28:聡明な友人

 

 

「また3人揃ってレギュラーだな!」

 

明るい声に似つかわしい笑顔を浮かべて、若菜は親友2人に振り返った。

 

「おう。」

 

短く素っ気無い返事をするのは、真田。
内心嬉しいのとホッとした気持ちがあるのが明らかなのは、少し彼と親しくしていれば自然と分かること。

 

「当然でしょ。」

 

不敵な笑みを浮かべて答えるのは、郭。
自信に満ち溢れている彼には、不要の言葉だったようだ。

 

「んじゃま、この後はお祝い会と洒落込みますか!いつものマックで良いよな。」

てきぱきと帰り支度を整えながら提案する若菜に、2人もこくりと頷いた。
要領のいい郭と少し不器用な真田。
どちらも若菜にとって初めて出来た『親友』とまで言える友達。
学校は違うけれど、クラスメイトよりも自分を曝け出せる。
それは郭も真田もそうなのだろうと思う。
勝手な思い込みなんかじゃない、確信があった。

 

「さ、行くか。」

 

これからも、ずっと先も。
3人で一緒に歩いていけると疑いもしなかった。
それが事実で、他の未来なんてないと思っていたから。
いつかはプロチームで活躍して、全日本に召集されて、そこでまたあの台詞を言うんだと思っていた。

 

『また3人揃ってレギュラーだな!』

 

 

 

 

 

「…と、……うと。」

  

静かな風景に酷く馴染んだ、落ち着いた声。
声の主は、細く長い指で倒れている友人の頬を何度か叩いた。
ぱしん、と響く音は、どこか冷たい。

 

「結人。」

 

「……。」

 

ぼんやりと目を開けた若菜は、目の前に広がるくすんだ茶色と緑に次第に焦点を合わせる。
それが泥と草だと理解するのに、少し時間が掛かった。
力を入れて、重い身体を起こす。
そうすると見えてくるのは背景に暗い森を背負った、見覚えのある人物。

 

「……英士?」

「他の誰に見えると言うの?」

 

辛辣な物言いは相変わらず。
表情もいつもと変わりなくて、若菜は一瞬、自分が今何処にいるのかを忘れる。
何をさせられているのかを、ほんの一瞬だけ忘れた。

でも、それは。

ほんの一瞬。

 

「…無事、だったんだな。英士。」

若菜は安心したように笑いながら、背中に刺さった矢をゆっくりと抜き始める。
1本、2本と次々と矢を抜いていく若菜を面白そうに眺めながら、郭は「当然でしょ」と口の端で笑った。

「結人こそ、そんなに矢を突き立てて倒れているものだから、死んでるのかと思ったよ。」

全部の矢を抜き終わって、ふぅと溜息をついた若菜に郭は興味深げに聞く。
俺も死んだかと思った、と人懐こい笑みを浮かべて、若菜はシャツのボタンに手を掛ける。

 

「“これ”のおかげで、無傷で済んだけどな。」

 

そう言った若菜のシャツの下から出てきたのは、防弾チョッキ。
マグナムの弾丸さえも止めてしまうと言う優れもの―――らしい。説明書を読んだが若菜にはよく分からなかった。
杉原の放った矢は、全て若菜の背に刺さり、それは防弾チョッキを直撃していた。
若菜が気絶したのは、その衝撃に耐え切れなかったからだ。
事切れたわけではなかった。

「本当に助かった…。」

もうあんな恐怖ご免だと、渋い顔で若菜は呟く。
人の殺気があんなに心臓に悪いものだとは思わなかった。
つくづく自分は平穏な暮らしをしてきたものだと、けれどそれが一番なのに、と切なく思った。
こんな死線を潜り抜けて、一体自分は何になれると言うのだろう。

そう言えば。

郭はここにいるけれど、真田の姿が見つからない。
別行動だったのだろうか…。
少し残念に思って、若菜は顔を上げる。

 

「英士、一馬とは会ってないのか?」

 

その言葉に郭は首を動かした。
……縦に。

 

「会ったよ?」

 

だから何?

 

どこか上機嫌の郭に、若菜は絶句する。
会ったのに行動を共にしていないなんて、おかしいじゃないか。
どうして?

 

「どうして、一緒に来なかったんだ?」

 

疑問に思ったから素直に尋ねる。
薄い笑顔に杉原の時と同じような恐怖を感じながら、そんな訳があるはずない、と思い浮かんだ考えをすぐに却下した。

まさか英士が。

一馬に危害を加えるなんて、ある訳がない。

 

「…遠回りは嫌いだから、素直に言うけど。」

 

一呼吸。

 

「足手纏いだったんだ。」

 

鬱陶しげに呟いて、郭は若菜の反応を見守る。
言葉の端々に込めた本気に、悪戯に、気付くだろうか。
普段愚鈍な振りをしている賢い友人だからこそ、仕掛けたくなった罠。
気付かなければ、自分は相手を買い被っていただけなのだ。
消去法で親友を決めていただけ。ただ、それだけ。

果たして若菜は、表情を崩して―――笑った。

 

「…一馬、やっぱり怯えてたんだ?」

 

その様子が目に浮かぶ、と若菜は朗らかな笑い声を立てる。

 

「どうして、そう思う?」

 

まだ、分からない。
はまった?はまらなかった?
判断するにはまだ、早い。

 

「だって英士、誰か殺しちゃったんじゃないの?一馬と一緒にいた奴。それも一馬の目の前で。」

 

鈍い光が若菜の眼光に光っているのを、郭は注意深く観察していた。

 

