+ Eifersucht +  act:8 SGGK【破顔一笑

 
 

こんなに簡単なことだったのか。

 

 

一瞬で離れた熱を、失いたくないと思った。

 

 

「……いつから?」

 

じっと目を見つめて言葉足らずだろう質問を口にすれば、シュナイダーは質問の意味を性格に汲み取って、ふと目を伏せる。
そんなに、言い辛いことだろうか。

 

「いつから、なんて忘れた。気付いたら目で追うほどになっていたからな。」

 

苦笑するシュナイダーは、どこか照れくさそうだった。
伝染して俺まで赤くなってしまう。
台詞自体が既に恥ずかしい。

キスをされても嫌悪感はまるでなかった。
何故かそれが自然で、当たり前のことのように思えたから。
きっと俺の顔は涙でぐちゃぐちゃだし、擦ったから目も真っ赤だろうし、お世辞にも良い顔をしてるとは思えないけれど、それでもシュナイダーはひどく優しい瞳の中に俺を映し込んでいる。
こみ上げる想いに、また、涙腺が緩んだ。

 

…知らなかった。」

 

ぽつり、と呟いた言葉はシュナイダーの言葉を差すとともに、もう一つ、たった今自分で気がついた事実を示す。

 

「俺、馬鹿みたいに泣き虫なのな?」

 

伝う涙を誤魔化すために、へへ、と笑ってやる。
するとシュナイダーは驚いた表情を象って、しかしすぐ微笑を作った。

 

「俺も知らなかった。

…自分が、こんなに意気地がなかったなんて。」

 

一人で悩んでいたのが馬鹿みたいだ、と瞳を細める。
それを言うなら俺だって。
何の為にずっとシュナイダーの想いを無視してきたのか。
今考えるとさっぱり分からない。

 

友情を壊したくなかったから?

自分を守りたかったから?

常識人でいたかったから?

 

どれも違うような気がする。
けれど一番近いのはきっと、自身の保身。
告げられることで変わる、その関係を受け入れる勇気のなかった臆病な自分を守る為。
それがシュナイダーをこんなに追い詰めるだなんて思わなかった。

 

その内、気も変わる。

勘違いだったと分かる日が来る。

 

どこかでそれを望んでいたのかもしれない。

けれど。

そうなったらやっぱり俺は傷付くんだろう。

 

昔は俺の事好きだったくせに、なんて見当違いなヤキモチを妬いていたのかもしれない。
筋違いであることを理解していながら、それでもやっぱり怒ると思う。
なんて、身勝手。

 

 

 

 

 

 

「若林。」

 

 

 

 

 

 

そう俺を呼ぶシュナイダーの瞳には、もう翳は見えない。
透明な蒼碧を、俺は久しぶりに見た気がした。
随分と傷付けていたんだな。
故意にしてることで、無意識に。
それでもシュナイダーは気持ちを変えなかった。

 

返事の代わりに、微笑う。

 

今度は抱擁が降って来た。
切羽詰った腕じゃなく包み込むようなそれに、じわりと目尻に涙が浮かぶ感覚。
ああ、まったくもって今日は弱い。
今の俺に、何を泣く必要があるのだろう。

 

シュナイダーの肩に顔を埋める。

ユニフォームに涙が滲んだ感触がしたけれど、気にしないことにした。

コイツもきっと気にしないだろう。

俺の肩も、じわりと冷たくなったから。

 

 

皇帝の涙は、彼の今までの想いを雄弁に語ってくれた。
弱みを見せないシュナイダー。
他人に興味を抱かない、冷たい皇帝。
それは間違ったイメージだったのか。
…いや、それはそれで真実だったんだろう。
ただ、気を許せるものにはまた別の顔を覗かせていたのも事実。
ふと見せる瞳の揺らめきを捉えていたのは、きっと家族以外では俺とカルツだけだった。
それなのに、俺は無知のフリでシュナイダーを追い詰めて。
今考えれば浅はかにも程がある。

少し考えれば分かることなのに。

それにすら気付けないほど、俺も必死だったと言うことだろうか。

 

正当化する言い訳を、今更考えても仕方ない。

 

