+ Eifersucht +  act:6 SGGK【自覚症状

 
 

出会わなければ、なんて言うな。

 

 

「分からない―――では、俺だって、分からない。」

 

口を開けば「分からない」を連呼する俺に、シュナイダーはイライラしているようだ。
元々気の長いほうじゃないんだ、当たり前だと頭の表面の方で納得する。
けれど、だからといって。
答えがすぐに出てくる訳がない。
多分、今の俺のエネルギーは全て思考に注がれていると思う。
視線を動かすことさえ、脳の活動の妨げになると躊躇われるのだ。
それでも、錆付いた歯車のように、考えは一向に進まなかった。

自分の感情が分からないだなんて、本当、どうかしてる。

 

 

 

そうしてどのくらい時が経ったのだろう。

 

 

 

ふいに。

 

 

 

シュナイダーが俺から離れた。

 

 

 

両手を俺の肩に置いたままで、俯いてしまう。
今日はこんな表情を良く見る日だと、また、混乱している頭でのんびり思った。
表情というのは語弊があるかもしれない。
俺から彼の顔は、全くと言って良いほど見えないのだから。

 

「…………もう、いい。」

 

かすれた声で吐き出された台詞には、諦めと、自嘲と、怒りが込められているようで。
思わず、身体を竦める。
理由のない恐怖が背筋を駆け上がった。

 

「忘れてくれて、いい。」

 

今度はしっかりと視線を合わせて、シュナイダーは言う。
何かを決めた、迷いのない表情。
何故だろう。
突然、心臓を握り潰されているかのような息苦しさが襲う。

苦しい。

 

「な、にをだよ……。」

 

漸くそれだけ呟くと、シュナイダーの瞳が暗く翳ったのが分かった。
また、傷つけることを言った。
自覚しても、遅い。

 

「全部だ。」

 

きっぱりと。

シュナイダーは言い放つ。

 

「カール・ハインツ・シュナイダーという人間を、お前の記憶から完全に消去してくれ。」

 

唐突に無理なことを言う。
出来るわけがないと怒れば、それくらいの努力を惜しむな、と怒られる。
訳が分からない。
記憶を消すための努力など、したことがないけれど。
それでも分かる。
コンプレックスにまでなっていた存在を、完全に忘れるなんて出来るわけがないだろう!

俺の抗議は、シュナイダーの表情をまた歪ませる。
折角元の無表情に戻りかけていたのに。
けれど、無理なものは無理だ。
無理難題を強制されたって、出来ないものは出来ない。
それくらい、頭の良いシュナイダーなら理解してるはずなのに。

 

「……そうか……。なら、気にしなくて、いい。もう、会うことも、ないだろうから。」

 

シュナイダーが自嘲気味に歪めた唇に乗せた言葉は、また、意味不明だ。
会うこともない、って。
ありえねぇだろ?

 

「……会わない。」

 

なんで。

 

「次に会ったら、何をするか分からない。傷付けるのは、今回でもう十分だ……。」

 

そう言って笑ったシュナイダーは今にも消えそうで。
泣きそうに見えたのは、気のせいじゃない。
あの、シュナイダーが。
滅多なことでは表情を変えない、傍若無人な皇帝が。

こんなに儚げな微笑を浮かべるなんて。

 

まだ混乱から抜け出せずにいる俺に構わず、シュナイダーは緩慢な動作で踵を返す。
背を向けて。
歩き出してしまう。

―――見向きもしないで。

 

 

一瞬。

目の前が真っ暗になって。

次の瞬間。

視界に入ったのは。

 

困ったようなシュナイダーの顔。

 

 

視線を落とせば。

俺は。

 

しっかりとシュナイダーの腕を掴んでいた。

 

 

 

「……わかばやし。」

 

ゆっくりと、ため息と共に名前を呼ばれる。
離せ、と、戸惑いを帯びた低い声。
…困った。
俺だって、何で咄嗟に引き止めたのか理解できない。
お前は「またか」って怒るかもしれねぇけど。
分からない。

分かっているのは、目頭が異様に熱いことだけ。

 

「ホント、分かんねぇ…。」

 

半ば呆然と。
シュナイダーの腕を掴む自分の右手を見つめて呟いた。
困り切って、出てくる言葉はそれしかなくて。
シュナイダーが形の良い眉を、顰めることなんて分かりきっているのに。
それでも、他に何も言えない。

無条件に受け入れることなんて出来ない。
嫌いじゃないから拒むことだって出来ない。
結局俺は。

―――シュナイダーを、傷付けることしかできねぇんだ。

 

 

ぱたり。

 

 

「わか、ばやし?」

困惑したシュナイダーの声をどこか遠くで聞きながら、俺は自分の頬を熱い物が伝うのを自覚していた。

 

泣いてる?

俺が?

 

……何で?

 

 

「…ッ!」

 

途端に恥ずかしくなって、左手でごしごしと目を擦る。
その間も、右手はシュナイダーを捕えたまま。
しばらく何も考えずに流れる涙を拭っていたけれど、雫は一向に止まる気配がない。
ぱたぱたと、新たな水滴が流れて止まらない。
頬に出来た道をなぞるように、とめどなく流れていくだけ。
どうして。
俺に泣く資格なんて、ないのに。

 

 

傷付いているのはシュナイダーだ。

泣きたいのも。

怒りたいのも。

辛いのも。

痛いのも。

 

俺じゃなくて。

シュナイダーなのに。

 

何で、俺が泣くんだよ……!

 

 

 

「……卑怯だ……ッ!」

 

 

 

絞り出した声は、自分のものとは思えないくらい裏返っていた。

 

 

「散々焦らしておきながら」

引き止めて泣くなんて」

「女々しくて、卑怯で、どうしようもねぇッ!」

 

叫んだ声の情けなさに、また、涙が伝う。
何、泣いてんだ。
泣くな!
これ以上、困らせてどうすんだよ…!

 

「…痛いぞ。」

 

俺が掴んだ左腕が痛むのだと告げるシュナイダーの声は、まだ困惑色。
そうだろう。
俺も力を入れすぎて、変な風につりそうだ。
でも、この手を離したら。
お前は二度と、俺の前に現れないつもりなんだろ?

それは。

それだけは。

 

 

―――――― 嫌だ!

 

 

 

「……!」

 

愕然とした。

嫌?

答えも出せないくせに。

応える勇気もないくせに。

自分から離れるのは許さないと―――そう、彼を縛り続けるつもりなのか。

そうやって、傷付け続けるつもりなのか。

どうして。

 

行き着く答えは――― ひとつしかない。

 

 

 

 

 

 

「好き……なんだ、きっと……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 NEXT......

 


遅い自覚。
症状はずっと前から出ていたはずなのに、
意識的に無視し続けて。
自覚し始めたときには相手は諦めかけてて。
自分の物をとられそうになってから、初めて執着する子供のような独占欲を、
若林くんは嫌悪してる。
でも、本当はそんなことなくて。
ずっと、好きだったのに。ずっと、焦がれていたのに。
追い詰められなければ、本心を明かすこともなかったシュナのように、
彼もまた、切羽詰らなければ、自分の本心に気付くこともなかっただけ。
その自分の気持ちを理解していない。
…どうすんだろう(他人事の様)(爆)