雨と猫と。

 

  

―――雨が、降っていた。

今日は城之内が泊まりに来る予定だったので、ヤツのバイト先に迎えの車を出してやる。
俺は仕事が一段落も付きそうになかった為、それを迎えに行きたいというモクバに任せ、その間に仕事を終わらせるつもりだった。
あの二人ならば、さぞかし騒々しく帰ってくるものだろうと想像して、自然に口元がほころぶ。

 

―――雨が、強くなりだした。

ちょうど仕事が終わった頃に、車が帰ってきた気配がする。
良いタイミングだ。
少し遅かったような気もするが、何処かに寄り道でもしてきたのだろう。
あまり気にはしなかった。
しかし、なかなか俺の部屋までやってこない。
怪訝に思い、自ら玄関まで出向く。
と、泣き腫らした目をしたモクバと、虚ろな瞳をした城之内が佇んでいるのが見えた。
―――車で迎えに行かせたのに、何故二人とも濡れている?

 

「何をしている。」

 

高圧的な言葉を掛ければ、二人とも同じ動作でゆっくりとこちらを向く。
俺の姿を認めたモクバの瞳からまた雫が落ちた。
「兄サマ……。」
俺の前で無様に泣くのを自らに禁じているモクバ。
そのモクバが溢れんばかりの涙を瞳に溜めている。
それだけで尋常ではない事態なのだろうと予測は出来る。
カツカツと近寄っていけば、溜まりかねたのか、モクバが俺の腰辺りにしがみついてわんわんと泣き出した。
頭を撫でてやっても効果はないらしい…。

相変わらず城之内は何の感情も映らない瞳でぼうっと俺の事を見ている。
良く見るとヤツが何かを抱えていた。
学ランに包まれたそれの正体を推測する術は、今の俺にはない。
ただ、異臭がするのだけは知れる。
死臭、というのだろうか。
布に包まれている為近づかなければ分からない程度だが、確かに「死」の臭いが充満していた。
……一体何を拾ってきたのか。

じっと、その包みを見つめていることに城之内は気付いたのだろうか。
一回俺と目を合わせてから、そのまま俺の視線を追うように包みへと瞳を向ける。
ひどく遅い動作で。
何かを言おうと城之内の口が動いたと同時に、泣き喚いていたモクバが勢い良く顔を上げた。

「兄サマ!庭に墓作っても良い!?」

 

―――……一体何の墓だ。

 

モクバに問い正すことも躊躇われ、自然と事情を知っているであろう城之内へと視線が移動する。
その視線に気が付いて、城之内は億劫そうに口を動かした。
「…………ねこ。」
猫?猫が何だというのだ。
「…コレ、猫…の死骸…だから、さ…。」
墓、作ってやってくんねぇかな。
ポツリポツリと。
言葉が城之内の口から零れていく。
まるで、今も外で降り続ける忌まわしい程の雨のようだ。

 

 

結局、許可を出さないわけにもいかず、裏庭に穴を掘り、そこにその死骸とやらを埋める。
相変わらずの焦点の合わない瞳にも関わらず、城之内は意外に淡々と作業を進めていった。
モクバもぐずりながらそれを手伝っている。
……二人とも雨の中だというのに、傘も差さずご苦労なことだ。
死骸を学ランから取り出して埋めようとした城之内は、しかし、モクバの視線に気が付いて花を持ってくるよう指示を出した。
モクバはそれに素直に従い、部屋の中へ入っていく。
惨い死骸なのだろう。
モクバに見せないよう気を使ってくれたことには、礼を言わねばならないだろうな。

 ―――雨は次第に強まっていく。

 

それを気にした風もなく、城之内は手際よく学ランから死骸を取り出し、用意されていた穴へと埋めた。
その上から水を含んで重くなった土を、道具を使わずに直接手ですくっては―――掛ける。
すっかり埋め終わった頃にモクバが戻ってきた。
手にいっぱいの花を抱えて。
雨音で声は聞こえないが、モクバが城之内に「これくらいで良いか?」と尋ね、それに城之内が少し唇を動かして頷いたのが見えた。
綺麗に飾って、猫の墓とやらは完成する……。

その工程を手伝いもせず、俺はただ部屋の中から二人の様子を見つめていた。
濡れるのが嫌だからと言うわけではない。
入れない、と。
あの二人の間には入ってはいけない、と。
そう、感じ取ったからだ。

