横に逸れて森に入ろう。
ふと射した陽光を眩しそうに見つめながら、杉原は左へと折れた。

入れそうなところを見つけて、森の中へと進路を変える。
短い草がズボンの上からでも分かるほど、チクチクと痛かった。
(入るところ間違えたかな。)
困ったように笑って、杉原は更に奥に進む。

  

意図的とはいえ道のないところを歩いたため、傾斜が激しかったり、雨でぬかるんでいたりして、その道行きは決して生易しい物ではなかった。
それでも杉原は立ち止まらない。
何かを吹っ切るかのように、ただ、がむしゃらに進む。

光を遮るようにそびえている木々を何本も通り過ぎて、やっと道らしいところに出る。
道、と言ってもここは山の中。大した舗装もされてない、獣道のちょっと進化したような、そんな道。
それでも今まで酷い道を進んできた杉原には有り難かった。
ほぅ、と一息ついて、ざくりとその土を踏む。
周りに人的な音はない。
歩いても大丈夫だろう。

先程とは比べ物にならないほど足が速く進む。
ぬかるんではいるものの、大した傾斜もなく、障害物になり得る物も何もない。
歩き始めたら、何だか散歩をしているみたいで楽しくなってきた。
杉原はスキップでもしたい気分で、雫の付いている緑葉を感慨深げに見上げる。
すると、ちょうど雲が切れたところだったのだろう。キラキラとした木漏れ日が彼を照らした。
スポットライトのように落ちてくる光に笑ってしまう。

(祝福されてるのかな?僕)

くすり、と忍び笑って、更に奥へと進んでいく。

  

更に進むと東屋を発見した。
小汚いといえばそれまでだが、なかなか風情があって良いものだと杉原は近寄っていく。
しかし、中を覗き込んでギクリとした。
―――誰かいる。

その人物は東屋の椅子に深く腰掛けて、膝に乗せた物をじっと凝視していた。
杉原に気付いた様子はないようだ。
あまりに熱心に見つめているそれに、ちょっとした興味が沸いて杉原はそっと顔を出す。
見ると、ボールのようだった。
しかもかなり見慣れた……。

(サッカーボール…?)

確かに5角形と6角形で構成された球体は、サッカーボールとしか言いようがなかった。
何でこんな所にサッカーボールが。
そう思って、しかし思い直す。
きっとあれが彼の支給武器なのだと。
だったら大した殺傷能力は無いはず。
サッカーボールで死ぬなど、死んでも死にきれない。ある意味本望と言えば本望だが。
しかしそんな物を見つめて、彼は何をしているのだろう。
視線をちょっと動かせば、茶色がかった髪が右に傾くところだった。
どうやら首を傾げているらしい。
前髪の隙間から覗く鋭い瞳は、いつものように自分の考えに沈んでいるようだった。
溜まらなくなって杉原は声を掛ける。

「何、してるの?―――不破君。」

その声にやっと、不破は顔を上げた。
突然現れた杉原に大して驚きもせず、彼はパシパシと何度か瞬いた後
―――もしかしたらこれが不破最大限の驚き方なのかも知れないが―――ゆっくりと視線を杉原に固定してポツリと呟いた。

「考えている。」

簡潔な答え。
無駄を嫌う彼らしいと言えば彼らしいけれど。

「……?何を考えているの?」

それだけで杉原に伝わるはずもなかった。
首を傾げる杉原に、不破は、しかし逆に質問をする。

「お前はこのプログラムに乗っているのか?」

ダイレクトな質問にちょっと笑って、杉原は首を振った。
その気なら会った時点で声を掛けずに殺しているよ、と付け加えて。
事実、杉原が見つけたとき不破は彼にまったく気付きもしなかった。
注意深い彼らしくないけれど、それだけ考えに没頭していたと言うことだろう。
ふむ、と不破が頷く。

「成る程。一理ある。」

相変わらずの無表情は何を考えているのか分からない。
くすりと苦笑を漏らした杉原を見咎めて、不破は眉間に少し皺を寄せた。

「何がおかしいのだ?」

「ああ、気を悪くしたならごめんね。ただすごく不破君だなァって思ったから。」

そう言って笑う。
珍しい物を見るように不破が杉原を凝視していたが、そんなことはどうでも良かった。
少し会っていなかっただけなのに、ひどく懐かしい。
そんな想いが杉原の胸に去来していたことにも気付かない。
(馬鹿みたい。小堤くんの怪我で不破君が緊急召集されたときも、こんな事思わなかったのに。)
それだけ自分は弱っているのだろうか?
自分が気付かないだけで。

