『愛してる。』  

 

 

あの人の「愛してる」は、「おはよう」や「ご機嫌いかが?」と同じ意味なのよ。

 

「…って昨日寄った洋菓子店のおねーさんが言ってマシタ。…本当?」

「さあ?私は言われたことがないから答えかねるわね。」

それぞれ微妙に色合いの似ている、しかし同じではない金色の髪を風に弄ばせながら会話をしているのは、エドワードとリザ。
窓から入る微風に心地好さを感じながらも、場にそぐわないピリピリとした雰囲気を醸し出していた。

 

理由は簡単。

二人は『あること』で、ライバルの関係にあるからだ。

 

「へぇ!意外〜。中尉なら毎日のように言われてるかと思ったのに。ふーん、そう。」

「ご期待に添えなくて残念だわ。そういうエドワードくんは逢うたびに言われているわね。…母親みたいに。」

 

バチバチ。

 

まるで火花が飛び散る様が見て取れるようだ。
その場に居たものなら二人の作り出す異様な空間に逃げ出したくなったかもしれない。
否。
逃げ出したくなっていた。

 

(勘弁してくださいよ…。)

 

涙目でファイル整理をしながら、ハボックは思った。

何故、自分はこんなところに居るのだろうと。
何故、今日に限って残業など言い渡されてしまっているのだろうと。
何故、あの二人と同じ部屋にいなければならないのだろうと。

しかし、いくら嘆いたところで目の前の現実は変わらない。
さっさと退散するに限ると先程よりも早く手を動かし始めた、まさにその時。
リザと無言の笑顔で向き合っていたエドワードが忙しなく働くハボックに声をかけた。

 

「そういえば、少尉はある?アイツに『愛してる』って言われたこと。」

 
「は?」

 
思わず間抜けな声を出してしまったのは、あまりに突拍子もない質問だったからだ。
だが、追い打ちをかけるようにリザの声が続く。

 

「それは私も気になる問題ね。…どうなの?ハボック少尉。」

 

にっこり。

 

二つ揃った綺麗な笑顔に対抗する術など、彼にはなく。
冷や汗が背筋を伝わっていくのを感じながら、ごくりと喉を鳴らした。

記憶を振り返ってみる。
これまでの人生で愛の言葉を囁かれたことなど、数えるほどしかない。
その中で彼の人に言われたことなど―――

 

 

『愛してるよ、ハボック少尉。』

 

 

あった。

恐ろしいことに、ごく最近、言われたことがあったのだ。

 

青褪めたハボックを見咎めて、エドワードがふぅん、と瞳を眇める。

 

「……あるんだ?」

 

少年期特有の鼻に掛かった様な可愛らしい声ではなく、ドスの利いた低い声に驚いて少年を見つめると、エドワードはにっこりともう1回笑った。
正面にいたリザも美しい顔を少し歪めてにこりと微笑む。
その中でハボックだけが声をなくして、ついでに表情もなくしていた。

「や、言われたって言ってもあれは冗談っつーか何つーか…。」

あたふたと答える。
これでは怪しさ倍増だ。
本当に何もなかったのに、後ろめたい気がしてくるのは何故だろう。

 

そう、あれは半ば強引に上司の仕事を手伝わされていた時。

やっと終わったと思えば既に時計の針は深夜0時を回り、残業にも程があるだろうと上司にたらたらと文句を言いたくなったハボックは、とりあえず出来た書類を不機嫌にドン、とデスクの上に置いた。
向けられた黒い瞳は一瞬驚愕に見開かれて、それからゆっくりと細められた。
不覚にも胸が高鳴ったことはハボックだけの秘密。
「これでいいんでしょう!」と重ねられた書類を乱暴に叩けば、彼はまた微笑んだ。
労わるように、慈しむように、包み込むように。

そして。

 

『問題ない。―――愛してるよ、ハボック少尉。』

 

例の発言だ。
ただ感謝の言葉として述べられただけなのに、そこに特別な意味を持たせたがったのはハボック自身で。
だからこそ、今この二人を前にして居心地が悪いのだ。
敵うわけもない最強の二人を目の前にして、彼らの想い人に邪な思いを抱いてしまった自分が何となく抜け駆けをしたような気分になって。

 

「少尉も隅に置けないなー。…ブラックリストに載っとく?」

にこにこと爽やかな笑いを振り撒きながら、エドワードは恐ろしい言葉を連ねる。
がしゃん、と向かい側で軍用銃を取り出す音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 

「ふ、二人とも落ち着いてくださいよ!俺は何もしてないッスから!」

「ふふ、分かってるわよ。何をそんなに慌てているの?」

「ねぇ?少尉にそんな甲斐性がある訳ないのなんて分かりきってるっつーの。」

「……。」

 

がくり、と項垂れる大きな体。
先程までの対決ムードは何処へやら、エドワードとリザは阿吽の呼吸でハボックを貶める。
これも全て愛の為せる業なのか。

 

恐らく今は自宅で惰眠を貪っているであろう上官を思って、自分ひとりが何故こんな目に、とハボックは泣きたくなった。

 
 

 

 

  

END

作者コメンツ  
エドvsアイ。そして何故かハボック。
想い人は言わずもがななんですが、やはり夢見すぎですか。