11:微笑の思惑

 
 

 

足がガクガクと震える。
降り始めた雨のせいなどではないことを本人が一番良く知っていた。
武者震いなどと言う大層な物でもないことも。

 

―――怖い。

 

 

逃げるようにあの廃校を飛び出してから、かなりの時間が経った。
経ったと信じたかっただけかも知れないが。
先程一回目の放送があったので、優に6時間は経過してるのだと、支給された時計を見なくても判断できる。
その放送で呼ばれたのは5人。
たった6時間の間に5人もの人間が死んでしまったのだ。

(信じたくねぇ…。)

心の中でそう零して、小岩は強くなりだした雨を避けるために木陰に入った。 

 

廃校を出てから誰にも会わなかった。
生きてる人間にも、死んでる人間にも。
もしかしたら自分だけ残して他の人達は引き上げてしまったんじゃないかと疑ったりもしたものだが、先程の放送を聞く限りではそれもないらしい。
溜息を付く。
もしかしたら、自分一人で残された方が幾分マシだったかも知れない。
殺されるかもしれないと言う心配が消え去るから。
そう思ってハッとする。

(何言ってンだ…馬鹿らしい。)

ふいに教室を出るときに見せた、杉原の笑顔が脳裏に浮かんだ。
恐怖で自分の身体さえコントロールし切れていなかった小岩を勇気づけたのは、いつもと変わらない
―――もしかしたらいつもよりも優しい―――杉原の笑顔だったのだ。
安堵したのを覚えている。
余計に入っていた肩の力がスゥッと抜けていったのを、小岩はあの時実感していた。

(そうだ、タッキーだって風祭だっている。それに光っくんだっているんだ。)

自分はひとりじゃない。
その事実はなけなしの勇気を奮い立たせるのに充分すぎるほどで。
ギュッと両の拳を握りしめる。
探そう。
自分だってこんなに心細いんだ、他の奴等だって淋しいに決まってる。

 

風祭は誰かと合流してるかも知れない。彼を殺そうとする人間なんてほんの一握りもいるかいないか、そんなところだろう。
信頼がある。好かれている。
―――放っておけない。
きっと自分が探さなくても、彼は、たとえ1人だったとしても大丈夫だという確信があった。
何故、と聞かれても良く分からないけれど。
あの、意志の強い瞳がそう思わせているのかも知れない。
風祭はきっと大丈夫だと。

杉原はどうだろう。
いつもの通りに飄々と森の中を散歩でもするかの如く歩いているのかも知れない。
それでも殺されるイメージは沸かない。
不謹慎だが、彼はどちらかというと被害者と言うよりも加害者と言った印象を受けてしまう。
本人に言ったら、それこそ埋められてしまいそうだが。
ポーカーフェイスに隠された本心を、小岩は掴み切れてなかった。
でも、心配は心配だ。
風祭よりは敵が多そうな気がする。カンだけど。
それでもそんな敵を彼は返り討ちにしてそうだ。
…駄目だ、どうも強いイメージしかない。

そんな中で小岩が今一番会いたいと思うのは、東京選抜で仲良くしてるその2人ではなく、幼なじみで今は東北選抜にいる日生だった。
先程の放送で同じ東北選抜の阿部が呼ばれてしまっている。
東北選抜から選ばれたのは阿部と日生だけだったから、彼は今、1人で孤独に震えているのではないだろうか。
杉原と同じく、小岩にとって強いイメージしかない日生は震えているなんて事ないかもしれないけれど。
それでもそばにいたかった。
涼しい顔をして、内心不安で溜まらないのではないかと勝手に邪推してしまう。
阿部が死んだ今、彼の知り合いは自分しかいない。
大きなお世話だと日生は怒るかもしれないけれど、それでも会いたかった。

 

ただ、自分が安心したいだけかも知れない。
それも承知の上で、日生を見つけたかったのだ。

 

雨が酷くなってきた。

傘なんて物は支給品の中には入っていない。
自分も天気予報なんて気にしてなかったから、折りたたみ傘を用意しているはずもなかった。
このままでは濡れて風邪を引いてしまう。
いつだったか杉原にそう零したら「小岩くんでも風邪引くの?」などと心底驚いたという風に目を丸くして言われてしまったことがあった。
その時は「?」と疑問符を飛ばすだけだったが、後々考えてみれば何て失礼極まりないことを言われてしまったんだろうと思う。
馬鹿って言われているのも同然だ。
こんな風に時間差を置いて怒り出すから、杉原に笑われてしまうのだろうけど。
とにかく、雨宿りのできるところに行きたかった。
木の下というのはあまり雨宿りとしての機能は果たせないものだ。
雫がポツリポツリとさっきから頭に直撃している。
意を決して、小岩は雨の中を全速力で走り出した。

 

