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シュナイダーと初めて会ったのは、全日本Jrユースとして行ったハンブルグでだった。
俺はその時怪我のせいで合流するのが遅れ、初めての遠征戦であるハンブルグJrユースとの試合は出れなかった。
その上、内容自体半分も見れていない。
けど、シュナイダーの強さはすぐに分かった。
あのフィールドの中でひとり、レベルが違う。
全日本の皆には悪いけど正直にそう思った。
…若林くんのプレイだけはいつも通りに凄かったような気がするのは、俺の欲目かな。
「きたか!!」
「やっぱりきたか翼!!」
大幅に遅刻した俺に、若林くんはそう言ってくれた。
多分、あの時の俺は彼と同じくらいに嬉しそうな顔をしていたんだと思う。
三年ぶりの再会。以前だってそんなに一緒にいたわけじゃないのに、ひどく懐かしい気がしたのは何でだろう。
フランスで岬くんに会えたときも、そうだった。
ずぅっと別れていた半身に出会えたような、不思議な気持ち。
けど、それを当然として享受している自分も確かにいたわけで。
自然なのかな。
泣けるくらいに、嬉しかったのを覚えている。
――― そのときに感じた
火傷をしそうな程に熱い視線。
若林くんが笑う度に、彼の表情は険しくなっていく。
俺が笑い返す度に、その視線は熱を増していくようだった。
あれは、好敵手に会えた喜びの瞳じゃない。
友人の友人に対する親愛の瞳でもない。
立場上、その気はなくても今まで色々な視線を集めてきた。
それは羨望だったり、妬みだったり、恋慕だったり。
けど、あんなに強い視線を受けたのは初めてだ。
激しい憎悪 ―――
彼は俺を、殺したいほどに憎んでいる。
果たしてあれが、初めて会った人間に向ける眼差しだろうか?
……いや、きっとシュナイダーは俺のことをよく知っていたんだ。
今なら、理由も分かる。
彼はずっと、聞き続けていたんだ。
最愛の人が何度も何度も紡ぐ、俺の名を。
「―――
…なんか、俺も被害者だよね…。」
がっくりと項垂れる。
若林くん本人は無自覚に言ってくれるもんだから、その火の粉は周りに飛び火する。
俺からしたら、八つ当たりも甚だしい。
きっと、シュナイダーにもそれは分かってるんだろう。
けど、「分かる」事と「理解る」事は似ているようで全然違う。
いつだか、自分でも持て余している想いが、シュナイダーのガラス玉のような碧い両の瞳に揺らめいているのを見た。
子供故にその独占欲に限りはなく。
時には本人の意志さえも食い破って、侵食していく。
「大丈夫かなァ…。」
こういうことにはどこまでも鈍そうな友人に、不安は募って仕方なかった。
はぁ。
「何ため息ついてんだ?翼?」
少し大きなため息を、無意識についてしまっていたのかもしれない。
それに気付いて、このため息の元凶とも取れる、若林くんが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
皆寝静まったと思っていたのに、若林くん、まだ起きてたんだ。
タイミングが良いんだか悪いんだか。
「何でもないよ。初めての海外でちょっと疲れたのかも。」
誤魔化すように曖昧に笑って言えば、間髪入れずにワハハハ!と豪快な笑いが返ってくる。
俺たちはテラスで夜風に当たりながら話していたから、元々大きい若林くんの声は、この素晴らしいフランスの夜空に盛大に響いたことだろう。
…寝てた人、ゴメン。
「お前が“疲れる”??面白いコト言うなー!」
人の気も知らず、心底おかしそうに若林くんは笑う。
この人俺のこと何だと思ってるんだろう…。
俺だって、疲れるときは疲れるよ。
……試合疲れなんかは、あまりないかもしれないけど。
睨む俺にも構わずに一頻り笑って、彼はとりあえず満足したようだった。
ふーっと呼吸を整えながら、次第に選手の顔になっていく。
グッと引き絞った口元に三年前の若林くんを重ねてしまい、思わず笑ってしまった。
…こういうところ、やっぱり変わってないなァ。
人と対峙するとき、彼は絶対に視線を逸らさない。
ただ真っ直ぐに前だけを見つめる。
目の前の相手を見ているようで、その向こうを見ているようで。
惹かれたのはきっとその強い視線。
彼の視線の先に何があるのか、見てみたいような気がした時から。
――― 若林くんと岬くんと一緒なら、世界だって獲れる気がした。
独りにならずに済む気がしたんだ。
ふと表情を緩めた俺に、若林くんはまた不思議そうに瞳を瞬く。
ため息を吐いていたかと思えば、今度は笑って。
そんな俺の行動を、相当不信がってるみたいだ。
彼のそういう子供っぽさが残る仕草、俺は何気に好きだったりするんだけど。
「…翼、もしかして本当に疲れてんのか?だったらこんなトコにいないで早く部屋で休めよ?」
こんな風に兄貴風ふかす若林くんも、嫌いじゃないけどね。
「平気だよ。それより明日、とうとう決勝戦だね。」
