+ Eifersucht +  act:4 SGGK【感情迷宮

 
 

気付かないフリ 分からないフリ

 

 

ついに決勝まで来た。

 

結局俺が憎まれ役をやっていたと言うことは、日向にまでばれていたらしい。
怪我で出られない若島津の変わりに、俺が決勝の日本ゴールを守ることになった。
思ってもいなかったから、舞い降りた幸運に感謝せずにはいられない。
「試合には出ない」なんて、昨日翼に言った言葉は撤回させてもらおう。

 

決勝戦に出られる。

 

そのことで、ウキウキと柄にもなく気分が弾んでいた俺。
きっと、サッカー以外のことに気を回している余裕なんてなかった。

 

決勝戦に出られる!

 

日の丸を背負って正々堂々と大舞台で戦えるという事実に、緩む頬を抑える事が出来ない。
きっとすごい試合になる。
そう思うと待ち遠しかった。
相手はあのシュナイダー率いる西ドイツユースだ。
初めて公式試合で奴と当たる。
楽しみにしない訳がなかった。

 

 

そんな、夢見心地で迎えた夢のような決勝戦は、すぐに終わってしまった。

 

 

日本の優勝と言う最高の結果で幕を閉じ、シュナイダーと翼の間にも友情が芽生えたのかもしれない…2人の会話の通訳を何となく俺がやっていた。
2人の言う事がいちいち芝居がかってるのは気のせいか?
翼の試合後の爽やかさには慣れているつもりだが、あまり見られない「余所行き顔」のシュナイダーには少し笑ってしまう。
試合の後で興奮しているんだろう。いつもより饒舌だ。
俺がうるさいくらいに翼のことを話していたおかげで、もう知り合いのような気がしているのかもしれない。
実力だって伯仲しているし、良い友、ライバルになるだろう。

楽しかった。

勝ち試合だったから、とかそんな陳腐な理由ではなくて、サッカーを通じてまた広がった友情ってヤツが、疲れた身体に最高に気持ちよかったんだ。

 

だから、知らなかった。

シュナイダーの瞳に陰がかかっていたなんて。

それに気付いた翼が眉間にごく僅かな皺を刻んでいたなんて。

有頂天だった俺には、全く見えなかったんだ。

 

 

 

「良い試合だったな。」

 

ドイツに帰る前に、シュナイダーと2人で話す機会が偶然出来て、俺はそんな風に切り出す。
とあるサッカー場の裏の芝生に2人並んで座った。
ふわりと吹く風が心地良い。
独り言に近い俺の言葉に、シュナイダーは一呼吸おいてゆっくり頷いた。

 

「ああ、楽しめた。」

「ぷ、なーんか負けたヤツの言う台詞じゃねぇよな、それ。」

「………。」

「あ?機嫌損ねた?だったら悪ぃ。」

「…別に。」

 

負けたのは事実だからな、とシュナイダーはにこりともしないで言う。
元々表情に出ない奴だから、本当にそうなのかどうかは分からない。
もしかしたら、腹の底でめちゃくちゃ怒っているのかもしれないが、それは表面に出してもらわないと、俺は気付けない。
だから気にしないことにした。
変に気を使っても、それはシュナイダーを侮辱するだけだ。
彼のプライドを傷つけることはしたくない。
ずっとずっと、同じチームにいながらライバルだったから。
どうしても越えられない壁がコイツだ。
いくらセービング率が高くなっても、シュナイダーのシュートを防げるという自信はまだ沸いてこない。
初対面のときに見せ付けられたレベルの違いが、トラウマになっているのだろうか。
未だに尊敬している。この無表情な皇帝を。
敵だろうが味方だろうが関係ない。
俺はこれからもずっとコイツのことをライバル視し、時には応援するんだろう。
シュナイダー最強説が3年間の間にすっかり俺の体に浸透してしまってるから。
負けるな、勝て。俺以外に負けるんじゃねぇ。
もしかしたら、その内。
そんな我侭を言うのかもな。

 

「…何笑ってるんだ。」

 

昔と今、そして未来を思い浮かべてどうやら俺は笑っていたらしい。
怪訝そうな顔でシュナイダーが見つめてくる。
綺麗な顔を歪めて、嫌そうにしてる。
お前を笑ってるわけじゃねぇから安心しろ、と言ったら、余計に眉間の皺が深くなってしまった。
あれ、失敗したか?