「あ。」

走り出して間もなく、小岩は前方に人影を発見した。
サッと身を隠す。
乗り気の人間だったら、見つかったら間違いなく殺されてしまう。
自分は人を殺すことなどできないと分かっているから。
たとえ支給武器が何であろうとも。

こっそりと気の影から頭を半分ほど出して、その人物を伺う。
こんな雨の中なのに、急ぐこともせずゆったりと歩いている。
(なにしてんだ、風邪ひいちまうぞ。)
自分が置かれている状況も忘れて相手の心配をしてしまう小岩。
……人が良い。
ふいに、その人物が前髪にかかった雨を払いのけるために横を向いた。
その横顔に小岩は短く声を発する。

「光っくん!!」

確かにその横顔は小岩の良く知る日生光宏―――彼の物だった。

 

 

「小鉄!!」

一瞬声に驚いて険しい顔をしていた日生だが、小岩の姿を認めるとパッと表情を輝かせた。
つり上がり気味の瞳が、嬉しそうに見開かれる。
ほころんだ口元を見て、小岩は(やっぱり光っくんも心細かったんだ)と、自分の考えが間違っていなかったことを確認した。

「本当に小鉄だよな?こんな状況で会えるなんてラッキーとしか言いようがないぜ!」

破顔したまま日生は小岩の手を取る。
ブンブンと上下に振って、その喜びをどうにか小岩に伝えようとした。
力一杯にやられて、よろけそうになった小岩だが、どうにか踏み止まってお返しとばかりに日生の腕を上下に振る。
しばらく笑顔の応酬を交わしていた2人だったが、ふいに日生が悲しく笑んだ。

「実を言うとさ……小太郎死んじまって、どうしようかと思ってたんだ。ほら、俺この中に知り合いいないじゃん?小鉄くらいしかいなかったし…。小鉄は東京選抜の奴等と一緒にいるもんだと思っていたから、諦めかけてたんだ。こんな状況で俺の事良く知らない奴等が受け入れてくれるとも考えにくかったしさ。―――でも本当、小鉄に会えて良かった!」

思わず目頭が熱くなる。
日生がこんなに自分のことを頼りにしてくれているなんて、思っても見なかった。
いつもいつも1人で何でもやってのけてしまう日生だから。
自分がいなくても大丈夫なんだと心の底では思ってしまっていた。
そんな自分が恥ずかしいと同時に、嬉しさで胸がいっぱいになる。
頼りにされるって、何だかくすぐったいものだな。
ニカッと笑ってみせる小岩に、日生もまたニッコリと笑い返したのだった。 

 

少し談笑しながら山道を歩くと、東屋が見えてきた。
あそこなら雨もしのげるだろうと言うことで2人は腰を下ろす。
中は湿っぽくなっていたものの、充分に雨、ついでに風もしのげた。
濡れてしまったブレザーを各々はたく。
雫が飛んで少し冷たかった。

「あれ。」

日生の腰にある物を見つけて、小岩が呟く。
それに気付いて、日生が「ああ」とそれをベルトから外した。

「コレ、GLOCKって言う銃なんだって。支給武器。やっぱり丸腰で歩くのちょっと怖いからさ、護身用にな。」

悪戯っぽく笑って日生はまたGLOCKをベルトに挟み込む。
あまりにも無造作に行われた動作に、小岩は面食らってしまった。
(暴発とかしねーのかな…。)
マジマジと眺めていると、その様子に日生がプ、と吹きだした。
「ヘーキだって!そんなに簡単に弾丸が飛び出てくるワケないじゃん。小鉄は心配性だな〜。」
ケラケラと笑う。
笑われて、小岩は少々憮然としてしまった。
(心配してんのに……相変わらずだ。)
いつもと変わらない日生。
怒りはとけて、少しホッとしてしまう。
肝が据わっているというのか
―――もうこの状況にビクビクと怯えているだけではない、そんな気がする。
自分と会うまでは本当に怯えていたのだろうか。それすらも怪しいくらいに日生は明るかった。
―――自分と会ったから明るくなれた、と言うのだったら嬉しいけれど。

 

―――さて、そろそろ行こうか。」

 

行くと言っても何処に当てがあるわけでもないが、雨が小降りになった今の内に灯台辺りまで移動したいと日生が言いながら立ち上がった。
あそこなら雨に濡れる心配もないし、高いところから周りを見渡せるから、安全度は高いんじゃないかとは日生の弁だ。
彼は乾き始めたブレザーを颯爽と羽織る。今までむき出しになっていた銃が隠れた。
するとそれに倣って、小岩も慌てて身支度を整える。
ブレザーはまだ湿っぽかったが、春先の雨はシャツ一枚でいるには少し寒くて。
張り付く感触に眉を顰めながらも、小岩はしっかりとブレザーを着込んだ。
今まで飲んでいた飲料水を鞄の中に詰め込んで、立ち上がる。
それを見て日生は不敵に笑った。

「よし、じゃ、距離もそんなに無いし、灯台まで競争しようぜ。」

「は?」

微笑みと共に紡がれた言葉に小岩は一瞬我が耳を疑う。
日生はもう一度、先程と同じ言葉を繰り返した。
何度聞いても、彼は競争しようと言ってるようにしか聞こえない。
―――この状況で競争?