笑みを絶やさない杉原から、不破は諦めたように視線を外した。
元々何を考えているか分からない男だ。
今この状況で相手の考えを理解しようと言う方が無理な話だろう。
奇しくも、2人の考えていることは似通っていたのである。

  

「それで不破君はサッカーボール眺めて何していたの?」

不破の向かい側に腰を掛けながら、笑顔のポーカーフェイスは崩さないまま、杉原が尋ねる。
膝に乗せた球体をポム、と一回叩いてから、不破は何でもないことのように呟いた。

「これで、人を殺せるものかと考えていた。」

杉原が一瞬身体を強張らせたのが分かる。
物騒なことを言っているのが自分でも分かっていたが、それが事実なのだからしょうがない。

「万が一、殺せるとしても、それを自分が実行できるのか、それも考えていた。」

こっちの方が難問だ。

そう言ってまた首を傾げる。
今度は杉原の身体から力が抜けていく。
全く、驚かせないで欲しいものだ。

「不破君はこのプログラムに乗ってるの?―――乗る気、なの?」

これからのことも含めての答えを、杉原は要求してくる。
不破は考えた。
これから、自分はどうにかして生き延びようとするのだろうか。
人を、友達と呼ばれる部類の人間を殺してまで。
残るのは1人で、他は死ぬ。
その最後の1人に自分はなりたいのだろうか。
1人に。

「乗らない。はず、だ。」

不破にしては微妙な答え。
その答えの中に彼の動揺を見て、杉原は少し笑む。
淡々としている会話だったが、だからこそ、相手の本音が見えた気がして嬉しかった。
嘘だったら見破れる。そんな自信が杉原にはあったのだ。

ひゅう、と冷たい風が2人の間を横切る。
その冷たさに、不破が顔を顰めた。
何とも言えない、居心地の悪い風だ。鋭利な雰囲気を携えて、この島を我が物顔で闊歩している。
ふと、杉原が思い付いて、鞄に手を掛けた。
今更武器を出すでもないだろう、と考えて、不破は下手に動かず、視線を杉原の行動に定める。
鞄の中から出てきたのは淡い緑色をした水筒。

「寒いよね。さっき民家であったかいお茶を煎れてきたんだ。一緒に飲まない?」

にこり。
笑って杉原は不破に答えを促す。
別段断る理由もない。不破はこっくりと頷いた。

「緑茶なんだけど、飲めなくはないよね?本当は烏龍茶とか飲みたかったんだけど、あいにく茶葉が無くて。」

コポコポと紙コップに注がれる水筒と似たような色をした液体は、白い湯気を発している。
どうやら民家でお茶と一緒に紙コップも失敬してきたらしい。実に杉原らしく抜け目のないことだ。
8分目ほど注いだ所で、そのコップを不破に渡す。
受け取ったのを確認して、自分の分も注ぎ始めた。

口を付けると、緑茶独特の苦みが口内に広がる。
不快に感じることはなかったが、不破が普段飲んでいるものとは少々味が違うようだ。
茶にこだわりがあるわけではないので、深くは分からないが。
今度茶についても研究してみようかと、頭の端で考えた。
今度、があればの話だけど。

「不破君はさ、他の参加者の中で誰が信用できると思う?」

突然、杉原が無遠慮に質問をぶつけてくる。
パチクリ、と瞳を瞬かせた後、不破はうぬ、と苦しげに呻いた。

「風祭。……悪いが他の奴は信用に値しない。材料が少なすぎる。」

真摯な答えに、杉原は笑みを深くする。
同感、と呟くように言葉を吐き出して、手の中にある紙コップをぎゅうと握りしめた。
手から伝わる暖かさが心地良い。

「僕も、カザ君は信用できると思う。…本当は小岩くんもそうだと思っていたんだけど、ね。」

淋しげに瞳を伏せると、それに倣って不破も俯いた。
小岩は先程の放送で名前を呼ばれてしまっている。

―――もう、この世にはいない。

何となく気まずい雰囲気が2人を包む。
不破が、ごくりとお茶を飲み下す音がいやに響いた。

「とにかく、カザ君を捜そう。全てはそれからだね。」

そこまで風祭に依存していいものかと、不破は渋ったが、杉原は助け合ってこそ友達だよ、とやんわりと諭した。
友情、最近まで不破には理解できなかった感情だ。
それを教えてくれたのは、風祭。
彼と知り合うことで、自分の世界はどんどん開けていった。
目も眩むようなスピードに迷いそうになる自分を、彼はその優しい笑顔と共に導いてくれたのだと、不破は思っていた。
しかし、風祭に感じるのは友情とはもっと別の
―――母性、だろうか。
いつだったか藤村(桜上水での頃なので、佐藤と言っても差し障りはないだろうが)に「不破はひよこみたいやなぁ」と揶揄して笑われたことがあったが、今思えばそれも否定しきれないのかもしれない。
風祭のやることなすことに興味が沸く。
それを自分にも出来るのだろうか、と考えてしまうところに、藤村は母親の真似をする幼子を重ねたのだろう。
言い得て妙だ。

