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全てを見下ろすかのように、高く高く太陽は昇る。
『はい、皆さんこんにちは。12時になりました。第2回目の放送を始めます。殺し合ってる子も一時中断して放送に集中して下さい。禁止エリアの聞き逃しは即、死に繋がりますよ。』
第一回目の放送時とはバックに流れる曲が変わっている。
今回は明るい雰囲気を纏ったクラシックだ。
その音に乗せて、軽快に西園寺は放送を続ける。
『まずは禁止エリアの発表です。14時にE10、16時にC8、18時にH2となります。気を付けてね。次に死亡者の発表です。21番内藤孝介くん、10番小岩鉄平くん。今回は少ないわね…この二人だけよ。では、これで2回目の放送を終わります。引き続き頑張ってね。』
ぶつり。
耳障りな音を立てて、西園寺の声はまたスピーカーの中へと消えた。
軽快にペンを走らせていた手が止まる。
(……聞き間違いじゃ、ないよね。)
これでも耳には自信があるんだから。
そうひとりごちて、杉原は少し黄ばんだ天井を仰いだ。
寄り掛かった木製の椅子が、ギィ、と鳴く。
何とはなしに見上げた天井に、黄色く変色している部分を見つけて、この家の人は随分とタバコを吸う人だったんだな、とぼんやりと考えた。どうでもいいことなのに。
「死んじゃったんだ…小岩くん…。」
声にすると不思議と現実味を帯びるその事実。
先程の放送で呼ばれた名前は、確かに、東京選抜で自分が懇意にしている明るい友人のものだった。
人懐こい笑みを浮かべて、走り回っていた小岩。
嫌いじゃなかったのに。
「……誰かに殺されたのかなァ。」
小岩くん、外見に似合わず人が良いから。騙されて、それで殺されたのかな。
天井を見つめたまま呟く。
身体を前後に揺するように動くと、ギィギィと背もたれが短い悲鳴を連発した。
相変わらず黄色い天井は視界の中で揺れている。
手に持った赤いペンは、未だに小岩の名前をなぞれないまま。
杉原は軽い昼食を済ませた後、プログラムが始まって以来お世話になっていた「長谷川」と表札のかかった家を後にする。
結構良い家だった。
煙草の匂いが家の至る所に染み付いている以外は。
慌てて出て行ったらしく、食料品も残っていたし(賞味期限も大丈夫だった)なかなかの収穫だ。
雨が降っているせいか心なしか寒いので、こっそり水筒にお茶を作って入れておく。
自分にとっては本当に役に立った家だったけれど―――ただ、もう、訪れたくはないと思った。
友人の死を聞いたのも、この家。
思い出してしまうから、この家にはもう来たくない。
自分勝手な言い分に、思わず笑みが零れた。
朝方から降っていた弱い雨は、今はもうすっかり上がってしまっている。
ただ、空はまだ泣き出しそうに歪んでいるので、いつまた降り出すとも分からない。
今の内に、と杉原は移動することを決めた。
とにかくカザ君を捜そう。
山へと続く舗装された道を、彼は慎重に辿っていった。
少し行くと分かれ道。
右に行くと灯台に、左に行くと山をぐるりと囲う道になる。
右、左、と首を動かした後、杉原は徐に右手を上げた。
「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な、て、ん、の、か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り」
左、右、左、右、と言葉に合わせて、手を振る。
相変わらずのポーカーフェイスで。
「な、の、な、の、な、て、っ、ぽ、う、う、っ、て、ば、ん、ば、ん、ば、ん」
言いながら、これは結構皮肉だな、と思う。
「も、ひ、と、つ、お、ま、け、に、ば、ん、ば、ん、ば、ん」
振っている右手がだんだん疲れてきた。
ああ、そう言えばこれはどこかの区切りで指した方が、最終的にもそっちを指すのだったっけ。
とんだ徒労だ。
しかし、その区切りが分からない以上最後までやってみるしかない。
「か、き、の、た、ね」
ぴたり。
杉原の指が指したのは左の道だった。
「左か……。」
舗装された道は目立って危ないから、途中で横に逸れて森に入ろう。
ふと射した陽光を眩しそうに見つめながら、杉原は左へと折れた。