 

 

まだ泣き足りない様子のモクバを何とか寝かしつけ。
俺の部屋で待っているヤツの元へと向かう。

―――あんな心細そうな城之内を、見たことがなかった。

それ故に心配も募るというものだ。
……。
…心配…か。
少々過保護すぎるのかもしれんな……。

 

部屋に戻ると、出ていった時のまま少しも動いた様子のない城之内の様子に、片眉を上げてしまう。
ソファに浅く座って在らぬ方を見ている。
俺が帰ってきたのにも……もしかしたら出ていったことにも気付いてないのかもしれん。
高々猫の一匹や二匹、死んだくらいで何だというのだ。
そこまで落ち込む―――その神経の方が俺には不可解に思えてならん。

「城之内。話せ。」

つい、声がキツイ調子になってしまう。
貴様の瞳に俺が映ってないことが、この上なく不愉快で溜まらないらしい……見逃せ。
しかしそれでも城之内が俺を見ることはなく。
自分の足元だけを見つめながら、城之内は先程の出来事を頭が悪いなりに簡略化して説明しようと試みていた。……成功してるとは言い難かったが。

「モクバが迎えに来て…んで、いつも通りその車に乗ってよ。いつも通り公園を横目に―――通りすぎようとしたんだけど。そこでミケ…ああ、わりぃ。さっきの猫の名前。オレさぁアイツのこと結構面倒見ててよぉ、野良なんだけど、結構しっかり者なんだぜ?モクバも一緒によく遊んでた…ってそこで顔顰めンなよ海馬。いいじゃねーか、弟が野良猫と戯れるくらい。それに、モクバすげぇ楽しそうだった…と、そんな話してんじゃねぇよな。ミケさ、いつも公園で遊んでたから今日だっているかと思って何気なく見てたら……中学生の眼鏡掛けたガキがナイフ振り回してるじゃねぇか。やっぱさ、そういうの見たら、飛びださねぇ訳にはいかねぇじゃん。」

「……で、貴様は飛び出したんだな。全く無鉄砲にも程があるといつもあれほど……!」
「説教なら後で聞くって。とりあえず、オレの話聞いてくれよ。」

そこで初めて城之内が顔を上げる。
懇願するような瞳に、次の句が出てこない。
「…続けろ。」
短く言うと、「……サンキュ。」と、それに見合う短い礼の言葉が返ってきた。
ふぅ、と一つ溜息を吐いてから城之内は続ける。
「でさ、とりあえず捕まえてみたわけ。でもそのガキ、どっかキレてたらしくてさ。オレじゃ手に負えねぇからモクバに警察呼ぶよう頼んだんだ。で、初めてそこでオレは横に転がってる奇妙な物体に気付いたとさ。……なんだと思う?」
「貴様、そこまで言ってこの俺が分からないとでも思っているのか?……答えてやる。それはナイフでズタズタにされた猫の死骸だ。」
―――ご名答。」
俺の答えにフッと城之内が影を落としながら笑む。
そんな表情は……見たくないぞ。ハッキリ言って。
しかし俺の心中を察してる余裕など無いのだろう。
城之内は何かに耐えるように、話を続けていった。
「惨かったぜ……ホント、何でここまで出来るんだってくらいにな。四肢がバラバラにされてたと言っても過言じゃねぇ。だから…モクバには見せたくなかった。見せられるわけ、なかった。あんなにミケと楽しそうに笑っていたモクバに、あんなモン、見せられなかったんだよ…ッ!」

瞳に光が戻ったのかと思えば。
それはただ単に電気の光を反射していたに過ぎないようだ。
城之内は昏い色を落とし続ける瞳の中に、辛うじて涙を留めていた。

「ちょうど…お前ンとこのSPがいてくれたから…ガキとっつかまえんのは任せてオレは咄嗟に着ていた学ランを脱いでそれでミケをくるんだ。生きてるわけなんてねぇ。見開かれた瞳に恐怖感がなかったと言えば嘘だけどよぉ…でもそう言う事じゃねぇじゃん、こういうのって。」