考えに沈んでしまった不破を、熱い茶をふぅふぅと冷ましながら、杉原は見つめていた。
きっと、風祭のことを考えているのだろう。
彼は一度考えに沈むとなかなか浮上してこない。
それを待つことにした。
時間は、まだたくさんある。

  

「……怠い。」

時間は余り経たなかったように思う。
不破がふいにそう呟いた。
黒目がちな瞳が揺らいでいる。

「夜ちゃんと寝た?その様子じゃろくに寝てないんでしょ。僕が見張りしてるから少し眠ると良いよ。何かあったら起こすから。」

杉原の申し出は不破にとって有り難い物だったので、素直に従うことにする。
プログラムが始まったのは夜中だったので、眠るに眠れなかったというのが実状だ。
机に突っ伏していたときは眠っていたのだろうが、強制的な睡眠は身体を安らげる術を知らなかった。
むしろ、余計に怠くなってしまったようだ。
長い東屋の椅子に、不破は緩慢な動作で横になる。
お茶を飲んでも寒さは吹き飛ばせなかったのか、ブレザーを脱いで、毛布変わりにしていた。
仰向けになり、まるで柩の中にでも入っているかのようにピンと張った背筋に、杉原は苦笑した。
礼儀正しいというか、何というか。
最後の最後まで、彼は彼らしかった。

  

  

―――そう。

最後の、最後まで。

  

   

ゆっくりと杉原が立ち上がる。
なみなみと入った自分の紙コップを、注意深く木のテーブルに置いて。
瞳を固く閉じた不破の口付近に手を当ててみる。
空気の流れを感じないことに安堵して、次に胸で組まれている腕を解いて脈を診る。
とくり、とも動かない。
心臓に手を当ててみるが、いつも行われているような上下の運動はなかった。
それを確認した後、杉原はまた不破の手を胸の上で組ませて、上からブレザーを掛ける。
眠っているようだった。
疲れ切って、眠っているようだった。

しかし、彼の瞳は二度と開かれることはない。

  

「おやすみ、……不破君。」

―――それと、ごめんね。

  

木のテーブルには紙コップが二つ。
空っぽのそれと、まだお茶がたっぷり入ってるそれ。
入っている方を杉原は持ち上げて、ゆっくりと中身を地面に零した。
元々雨に濡れていた地面に、ボタボタと零された液体が跳ねながら広がっていく。
薄い緑の染みがドンドンと地面に染みこまれていく様を、些か、焦点の合わない瞳で見つめていた。

血もない。涙もない。そんなお別れ。

横たわっているのは穏やかな空気だけ。  

  

杉原は先程いた椅子に座って、鞄の中から透明の小瓶を取り出す。
綺麗に張られたラベルには「毒人参」と書かれていた。
昔、哲学者が自殺するのに用いた、毒植物。

不破に突然、緩やかに、静かに、確実に訪れた死は、目に見えない毒によってもたらされていたのだ。

杉原は飲まず、不破は飲んだ、その緑茶の中に毒人参は含まれていた。

罪悪感は沸かなかった。
これはフィクションでもなく、実際に起こっていることなんだから。
殺さなければ、殺される。
そんな簡単なことに気付けずにいた杉原を、殺人に駆り立てたのは近しい友人の死。
彼が死んだ事実が、杉原に現実を突き付けた。
何を迷っている、と。迷っている内に殺されたらどうする、と。
その事に気付ければ、後は簡単だった。
ルールに従う、良い子を演じればいい。
笑顔のポーカーフェイスで相手を騙せばいい。
そして、研ぎ澄まされた感覚で、相手の殺意を見破ればいいのだ。
至極単純なことだった。

  

「信用に値する人間なんて、僕にはいないよ。」

動かなくなった不破に語りかける自分を滑稽に思いながらも、杉原は言葉を連ねることをやめようとしなかった。

「信じてみたい人間は、いるけどね?」

浮かんだ笑顔はフェイクなのか。

形作った本人にも、それを判断することはできなかった。

  

  

  

出席番号27番 不破大地 死亡 

《残り ― 24人》

  

  

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