一瞬、若林くんの唇は咎める様な形に開きかけたけど、サッカーの話題だと分かると途端に緩やかなカーブを象った。
正直者。
「ああ、ようやくだ。…でもな翼、前にも言ったと思うが、俺は試合には出ないぜ。…悔しいが今の俺が入ってもチームにとってプラスにはならないだろう?連携もなってないし、信頼だってガタガタだ。若島津は怪我で出場は無理だろうし、多分、森崎がスタメンだろうさ。」
はは、とどこか乾いた笑いを漏らして、若林くんは夜空を仰ぐ。
強固な意志を宿しながらも、時々、蝋燭の火が風に揺らぐ程度のささやかな迷いが瞳に現れては消えていった。
笑顔が困ったように歪んでいる。
そこに浮かぶ微かな寂しさに、なんとも言えない気持ちになった。
きっと、試合に出たいだろうに。
俺たちのために、彼を犠牲にしてしまっている気がしてならない。
確かに、彼が憎まれ役に徹していてくれるおかげで、俺たちはこっちに来てから随分とレベルアップしたように思う。
ここまで勝ち残ってきたのだって、きっとそのおかげ。
ずっとベンチで試合観戦をして、練習では皆に疎まれて。
なのに若林くんはずっと、自分がやってきたことを皆に告げずに終わらせるみたいだ。
それって何か悔しい。
「俺は君に出て欲しいよ。」
正直に言う。
大事な決勝のゴールを任せられるのは、君しかいない。
いないんだ。
俺の言葉に彼はキョトンとする。
そして、また困ったように微笑んだ。
ひどく寂しそうに。
…困らせるようなことを言ったんだろうか、俺は。
「シュナイダーのシュートを止められるのは、君しかいないだろ?それに、彼だって君に出て欲しそうだった。折角の勝負を諦めるのかい?シュナイダーだって残念がると思うし、怒ると思うよ。」
「……シュナイダー…か。」
ポツリと呟く。
三年間、一緒にいたチームメイト。
それもあの若林くんから練習とはいえ二分の一の確率で、ペナルティーエリア外からのシュートを決める相手。
燃えない訳がない。
そんなことある訳ないのに。
「アイツとの対戦のチャンスはまだまだあるし。そんなことで怒らねぇだろ。大体なんで怒られなきゃいけないんだ?」
「それより。」
「明日、頑張れよ。頼んだぜ?キャプテン。」
何でもないように笑って、そんなことを言う。
本当に全日本の勝利のことしか考えてないんだね。
シュナイダーがどれだけ君の事を考えているかなんて、これっぽちも気付いてあげてないんだ。
…予感的中。やっぱり鈍い。
これじゃあ、シュナイダーが気の毒だ。
「…若林くんはもう少しサッカー以外のことを考えた方が良いよ。」
それが君の為だし、と真剣に言ったのに。
「…お前に言われたくないぞ?」
怒ったように言い返された。
ああうん、確かに俺も人の事は言えないくらいにサッカー馬鹿だよ。
それは認める。
認めるけど、それとこれとは話が別じゃない?
「…シュナイダーのこと、もっと真剣に考えてあげたら?って言ってるんだよ。」
言われなきゃ分からないのかなァ、と思ったら、どうも言われても分からないらしい。
「何でシュナイダー?」とか鳩が豆鉄砲食らったような間抜けな顔して疑問符を飛ばしてる。
どうしようかなぁ、この人。
「友達なんでしょ?色々、気付いてあげて欲しいな、って思うよ。じゃないと、きっとお互い傷付くだろうし。」
「…お前の言ってること、サッパリ分からねぇ。」
人が真面目に話しているのに、若林くんときたら本当に困ったように首を傾げて唸っている。
あんなにあからさまなのに、若林くんはまったく気付いていないんだ。
ある意味スゴイ。
でもそれじゃあ、良くないよ。絶対、良くない。
俺が初めて会ったときの射抜くようなシュナイダーの視線は、後戻りできないところまで追い詰められている感じだったから。
不安だよ。
無理に押さえつけられた想いが暴発して、どちらも傷つけそうな予感がする。
もし、そうなったら。
俺はきっと許せない。
だから 気付いて?
応えなくても良いから、気付いて。
そして あの視線の意味を考えてあげて欲しい。
きらめく星空にため息ひとつ。
無造作に放り投げたそれは、ふわりと暗闇に溶けていった。
隣の友人は相変わらずの思案顔。
しばらく一生懸命に考えていたようだけど、ハッと何かを思い出してさっさと部屋に帰ってしまった。
去り際に「本当に早く寝ろよ?おやすみ。」なんて人を気遣うことも忘れない。
末っ子の癖になんであんなに面倒見が良いんだか。
その割りに鈍感だったりして、よく分からない性格してるよなァ。
そこが面白いんだけど。
くすりと含み笑うと、ひとりになったテラスの空気が微かに揺れた。
NEXT......
翼の若林くんに対する情は家族に対するものと同じ。
南葛トリオは皆そう。
友情より深く、愛情よりは真っ直ぐで。
なんて夢見てます(笑)
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