「そう言う事じゃない」「こういうの」とは何なのだろうか。
全くコイツの言ってることは良くわからん。
いつものことだがな。

「そん時モクバがお巡りさん連れて戻ってきてさ。ガキはそのまま派出所行き。俺達はちょっと事情聞かれてすぐ解放された。……“海馬”だって分かったらお巡りさん可哀相なくらい青ざめてたケドよ…。で、車の中でも開かない俺の学ランにモクバが気付いて問い正してきたんだよな。誤魔化すわけにもいかねぇし。話した。ミケは死んだんだって。愕然として、モクバは中身を見たがったけど。―――許さなかった。いくら泣かれても、見せるわけにはいかねぇ。」

―――城之内。

「だってそうじゃねぇ?お前だって、見せなかっただろ?いくら海馬コーポレーションが奇妙奇天烈な企業だからって、バラバラになった猫の死体なんか副社長に見せねぇだろう?なァ…海馬……。」

今、さり気なく俺の会社を侮辱されたような気がするが。
そんなことはどうでも良い。
何で貴様は猫一匹のことでそこまで深刻になるのだ。
俺だったら……見せてしまっていたかもしれん……。
泣いてる弟に強く出ることなど出来ない。
縋られれば、きっと、見せてしまう。
どんなに惨たらしくても、「こういう現実もあるものだ」などと、正論を唱えながら。傷付いていく弟の表情になど気付きもしないで。……そう言う男だ、海馬瀬人は。

「礼を言おう、城之内。」

するりと出てきた言葉に自分でも少々驚いてしまったが、城之内の驚きようは俺の比ではなかったに違いない。
瞳をいっぱいに広げて、何が起こったのか分からず、ただ俺を見つめるだけ。

「モクバのことを考えてくれて、感謝する。」

最愛の弟だ。
その弟のことを最優先に考えた城之内に、礼を述べないわけにはいかないだろう。
俺からの礼が余程意外だったらしく、城之内は目を瞠ったまま硬直したように動かない。
涙が溜まったままの瞳が、ゆらりと揺れた。

痛々しい……。
そう思って、自然と眉間に皺が寄る。

 

話すのも辛かったに違いない。
(俺には分からない感情だが)

 

モクバのことを考えると、泣けなかったに違いない。
(先にモクバが泣いてしまったので泣くタイミングを逃しただけかも知れないが)

 

だから感情を殺してしまったに違いない。
(ただ呆然としていただけという説もあるが)

 

泣いてもしょうがないと、自分に言い聞かせていたに違いない。
(納得しきれてないことをするから、余計に辛くなるのだ)

 

「お前も、もう思い切り泣け。―――俺の前でまで、兄貴面する必要はない。」

 

―――くッ……。」

  

城之内の瞳から涙が頬を伝って、ヤツの膝に落ちる。
風呂に入った為俺の服を身につけている城之内は、律儀にもズボンが涙で濡れないように膝の上に握り拳を作って、そこに涙を落としていた。
……器用なヤツだ。
変なところは器用なくせに、大事なところはとことん不器用だがな。
だから―――放っておけない。

一度溢れ出した涙はなかなか止まらなかった。
次から次へと、透明な球体がヤツの拳に落ちる。
落ちては崩れ、歪んだ水滴となって消えた。
握り拳の上に落ちるものの、それを伝わってズボンにまでじわじわと染みが出来てくる。
……それだけの量だと言うことだ。
それでも何にも縋らず、ひたすら耐えるように涙を落としている。
甘えるのが下手だと言うことは、浅い付き合いではない。理解しているつもりだ。
―――慰めの言葉など、意味を成さないと言うことも。

ならば、やることは一つしかない。

「……ッ……海、馬ぁ……。」

 

 

―――出来るだけ優しく、抱きしめてやるだけだ。

 

 

「うっうっ……ッ!」
そうすれば、勝手に城之内が縋ってくる。
必死に縋り付いてくるヤツを殊更優しく抱き留めてやれば、ボロボロと大粒の涙を流した。
シャツにじわりと染みが出来ていくが…見ない振りをしておこう。

泣き終わった後、恥ずかしそうに瞳を伏せる城之内が見られれば…………俺はそれで充分だからな。

 

―――強くなった雨は、泣き声を隠すのにちょうど良かった。

 

 

END・

作者コメンツ

 

甘?シリアス?微妙……。
うちの社長、城之内君にベタ惚れしてますネ★(滅)
そして饒舌。
更に城之内君は泣きスギという説有力。
カッコ可愛い彼を目指しているのに…私が泣きたい(涙)