「危なくねぇか…?わき目もふらず走ってたら途中で誰かに狙われるかもしれないし…。」

乗り気でない小岩(当たり前だ)に、日生はフッと小馬鹿にしたように笑む。

「何だ小鉄。俺に負けるのが怖いの?」

余裕すら浮かべて、ニヤニヤと笑う日生。
生来負けず嫌いの小岩だ。
この言葉に黙っているはずがなかった。

「な…ッ!!そんなワケねーだろ!うっしゃ、勝負してやる!!」

「そうこなくっちゃ!」

綺麗に挑発に乗った小岩を、日生は満足そうに眺める。
勝利を確信した笑みで。
馬鹿にされたような気がして、小岩はますます怒りを募らせた。

「み……!」

「ほーら、行くぞ。よーいドン!」

文句を言おうとする小岩を遮って、日生はさっさと走り出す。
それを慌てて小岩が追う。
足の速さは五分と五分。
障害物を避けるテクニックが物を言うことになるだろう。
するりするりと木々の間をぬっていく日生とは対照的に、小岩はスピードに乗りすぎては木にぶつかりそうになったり、ぬかるんだ地面に足を取られて転びそうになったりと危なっかしいことこの上ない。いっぱいいっぱいだ。
逆に日生は時々後ろを伺う余裕すら見せる。
その度に小岩が転けそうになる現場に遭遇して、楽しそうに含み笑った。

(小鉄、足は早くなったけどテクニックはまだまだだな。―――これは、やっぱり俺の勝ちかな。)

必死に走る小岩の姿は大好きだけど。
勝負にはいつだって勝者と敗者がいるものだ。

走っている間に肩からずれてしまった鞄を掛け直して、日生は更にスピードを上げた。

 

灯台はもう、目の前だ。

 

 

「ターッチ!俺の勝ちィ!!」

灯台の白い壁にパシンと手を突いて、日生が振り返って笑う。
汗と雨のせいで、額に前髪が張り付いてしまい、鎖骨辺りに汗が溜まって気持ちが悪いが、それよりも勝負に勝った爽快さの方が勝っていた。
久しぶりに走ることだけに集中できたので、随分と楽しかったようだ。
逆に肩で息をしながら森から出てきた小岩は悔しそうに表情を歪めている。

「くっそー!また光っくんに勝てなかった!」

ダン!と地団駄を踏んで悔しがる小岩を、ニコニコと日生は見つめる。
ややあって、日生が口を開いた。

 

―――これで俺の勝ち越しだね。」

 

うっすらと浮かぶ笑みに、小岩が強気に反論する。

「すぐに勝ってやる!今度は正々堂々障害物のないところで―――

オーバーリアクションでそう叫ぶ小岩に、日生はゆるゆると首を横に振った。
伏せていた瞳を開き、しっかりと小岩を見据えて、彼は笑う。

 

「ああ、駄目だって小鉄。これが最後の勝負だったんだから。」

 

言いながら腰に手を当てる。
硬い感触にほくそ笑んで。

 

「最後?」

 

きょとんとして言う小岩に、今度は苦笑を返す。

 

「うん、最後。」

 

地面をしっかりと踏みしめて、彼は腰から銃を抜き出し、構える。
照準は小岩にピタリと当てられていた。
両手で支えたGLOCKは、雲の間から申し訳なさ程度に漏れた陽光が反射して、僅かな輝きを放っている。
金属的な鋭利な光が、淡く和らいで綺麗だった。

小岩はその光景を見ても動かなかった。動けなかった。
間違いなくその銃は自分を殺そうと、こちらを向いているのに。
ダラダラと流れる汗は冷や汗などではなくて。
ただの全力疾走の産物で。
死の恐怖なんて微塵も沸かない。
それは銃を持っているのが日生だからなのか、それとも彼が優しく笑んでいるからなのか。
どちらでもあるような。どちらでもないような。

裏切られたとは思えなかった。
日生はいつも掴み所が無くて、彼の本心は見えたと思ってもすぐに隠れてしまう。隠されてしまう。
突発的な行動に不快感を催すことなど無くて。
ああ、だからなのか。
今、この状況に、不思議と心がざわめかないのは。

 

「光っくん……。」 

  

本当に呟いただけだった。
だから感情なんて、込める余裕もなかった。
それに日生はやんわりとした笑顔で返す。

 

「バイバイ、小鉄。」

 

壮絶なまでに綺麗な笑みを浮かべて。彼は何の躊躇いもなく引き金を引いた。

 

 

  

出席番号10番 小岩鉄平 死亡 

《残り ― 25人》

 

 

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