+ Eifersucht +  act:7 皇帝【歪曲微笑

 
 

全てが欲しかった。

 

 

――― 聞き間違い、か?

 

涙を瞳に溜めたままの若林が呟いたのは、どうにも自分に都合が良すぎる言葉。
胸の痛みが悪化して、ついに幻聴まで聞こえるようになったのかと思ってしまう。
だって、おかしいだろう。
あの若林が、好き、なんて言葉を発するなんて。

 

俺はきっと、起きたまま夢を見ている。

 

 

しかし。

 

目の前に広がる光景が、あまりにも現実味を帯び過ぎていて、夢なのだと割り切れない。

 

何を、期待しているんだ。

 

手に入らないのだから忘れてしまえ。

 

彼の笑顔も、温もりも、心地良さも。

 

――― 全て。

 

 

そう。

 

 

今感じている、左腕の痛みさえも。

 

 

 

「若林。」

 

遠慮がちに名を呼ぶ。
自分の声なのに、空々しいのが可笑しかった。

ワカバヤシ――― もう、呼び慣れた名だ。

3年間、呼ばない日はないんじゃないかと思うくらいに、俺は彼の名前を紡ぎ続けた。
しかし、若林が連ねたのは俺の名前なんかじゃなく。
遠い異国の、大切な友人の名前。
聞き慣れない発音に嫌悪感を抑えきれず、何度その喉を潰してやろうかと思ったか。

 

醜い嫉妬は。

日々積もっていった。

 

何故、俺の名を呼ばない?
何故、そんなに故郷に執着する。
何故、翼のことを話している時のお前は、そんなに優しい表情を称えているんだ?

 

何故。

 

……答えなど、ある筈がない。

そこに横たわるのは事実だけ。
若林が翼のことを本当に好きなのだと言う、揺るぎ様のない真実だけ。
ホームシックとも違う、憂いを称えた寂しげな表情に、翼への嫉妬心は留まることを知らなかった。

 

 

自分の想いを自覚してから。

燻る想いを抱えて。

眠れない夜を、一体幾つ越えただろう。

 

 

 

「…同情なら、それは俺への最大の侮辱だ。」

 

柄にもなく震えた声が、自分の喉を通って外に出た。
侮辱されたなどと、思うはずがない。
あわよくば、このまま手に入れてしまおうとする自分だって確かに存在しているのだから。
けれど、それは若林が知らなくて良い事だ。
優し過ぎる彼に、同情なんて陳腐な感情を与えてしまった俺が、一番、若林を侮辱している。
いっそ、消えてなくなってしまいたい。

 

けれど、若林は首を振る。

 

「ちが…。同情なんて、安っぽいもんじゃねぇ…。」

 

涙声は、心をざわつかせる。
若林が目の端にほんのりと浮かべた朱に、頭は思考能力を失いつつあった。
罪悪感を乗せた瞳と、ぎゅっと寄せられた眉。
本音しか語らない、頑固な唇。
焦がれて、諦めて。
それを何度繰り返してきたのだろう。
気の遠くなるような時間は、今、報われようとしているのだろうか?

 

「若林。」

 

もう一度、呼ぶ。

今度は、微かに色を添えて。

 

返ってきたのは。

 

言葉じゃなく、息苦しいくらいの抱擁だった。

 

 

 

「ッ悪ィ……ッ!」

 

 

 

さっきとは逆に、今度は俺が若林に抱き締められる形になる。
動いた反動で、若林の被っていた帽子が地上に落ちた。
それを目で追いながら、今の自分の状況を考える。
なんだろうな?
突飛過ぎて、感情が付いていかない。
与えられる熱が、辛うじて俺を現実に引きとめているだけ。
耳に届く吐息は、あまりに至近距離で。
触れる頬は、涙で湿っていた。

 

思わず唇を噛み締める。

 

きっと、まだ泣いてる。
いつもは通っている声が、くぐもって。
気丈な雰囲気は、欠片もなかった。

泣いてる。

泣かせているのは。

 

 

――― 俺。

 

 

はた、と突然気付く。

なんて歪んだ満足感。

いつも泣けない若林が、ひたすら、泣いている。

傷付けているのだとしても。

 

口の端が変に笑みを象る。

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間の若林は、確かに俺のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

結局。

 

 

 

 

忘れられるはずも。

 

 

 

 

諦められるはずも。

 

 

 

 

なかった。

 

 

 

 

「何を、謝る。」

 

さりげなく若林の背中に腕を回しながら、少し緊張した声で問う。
若林はもう一度、ゴメン、と呟いた。
遅くて、ゴメン、と。

 

 

「鈍いにも程があるって……自分でも、思う。」

 

 

ぎゅ、と込められる力は、愛しさを募らせるだけだった。

 

 

「何で、ずっと、気付かなかったんだろう。」

 

 

戸惑いながら、それでも、一生懸命何かを伝えようとする若林が、泣きたい位にいじらしくて。

 

 

「俺はもう、きっと、ずっと前から―――――― 

 

 

 

 

その言葉を聞き終わらない内に。

 

 

 

俺は若林の唇を塞いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 NEXT......

 


ハッピーエンドに向かいつつ。
あともう少し、お付き合い下さいませ。