入れそうなところを見つけて、森の中へと進路を変える。
短い草がズボンの上からでも分かるほど、チクチクと痛かった。
(入るところ間違えたかな。)
困ったように笑って、杉原は更に奥に進む。
意図的とはいえ道のないところを歩いたため、傾斜が激しかったり、雨でぬかるんでいたりして、その道行きは決して生易しい物ではなかった。
それでも杉原は立ち止まらない。
何かを吹っ切るかのように、ただ、がむしゃらに進む。
光を遮るようにそびえている木々を何本も通り過ぎて、やっと道らしいところに出る。
道、と言ってもここは山の中。大した舗装もされてない、獣道のちょっと進化したような、そんな道。
それでも今まで酷い道を進んできた杉原には有り難かった。
ほぅ、と一息ついて、ざくりとその土を踏む。
周りに人的な音はない。
歩いても大丈夫だろう。
先程とは比べ物にならないほど足が速く進む。
ぬかるんではいるものの、大した傾斜もなく、障害物になり得る物も何もない。
歩き始めたら、何だか散歩をしているみたいで楽しくなってきた。
杉原はスキップでもしたい気分で、雫の付いている緑葉を感慨深げに見上げる。
すると、ちょうど雲が切れたところだったのだろう。キラキラとした木漏れ日が彼を照らした。
スポットライトのように落ちてくる光に笑ってしまう。
(祝福されてるのかな?僕)
くすり、と忍び笑って、更に奥へと進んでいく。
更に進むと東屋を発見した。
小汚いといえばそれまでだが、なかなか風情があって良いものだと杉原は近寄っていく。
しかし、中を覗き込んでギクリとした。
―――誰かいる。
その人物は東屋の椅子に深く腰掛けて、膝に乗せた物をじっと凝視していた。
杉原に気付いた様子はないようだ。
あまりに熱心に見つめているそれに、ちょっとした興味が沸いて杉原はそっと顔を出す。
見ると、ボールのようだった。
しかもかなり見慣れた……。
(サッカーボール…?)
確かに5角形と6角形で構成された球体は、サッカーボールとしか言いようがなかった。
何でこんな所にサッカーボールが。
そう思って、しかし思い直す。
きっとあれが彼の支給武器なのだと。
だったら大した殺傷能力は無いはず。
サッカーボールで死ぬなど、死んでも死にきれない。ある意味本望と言えば本望だが。
しかしそんな物を見つめて、彼は何をしているのだろう。
視線をちょっと動かせば、茶色がかった髪が右に傾くところだった。
どうやら首を傾げているらしい。
前髪の隙間から覗く鋭い瞳は、いつものように自分の考えに沈んでいるようだった。
溜まらなくなって杉原は声を掛ける。
「何、してるの?―――不破君。」
その声にやっと、不破は顔を上げた。
突然現れた杉原に大して驚きもせず、彼はパシパシと何度か瞬いた後―――もしかしたらこれが不破最大限の驚き方なのかも知れないが―――ゆっくりと視線を杉原に固定してポツリと呟いた。
「考えている。」
簡潔な答え。
無駄を嫌う彼らしいと言えば彼らしいけれど。
「……?何を考えているの?」
それだけで杉原に伝わるはずもなかった。
首を傾げる杉原に、不破は、しかし逆に質問をする。
「お前はこのプログラムに乗っているのか?」
ダイレクトな質問にちょっと笑って、杉原は首を振った。
その気なら会った時点で声を掛けずに殺しているよ、と付け加えて。
事実、杉原が見つけたとき不破は彼にまったく気付きもしなかった。
注意深い彼らしくないけれど、それだけ考えに没頭していたと言うことだろう。
ふむ、と不破が頷く。
「成る程。一理ある。」
相変わらずの無表情は何を考えているのか分からない。
くすりと苦笑を漏らした杉原を見咎めて、不破は眉間に少し皺を寄せた。
「何がおかしいのだ?」
「ああ、気を悪くしたならごめんね。ただすごく不破君だなァって思ったから。」
そう言って笑う。
珍しい物を見るように不破が杉原を凝視していたが、そんなことはどうでも良かった。
少し会っていなかっただけなのに、ひどく懐かしい。
そんな想いが杉原の胸に去来していたことにも気付かない。
(馬鹿みたい。小堤くんの怪我で不破君が緊急召集されたときも、こんな事思わなかったのに。)
それだけ自分は弱っているのだろうか?
