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好きとか嫌いとか。
そう言う次元にいないと思っていた。
当てはまる訳がないと思っていた。
全てが俺より上で。
涼しい顔して何事もそつなくこなす。
難を言えば、遅刻が多いくらい。
それでも周りに合わせるんじゃなくて、周りを自分に合わせていく、気持ちの良いくらいの傲慢さ。
だから。
―――こんな、感情を露にしたシュナイダーなんか、俺は知らない。
胸倉を掴む右手は、一向にその力を緩める気配すらない。
怒りで上気した顔は見物だと思うが、その迫力に圧されるだけで笑えなかった。
目を逸らすことは許されない。
逸らした瞬間、きっと、噛み付かれる。
そんな理由もない恐怖感が、知らず胸に沸いた。
シュナイダーは黙っている。
俺が何か言うのを、待っているのかもしれない。
試合のときのような―――いや、それ以上の眼光を称えて、じっと俺を見据えている。
言葉を強制されているかのような圧迫感。
けれど、言葉は俺の口から出てこなかった。
まるで、ドイツ語を話せなかった3年前の様に。
頭の中に浮かんでは消えているのは、すべて日本語だ。
……ドイツ語に変換できない。
俺が少し気圧される感じで、2人睨みあったまま。
重すぎる沈黙を破ったのはやはり、シュナイダーだった。
「……お前なんか、好きじゃない。」
ポツリ、と捨てたのは、そんな言葉。
けれど、シュナイダーはひどく辛そうに顔をゆがめている。
憤怒を象った表情の中で、唯一、蒼い瞳が揺れていた。
「お前なんかを、愛しいと思うはずがない。」
シュナイダーは続ける。
「お前なんかに、触れたいと思うはずがない。」
右手に不自然なほど、力が込められていた。
「お前なんかと、共に居たいと思うはずがない。」
語尾が、少し震えている。
「お前なんかの、笑顔が見たいなどと思うはずがない。」
ヒュ、と彼の喉が鳴った音が聞こえた。
「抱きたいなどと―――思って良いはずがない…ッ…!」
痛々しいくらいの叫びをシュナイダーが吐き出した、その刹那。
俺の喉を圧迫していた力が消えた。
半ば放心していた俺は、支えを失って前に倒れこむ。
正面には……当然のごとく、シュナイダーがいた。
俺はそのまま彼に抱きしめられる。
肩口に顔を埋められているから、その表情は見えない。
けれど、背に回された腕には、何かを訴えるかのように力が込められていた。
シュナイダーの指先が、背中の肉に食い込んで痛い。
けれど、本当に痛いのは背中なんかじゃなく。
泣きたいくらいに苦しいのは、きっと、拒絶なんかじゃない。
だけど。
「……分かんね……。」
呆然と呟いた言葉は、辛うじてシュナイダーの耳に届いたみたいだ。
密着した身体が、ピクリと微かに動く。
そんな反応を確認すると、俺は更に言葉を紡ぎだした。
「好きとか、嫌いとか。そーゆーの、良く分かんねぇ。」
忘れていたドイツ語が、突然、頭の中に戻ってくる。
すらすらと溢れ出すそれは、俺の意思とは別のところで動いているようで。
止まらない自分の口が、少し怖くなる。
けれど、独白に近い言葉は、止まることなく流れ続けた。
「抱くとか、抱かれるとかってのも分かんね。分かるけど分かんねぇ。お前のこと、尊敬してるし、大好きだけど、この感情をなんて表して良いのかさっぱり分かんねぇんだ。」
性欲を伴う好意を抱かれていることに対する嫌悪は、可笑しいくらいにない。
けど、嬉しい、と素直に思えるわけでもない。
本当に分からないんだ。自分がどう思っているのか。
ずっと前から考えてきたような気もするけど―――答えはいつも曖昧で、形を作らない。
逃げて逃げて逃げて。
無意識に知らない振りをし続けた。
それは俺の罪だ。
だって、こんなに形振り構っていられないくらいにシュナイダーを追い詰めたのはきっと俺。
そう考えると苦しくて苦しくてたまらない。
息さえ吸えない。
でもそれが、罪悪感から来るものなのか、それとも別の感情から来るものなのか。
それすらも分からなかった。
自分の感情を自覚すればするほど混乱するだけで、解決の糸口が見つからない。
俺は。
こいつを抱き締め返しても、良いのだろうか。
NEXT......
一気に考えすぎて、どうにもならなくなっています。
拒絶と言う選択肢は既に切り捨てているのに、
受け入れる決心をするのを躊躇っている。
常識人だから、それに外れることに恐怖を感じているのかも。
けれどシュナを失いたくないし。
ここで離したら全て終わりだと、何となく感ずいてる。
だから悩んで。悩んで悩んで。
あと、もう少し。
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