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窓の外、みぞれが空から落下してくる。雨は日が沈んで冷え込んだ気温に、途端白い氷と化していたらしい。
「なに見てんだよ?」 大佐―――エドワードは不躾にも机の上に飛び乗っていて、持ってきた報告書をつまらなそうに指で弾いていた。
「実は目も醒めるような美しい女性を探していたんだ」 こんな味気のない字面に深夜まで埋もれていてはね。
「こんな時間に出歩いているかっての」 「嘘だよ。本当は窓に映っていたおまえに見とれていた」 すると困ったように眉をひそめる少年を、照れたときの癖だとロイは見事に言い当ててみせた。
「・・・、それより、報告書に目を通してくれねえ?」 どこか焦燥を言葉の端々に感じられるのは、おおよそ彼の愛する弟が宿で帰りを待っているからなのであろう。
「おや。迅速になつ印して、早く帰して欲しいのでは、なかったのかな?」 「気が変わった。駄目なのかよ」 いくら彼が日中大人びてみせようとも、2人の時だけにしてみせる、拗ねた子供の口調だけは、変わらない。
「なあ、大佐」 「なんだ?」 ロイは、エドワードの口から一切旅先のことを聞かなかったし、聞こうとも思わない。
「キスしたい」 「・・・おまえの嫌いな、コーヒーの苦味がしても良いのであれば、」 言い終えるか否かの言葉尻をさらい、我武者羅なキスを受ける。
「・・・。オレ、もう・・・、」 行かなきゃ。
「・・・ああ、そうだな。弟くんも、さぞかし心配していることだろう」 「でも、本当は行きたくねえよ。出来るなら、アンタの傍についていてやりたいよ」 そう言って、上向いた少年の瞳は、窓枠を越え、絶え間なく降下する雪のしずくを捕らえているのだろう。
「明日は早いのだろう?ならば、いつまでもこんなところで油など売っていないで、宿に戻って休養を取りたまえ。列車に遅れても、私は知らないぞ」 私は大丈夫だから。 「・・・人をそんな目で誘っといて、それかよ。冷たいんだか、思いやってんだか、よく分かんねえ」 ため息をついたエドワードに笑って、暖炉の前にかけていたコートを取って出て行こうとするのを、ロイは思い出したように、慌てて呼び止めた。
「この天気だ。おまえのそのコートは、ここにくる時に、すっかり濡れてしまっているのだろう?ものの10分や、そこらで乾くもんじゃない」 「けど、大佐は、」 「私か?なに、どうせ今夜もこの暑苦しい部屋で徹夜だ。それに、ここにはブランケットもあるのでな、心配することはない」 「でも明日必要だろ?だってこれ軍服、」 「おまえのコートは、早朝部下にでも届けさせるさ。そのときに返してくれて構わない。幸い、明日は大事な会談も、将軍殿の見回りもないんでね」 押しつけてくる手に諦めたエドワードは、改めて、羽織る外套をまじまじと見つめた。 「・・・あったかい」 ワイシャツの袖を捲り上げながら、ロイはにこりと笑う。 「それは、良かった」 もともと体温は低い方なのだが。
「しかし、さすがに私の服は大きいようだね?鋼の」 エドワードはロイの発言に明らかに眉間に皺を寄せた。
「なんか、むかつくんですけど」 声を上げて笑っていたのは気がひけたのか、すまないと小さく謝ったロイはその髪に指を梳かした。 「これから、大きくなる。そうしたら、今度は立場が逆転するかもしれないぞ?」 「それだけじゃなくて、」 首を振った少年に、ロイは小首を傾げた。
「温かいから、気に食わない」 「なぜだ?」 「オレは、・・・こんなことすら、大佐にしてやれねえから」 語尾になるにつれて小さくなっていく声は、それでも真冬の深夜にはっきりと聞き取れた。
「オレの服は、認めたくねえけどやっぱり小さくて、大佐に温もりを分けてやるどころか、着させることなんて到底出来ないし、それに、オレの腕は、」 袖口から剥き出しになった鋼の拳を握り締め、エドワードは肩をすくめた。 「オレの右手は、・・・ただの鉄の塊で、無機質だ。返って、アンタに冷たい思いをさせるだけで、」 悔しい、と少年は確かに言った。
「鋼の」 「・・・、なんだよ」 「私にとって、これがおまえの腕であることに、変わりはない」 顔を上げるエドワードに、ロイは柔らかに微笑んで見せた。 「おまえのその腕が、私を熱くさせるんだ。それこそ、指の先から、身体の深部まで。きつく、いとおしさを込めて抱かれるたびに、胸の奥から熱くなってくる」 久しく忘れていた感情だ―――どこか照れ臭そうに、だが惜しげもなくロイは胸中を語ってみせた。 「鋼のの言う、この温かい外套にも、おそらくその余熱が回ったのかもしれないのだよ」 おどけながら軽く笑ってみせたロイが、エドワードに背を向けようとした瞬間、突然抱きすくめられて、驚きこそはしたが、しかし突き放すことなどはせず、飛び込んできた体温に頬を摺り寄せた。
「―――それから、もう一つ」 ロイは背中を叩いて、耳元に囁く。 「私は、おまえの欠けた温もりを取り返してやることは出来ないし、不器用だから、下手に補うことも出来ん」 「・・・分かっている。でも、」 大丈夫だぜ、と。
「だが、願わくは私の愛しい人もそうであるようにと、思ってやまないんだ」
氷水眠子様に捧げます。
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お礼コメンツ☆ |
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紅櫻のkaiさまより、相互記念に頂きましたv 私がkaiさまの小説の一場面を絵に、kaiさまが私の絵を小説に、という今思っても何ともおこがましい…! 静かな、だけど愛しさに満ちた空間で紡がれる2人の言葉が温かくて、切なくて。 元になったこちらの絵から出来たとは思えない完成度です。 kai様、本当にありがとうございました! |
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