自分が気付かないだけで。
笑みを絶やさない杉原から、不破は諦めたように視線を外した。
元々何を考えているか分からない男だ。
今この状況で相手の考えを理解しようと言う方が無理な話だろう。
奇しくも、2人の考えていることは似通っていたのである。
「それで不破君はサッカーボール眺めて何していたの?」
不破の向かい側に腰を掛けながら、笑顔のポーカーフェイスは崩さないまま、杉原が尋ねる。
膝に乗せた球体をポム、と一回叩いてから、不破は何でもないことのように呟いた。
「これで、人を殺せるものかと考えていた。」
杉原が一瞬身体を強張らせたのが分かる。
物騒なことを言っているのが自分でも分かっていたが、それが事実なのだからしょうがない。
「万が一、殺せるとしても、それを自分が実行できるのか、それも考えていた。」
こっちの方が難問だ。
そう言ってまた首を傾げる。
今度は杉原の身体から力が抜けていく。
全く、驚かせないで欲しいものだ。
「不破君はこのプログラムに乗ってるの?―――乗る気、なの?」
これからのことも含めての答えを、杉原は要求してくる。
不破は考えた。
これから、自分はどうにかして生き延びようとするのだろうか。
人を、友達と呼ばれる部類の人間を殺してまで。
残るのは1人で、他は死ぬ。
その最後の1人に自分はなりたいのだろうか。
1人に。
「乗らない。はず、だ。」
不破にしては微妙な答え。
その答えの中に彼の動揺を見て、杉原は少し笑む。
淡々としている会話だったが、だからこそ、相手の本音が見えた気がして嬉しかった。
嘘だったら見破れる。そんな自信が杉原にはあったのだ。
ひゅう、と冷たい風が2人の間を横切る。
その冷たさに、不破が顔を顰めた。
何とも言えない、居心地の悪い風だ。鋭利な雰囲気を携えて、この島を我が物顔で闊歩している。
ふと、杉原が思い付いて、鞄に手を掛けた。
今更武器を出すでもないだろう、と考えて、不破は下手に動かず、視線を杉原の行動に定める。
鞄の中から出てきたのは淡い緑色をした水筒。
「寒いよね。さっき民家であったかいお茶を煎れてきたんだ。一緒に飲まない?」
にこり。
笑って杉原は不破に答えを促す。
別段断る理由もない。不破はこっくりと頷いた。
「緑茶なんだけど、飲めなくはないよね?本当は烏龍茶とか飲みたかったんだけど、あいにく茶葉が無くて。」
コポコポと紙コップに注がれる水筒と似たような色をした液体は、白い湯気を発している。
どうやら民家でお茶と一緒に紙コップも失敬してきたらしい。実に杉原らしく抜け目のないことだ。
8分目ほど注いだ所で、そのコップを不破に渡す。
受け取ったのを確認して、自分の分も注ぎ始めた。
口を付けると、緑茶独特の苦みが口内に広がる。
不快に感じることはなかったが、不破が普段飲んでいるものとは少々味が違うようだ。
茶にこだわりがあるわけではないので、深くは分からないが。
今度茶についても研究してみようかと、頭の端で考えた。
今度、があればの話だけど。
「不破君はさ、他の参加者の中で誰が信用できると思う?」
突然、杉原が無遠慮に質問をぶつけてくる。
パチクリ、と瞳を瞬かせた後、不破はうぬ、と苦しげに呻いた。
「風祭。……悪いが他の奴は信用に値しない。材料が少なすぎる。」
真摯な答えに、杉原は笑みを深くする。
同感、と呟くように言葉を吐き出して、手の中にある紙コップをぎゅうと握りしめた。
手から伝わる暖かさが心地良い。
「僕も、カザ君は信用できると思う。…本当は小岩くんもそうだと思っていたんだけど、ね。」
淋しげに瞳を伏せると、それに倣って不破も俯いた。
小岩は先程の放送で名前を呼ばれてしまっている。
―――もう、この世にはいない。
何となく気まずい雰囲気が2人を包む。
不破が、ごくりとお茶を飲み下す音がいやに響いた。
「とにかく、カザ君を捜そう。全てはそれからだね。」
そこまで風祭に依存していいものかと、不破は渋ったが、杉原は助け合ってこそ友達だよ、とやんわりと諭した。
友情、最近まで不破には理解できなかった感情だ。
それを教えてくれたのは、風祭。
彼と知り合うことで、自分の世界はどんどん開けていった。
目も眩むようなスピードに迷いそうになる自分を、彼はその優しい笑顔と共に導いてくれたのだと、不破は思っていた。
