ウィッシュ  
 

 

言われた意味が一瞬分からなかったのは、俺が愚鈍だからではない。

 

 「君のその長い髪が暑苦しくて適わないのだが、どうにかしてくれんかね。」

 

上官にあたる人間はにこりともせずに、真剣そのものといった風情でそんなことをほざきやがった。

 

「なんつーか髪にまで文句言われたくねぇ?」 

「言われたくなければ切りなさい。何なら今ここで私が切っても構わないのだよ。」 

「や、そういうことじゃなくて。」

 

愛用のデスクの引き出しから鋏まで持ち出した大佐の顔には冗談という字は浮かんでいない。 本気の目だ。
常に笑顔を浮かべて、本心をこころの奥深くに押し込めて、巧みに曝け出そうとしない大佐が、今自らの本音を包み隠さずに吐露しているという事実は少なからず俺を喜ばせはしたものの、内容はどうだ。髪を切れ?冗談じゃない!

 「あのねぇ、大佐様?今は夏で、暑いのは当たり前で、更に言えば俺の髪はずいぶん前からこの長さなの!今更とやかくと言われたくねぇ上に、暑いからって八つ当りすんな!」

だん!
右手で思い切りデスクを叩く。 
その拍子にずぼらな責任者が溜めに溜めた白い紙がひらひらと床に落ちたけれど、気にしない。
元はと言えばここまで積み上がるほど溜め込んだ大佐が悪い。そうに決まってる。 
怒りを両目に宿して、やる気のない29歳を睨む。
大佐は眉間に皺を寄せた。 

 

「あーその表情も暑苦しいよ。やめたまえ、鋼の。」

 

心底うんざりと言った大佐は、俺には目もくれずにのったりと立ち上がった。

 

 何ですか、この大人!

  

窓の外を大して興味なさげに見やって、ふぁ、と欠伸をしている姿は、どう考えても人間兵器として戦場を駆けたと言われる人物とは思えない。
ついにボケがきたか、そう思わせるのには十分だったけれど。

理不尽な命令を聞かなくてはならない道理は、少なくとも俺の方にはないはずだ。上官命令と言われてしまえば、少し面倒なことになるが。
とにかく。

「何でも自分の思う通りになると思ったら大間違いだ、クソ大佐!俺は絶対切らねぇぞ!」

もう一度、デスクを思い切り叩く。
大佐はまた眉間に皺を増やして、ため息をつきやがった。

「…良いけどね。言ってみたかっただけだから。」

  

くあー!どこまでむかつく大人なんだコイツは!

 

デスクを引っ繰り返してやりたい衝動に駆られるが、今ここでそれをやったら負けのような気がして、ぐっと堪える。
波をどうにかやり過ごして、大佐の顔をねめつければそこにはしれっとした表情が乗っかっているだけだ。
怒りのやり場がなくて、苛々する。

 

「次に会うときは、そのみつあみがなくなっていることを願うよ。」

 

ふうわりと笑った大佐の声には慈愛が溢れんばかり。
…なんだ、知っていたのか。

 

「言われなくても!」

照れ隠しもあったのかもしれない。
にこにこと微笑む大人を直視できず、俺はそんな捨て台詞を置き土産にいつもの執務室を飛び出した。

 

 

END

作者コメンツ  
エドロイと言い張るのも無理な気がしてエド+ロイ。
理不尽な要求をしているマスタングが書きたかっただけのシロモノ…だって、暑いんだ(爆)
エドのみつあみは願掛けと捉えましたが、如何か。でも現実主義者だからそんなことしないかもなァ。