「だから、怯えて腰抜かしたんじゃん?」

「それじゃあ、連れて来れないだろ。英士はどうも乗ってるみたいだし?」

 

「……。」

 

どうやら、郭の罠にはまらなかったらしい。
自分の審美眼が間違っていなかったことに、郭はこっそりと微笑んだ。
予想以上に読まれていた。
さすが、と舌を巻く。

 

「よくそこまで分かったね?」

 

「ああ、だって、英士気付いてないかもしれないけど。」

「血の匂いがするぜ?」

「英士が一馬を殺すわけないって、そこは信じてるんだ。」

「てことは、答えはひとつじゃん?」

 

にっかと歯を見せて笑った若菜に、郭は心底おかしそうに笑った。

 

「本当にさすがとしか言いようがないね。さっきまで恐怖で落ち込んでいたくせに。」

 

郭の皮肉に、若菜はほっとけ、と不貞腐れる。
死の恐怖に怯えていたのは事実。
自分の目の前に突然現れた死の実感に、対応することも出来ずにただ逃げた。
それまではきっと心のどこかで大丈夫だと、無責任に思い込んでいたのだ。
自分は殺されるわけがない、死ぬわけがない、殺人鬼に当たるわけがない―――
杉原の件は、若菜にその認識を覆させ、現実を突きつけた。
その点では感謝しなくてはいけない。

「あんな奴に感謝なんてもったいない。しなくて良いよ。」

郭の言葉には杉原に対する嫌悪があからさまに現れていて、若菜はおかしくなった。

 

「で、どうする?」

一頻り和んだ後、若菜は郭に尋ねる。
一緒に行くか、それとも個々に行動するか。
郭の答えは至極簡単なものだった。

「俺はひとりで行くよ。いくら結人でも、やっぱり足手纏いだと思う。」

ごめんね、と思ってもいない謝罪を口にする親友に、若菜は溜息をつく。
そんな表面上だけの言葉なんて要らない。

「…英士はさ、やっぱり潤を探してんの?」

ぽつんと落とした言葉は、どうやら郭の図星をついたようだった。
ああ、と短く答える郭に、そっか、と若菜も一言で答える。

「それじゃ、俺は足手纏いだな。戦闘技術、高くねーもん。ゲームだったら負けない自信あんだけどさ。」

聡明な友人とは、かくもありがたいものなのか。

郭は感心したように頷く。
一馬の素直な愚かさも好きだけれど、若菜の1で10を知ろうとする頭の良さが今の状況ではありがたい。
密かに若菜の頭の良さ、というより世渡りの上手さに尊敬の念すら抱いていた郭は、自分の認めたものが本物だったことを誇りにさえ思った。

「…結人は頭が良くて助かるよ。」

本気で呟けば。

「お前が言うと唯の嫌味だってこと、忘れるなよ。」

皮肉が返ってきた。

 

 

 

「…それじゃ、俺は行くよ。一馬に会ったらあの時は驚かせて悪かったって言っておいて。」

ぱんぱんとズボンに付いた泥を払いながら立ち上がってそう言った郭に、若菜はべ、と舌を出す。

「そんなの自分で言いな。俺はヤダよ、一馬がまたヘタレるもん。」

冗談と本気が混ざった物言いに、清々しささえ覚える。
もう少し雑談に興じていたい気もするが、タイムリミットは刻々と迫っている。
李に会わないで終わるわけにはいかない。

 

「結人も、頑張って。」

 

「俺は乗らないって。武器ないし。それに、死ぬのヤだけど殺すのもヤ。」

 

「…相変わらず我侭だね。」

 

「英士ほどじゃないって思ってるけど?」

 

「素敵な皮肉をありがとう。…じゃ。」

 

「あ、待った。英士お前誰殺したんだ?そう言えば聞いてなかったよな?」

 

「……水野。」

 

「……お前らしい。ていうか水野と一馬が一緒に行動していたって事実の方が驚きなんだけど。」

 

「ヘタレ同士で気があったんじゃないの?」

 

「毒舌絶好調ってか。」

 

「結人ほどでもないかもね?……結人は、誰か探してるの?」

 

「一馬。」

 

「…と?」

 

「ふはは、やっぱり英士には隠し事できねぇか。……風祭。」

 

「どうして一馬も結人も風祭が好きなんだろうね。不思議でならないけど。」

 

「とか言って、英士だって気に入ってるじゃんか。俺の目は節穴じゃないぜ〜。」

 

「さあ、どうだろうね。」

 

 

草を掻き分けて闇に消えていく郭の後ろ姿を見ながら、若菜はふっと口元を歪める。
こんな状況で、あんな会話を楽しめるなんて思いも寄らなかった。
自分は意外に追い詰められたら強いタイプなのかも?
それはそれで、好都合。
そんなことを思って、若菜も立ち上がる。
まずは自分のカバンを拾わなくては。
杉原から逃げる時に放り投げてしまったような気がする。
近くにあるだろうから、すぐ見つかるだろうと若菜は草を踏みしめて進んだ。

途中で天城の遺体に出会う。

けれど、初見の時よりも衝撃は少なかった。

  

(慣れれば、こんなもん、とか思えるのかな?)

  

うえ、それも嫌だなァ。

我侭な感想を抱いて、若菜は進む。
カバンを見つけて、拾って、肩に掛けて。
防弾チョッキが外から見えないように、制服を軽く直して。

  

行こう。

探し人を見つけに。

 

目に映る景色は暗闇だけど、若菜の心は何故か晴々としていた。

 

 
 

   

   

  

 

  

  

  

  

  

《残り ― 12人》

  

  

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