 

ゴメンな、シュナイダー。」

 

背中に手を回して、ゆっくり抱き締める。
今までの彼の苦痛が少しでも緩和されることを願いながら。
すると、シュナイダーは笑ったようだった。

 

「らしくないことをするな。…笑いが止まらなくなるだろう。」

 

そう言ってくすくすと笑う。
…失礼な。

 

「らしくないのはどっちだよッ。皇帝ともあろうものが泣いてんじゃねぇよ、だらしねぇなァ。」

 

「!…泣いてなんかないぞ。」

 

「嘘付け。じゃあ、俺の肩が冷たいのは何でだ?」

 

「……黙れ。」

 

図星をつきまくったせいで、少し機嫌を損ねてしまったようだ。
本気で怒ってるわけではないことは分かってるが、それが逆に可笑しい。
何だよ、シュナイダーってこんなに面白いヤツだったっけ?

 

しばらく肩を震わせて笑う。
好きだと自覚した途端、何の遠慮もなくなってしまったのかもしれない。
もちろん、俺が今までシュナイダーへしてきた仕打ちに対しての罪悪感はまだ消えてはいない。
消してはいけないものだと思ってる。
けれど、やっぱり可笑しいんだ。

 

 

 

 

涙が出るくらい。

 

 

 

 

 

「……いつまで笑っているんだ、若林。」

 

憮然とした声がしたかと思うと、顎に手を掛けられて強引なキスで口を塞がれる。
さっきまでの弱気は何処に行ったんだろう。
目の前にいるのは、いつもの傍若無人なシュナイダーだった。

 

ただ、それだけのことなのに。

 

胸がいっぱいになって何も言えない。
謝りたい。
謝り足りない。
もっと、これまでの事を詫びたいのに。

 

けれど、多分。

シュナイダーが望んでいるのは、謝罪なんかじゃない。

 

 

 

もう一度キスしようとするシュナイダーの口を左手で塞いでから、少し顔をずらし、ヤツの耳元に自分の口をもっていく。
空気を伝わる時間すら、もどかしく思えたから。
0の距離で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

―――すきだ。

 

 

 

 

 

 

 

たったひとこと。

それはとてつもなく簡単で

それなのに回り道をしてきた分、長い時間がかかってしまった。

 

けど、それでもいいと思う。

人にはそれぞれペースがあって、無理して急いてもしょうがないと思うから。

俺たちは俺たちなりに時を重ねれば良い。

距離に流されるほど、ふたりとも融通の聞くタイプじゃない。

離れて分かることだってあるだろう。

 

だから、良いと思う。

 

 

 

 

俺の言葉にシュナイダーは目を瞠ったあと、嬉しそうに笑った。

ずっと、その一言が聞きたかった。

涙がうっすらと浮かぶ濡れた瞳で、そんなことを言う。

 

許された気がして、俺も笑った。

 

 

 

今、この瞬間に笑い合える―――そのことだけで、きっと。

 

俺たちはやっていける。

 

 

 

 

 

 

 

 END......

 


時間がかかったけれど、とりあえずハッピーエンド。
もしかしたら後日談がちょこっとあるかもしれませんが(未定)
シュナと若林くんの葛藤はここで一応終幕。
長々と付き合って頂きました皆様、ありがとうございます。
突っ込みは多々あれど、完結させられたことに一安心でございます。

認めてしまえば簡単。
特に若林くんはもうシュナから告白されているようなものだから、
本当は迷う必要なんかなかった。
それなのに意地とすれ違いと、様々な要素で遠回りをして。
自分を誤魔化し続けた結果、こじれまくってお互い傷付けた。
けれど間違ってもやり直せるから。
ここから始めていけることでしょう。
お互いの気持ちがわかった途端に遠距離恋愛っていうのも
ちょっと可哀想ではありますが(苦笑)

最後に。
辛抱強く待って頂きました方、感想を下さった方、見守ってくださった方。
ありがとうございました。
読んで頂けたという幸福に感謝しつつ、一先ず幕を下ろさせて頂きます。

 

2003/8/7 氷水眠子