しかし、風祭に感じるのは友情とはもっと別の―――母性、だろうか。
いつだったか藤村(桜上水での頃なので、佐藤と言っても差し障りはないだろうが)に「不破はひよこみたいやなぁ」と揶揄して笑われたことがあったが、今思えばそれも否定しきれないのかもしれない。
風祭のやることなすことに興味が沸く。
それを自分にも出来るのだろうか、と考えてしまうところに、藤村は母親の真似をする幼子を重ねたのだろう。
言い得て妙だ。
考えに沈んでしまった不破を、熱い茶をふぅふぅと冷ましながら、杉原は見つめていた。
きっと、風祭のことを考えているのだろう。
彼は一度考えに沈むとなかなか浮上してこない。
それを待つことにした。
時間は、まだたくさんある。
「……怠い。」
時間は余り経たなかったように思う。
不破がふいにそう呟いた。
黒目がちな瞳が揺らいでいる。
「夜ちゃんと寝た?その様子じゃろくに寝てないんでしょ。僕が見張りしてるから少し眠ると良いよ。何かあったら起こすから。」
杉原の申し出は不破にとって有り難い物だったので、素直に従うことにする。
プログラムが始まったのは夜中だったので、眠るに眠れなかったというのが実状だ。
机に突っ伏していたときは眠っていたのだろうが、強制的な睡眠は身体を安らげる術を知らなかった。
むしろ、余計に怠くなってしまったようだ。
長い東屋の椅子に、不破は緩慢な動作で横になる。
お茶を飲んでも寒さは吹き飛ばせなかったのか、ブレザーを脱いで、毛布変わりにしていた。
仰向けになり、まるで柩の中にでも入っているかのようにピンと張った背筋に、杉原は苦笑した。
礼儀正しいというか、何というか。
最後の最後まで、彼は彼らしかった。
―――そう。
最後の、最後まで。
ゆっくりと杉原が立ち上がる。
なみなみと入った自分の紙コップを、注意深く木のテーブルに置いて。
瞳を固く閉じた不破の口付近に手を当ててみる。
空気の流れを感じないことに安堵して、次に胸で組まれている腕を解いて脈を診る。
とくり、とも動かない。
心臓に手を当ててみるが、いつも行われているような上下の運動はなかった。
それを確認した後、杉原はまた不破の手を胸の上で組ませて、上からブレザーを掛ける。
眠っているようだった。
疲れ切って、眠っているようだった。
しかし、彼の瞳は二度と開かれることはない。
「おやすみ、……不破君。」
―――それと、ごめんね。
木のテーブルには紙コップが二つ。
空っぽのそれと、まだお茶がたっぷり入ってるそれ。
入っている方を杉原は持ち上げて、ゆっくりと中身を地面に零した。
元々雨に濡れていた地面に、ボタボタと零された液体が跳ねながら広がっていく。
薄い緑の染みがドンドンと地面に染みこまれていく様を、些か、焦点の合わない瞳で見つめていた。
血もない。涙もない。そんなお別れ。
横たわっているのは穏やかな空気だけ。
杉原は先程いた椅子に座って、鞄の中から透明の小瓶を取り出す。
綺麗に張られたラベルには「毒人参」と書かれていた。
昔、哲学者が自殺するのに用いた、毒植物。
不破に突然、緩やかに、静かに、確実に訪れた死は、目に見えない毒によってもたらされていたのだ。
杉原は飲まず、不破は飲んだ、その緑茶の中に毒人参は含まれていた。
罪悪感は沸かなかった。
これはフィクションでもなく、実際に起こっていることなんだから。
殺さなければ、殺される。
そんな簡単なことに気付けずにいた杉原を、殺人に駆り立てたのは近しい友人の死。
彼が死んだ事実が、杉原に現実を突き付けた。
何を迷っている、と。迷っている内に殺されたらどうする、と。
その事に気付ければ、後は簡単だった。
ルールに従う、良い子を演じればいい。
笑顔のポーカーフェイスで相手を騙せばいい。
そして、研ぎ澄まされた感覚で、相手の殺意を見破ればいいのだ。
至極単純なことだった。
「信用に値する人間なんて、僕にはいないよ。」
動かなくなった不破に語りかける自分を滑稽に思いながらも、杉原は言葉を連ねることをやめようとしなかった。
「信じてみたい人間は、いるけどね?」
浮かんだ笑顔はフェイクなのか。
形作った本人にも、それを判断することはできなかった。
出席番号27番 不破大地 死亡
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