 

「…翼のことでも考えていたのか。」

 

「翼?」

 

突拍子もないシュナイダーの言葉に面食らって、つい、鸚鵡返しに呟いてしまう。
するとシュナイダーはますます顔をしかめた。
…何がそんなに気に食わないんだか。

 

「そう言えば、どうだったよ翼は。俺の言った通りにスゴイ奴だっただろ?」

 

何となく胸をはって自慢をしたい気分だったから、遠慮なく偉そうに言ってやった。
実際、翼はすごかったんだ。そんな旧友を自慢したって罰はあたんねぇだろ?
すると、シュナイダーは俯く。
そして
―――前髪が陰になって表情は見えないが―――小さい声で「ああ」とだけ呟いた。

 

「だろ?お前大したことないとか言ってやがったけど、そんなことなかったよな。やっぱり凄い。上手くなってる。うかうかしてられないって不覚にも思っちまったよ。」

 

翼のプレイの数々を思い出して、つい、頬の筋肉が緩んでしまう。
小学生時代も十分に凄い奴だと思ったが、3年経って、アイツはもっと凄くなっていた。
最初こそライバル視していたけど、今は何となく兄のような気分で見守ってしまう。
シュナイダーとはまた別の意味で尊敬もしているが、どうしても甘やかしたくなっちまうんだな。
だから翼のことを認められると単純に嬉しい。
しかもシュナイダーが認めてくれるんだ。嬉しくないわけがない。
俺はどっちも大好きだ。
その好きな2人が互いに認め合うって事は、俺の手柄のような気がして舞い上がってしまう。

 

シュナイダー、翼は凄いだろう?

翼、シュナイダーは凄いだろう?

 

多分喜々としてる。

自分のことを話すときより声は弾んでる。

それくらいに、俺は2人が好きだ。

 

決勝戦で翼が見せたプレイを持ち出せば、シュナイダーは頷く。
凄い奴だ、とも言ってくれる。
翼を誉めるシュナイダーの姿が嬉しくて、俺はそれからいくつも「こんなプレイをどう思ったか」を聞いた。
多分、夢中だった。
俯いたシュナイダーの瞳が濁り始めていることになんて、気付けないくらいには。

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

いきなり激昂して胸倉を掴んでくるシュナイダーの真意が掴めなかった。
酷く辛そうに眉根を寄せて、顔を引き攣らせて。
綺麗な顔してんのに、そんな表情したら全部台無しだ。
もったいねぇ。

 

「な、に、怒って、んだよ、お前…。」

 

喉元を締め付けられているせいで、言葉は途切れ途切れになる。
痩せているように見えて、シュナイダーの力は強い。
結構馬鹿力。
以前、本気になったシュナイダーと喧嘩した日には、そりゃ目も当てられない顔になってしまった。
少しはやり返したと思ったのに、次の日のシュナイダーは飄々としたものだった。少し腫れてるくらいで、痛みに顔をしかめることなんてない。これは完全に俺の負けだ。
ああ、でもそんな昔の事はどうでもいい。

 

どうして。

今。

この状況で。

こいつは本気で怒っているんだろう。

 

 

「分からないのか、若林。」

 

わかんねぇよ。だから聞いてんだろ。

 

「……が出る……。」

 

え?

 

「反吐が出る。」

 

……え?

 

「お前が『ツバサ』と嬉しそうに発音するのが、気持ち悪くてたまらない。」

 

……ヒデェ、言い草……。

 

「酷いのはお前だ。一番、残酷なのはお前だ、若林。」

 

 

「どうして、そこまで愚鈍でいられる?」

 

 

 

 

 

剣呑な光を宿した奴の瞳は、俺の目を捕らえて離さない。
初めて見るそれに、俺は混乱した。
至近距離でぶつかる視線。
けれど根底は暗くて全く見えない。
暗闇は、正体不明の恐怖を背筋に伝わせた。
シュナイダーの瞳に映った俺は、酷く情けない顔をしている。
分からない。シュナイダーの考えていることが。
全く分からない。

 

 

 

 

 

 

 

―――分からない?

 

本当にそうか?

 

もしかして俺は。

 

分からないフリを、している……?

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の中で警鐘が鳴り響く。

これ以上ここにいるのは危険だと。

なのに―――動けねぇ。

逃げず、受け入れず……そんな曖昧な態度は彼への裏切り行為になると、心のどこかでは分かっているのに。

本当、面白いくらいに身体が動かない。

シュナイダーの瞳に縛られて、指一本さえ動かすことができない。

 

 

 

 

なぁ。

 

 

 

 

俺はどうしたらいい……?

 

 

 

 

 

 

 

 NEXT......

 


自己防衛の鈍さ、だったのでしょうか若林くん。
気付かぬフリで友情関係を保っていたかったのかも。
でもそれは結局シュナを追い詰めることにしかならなくて。
ここまで来たら元の関係に戻るなんて不可能に等しいのに、
それでも若林くんは戻りたがってる。
逃げてるのですね、本心から。恋愛に関しては臆病者。