イミテーション・ファミリー  
 

本当の家族になれないことなんて、初めから分かっているんです。

 

 

歩くとガシャン、ガシャンと鎧が擦れる音が静かな部屋に響いてしまう。
その音を出したくなくて、そっと動けば、それはまるでスローモーションの様。
馬鹿みたい、と微かに自嘲してアルフォンスは安い宿のベッドの上に目を向ける。

 

そこには死んだように眠る大人と子供。

 

大人の太腿に頭を預けて、金糸を散らばらせているのは彼の実の兄―――エドワード。
薄く開いた唇からは規則的な呼吸が繰り返されていて、彼が熟睡していることを教えてくれる。
警戒心からか滅多なことでは深い眠りに付くことがないエドワードをアルフォンスは常日頃から心配していたが、「彼」とともにベッドに入るとエドワードはあっさりと夢の中の住人になってしまう。
それはアルフォンスに驚きと、しかし安堵を与えた。
もしかしたら歓喜をも伴っていたかも知れない。
依存とは違う、けれど包み込んでくれる空気に、きっと兄は何もかも預けてしまっているのだ。
少し怖いと思う。
そして、嬉しいとも思う。
一見相反する感情は、アルフォンスの中では矛盾しない。
笑ってくれて構わない。
自分は大人にこころを開いている兄が嬉しくてたまらないのだ。

そして大人の方はといえば。
ベッドの縁に背中を預けて、その長い足をシーツの海へと投げ出しているのは彼ら兄弟の上司でもある―――ロイ・マスタング。
本来の歳よりも若干幼く見える顔立ちは、瞼が閉じられているせいもあって更に幼く見える。
一日中遅くまで仕事に明け暮れて疲れたよ、と苦笑していたのは昨夜。
眠りに就いたのはエドワードよりほんの少し遅かった。
我が物顔で自分の太腿を占領するエドワードに、彼は「参ったね」と笑っていた。
その時アルフォンスに向けた微笑は、どこかこころを温かくさせるもので。
…おかあさん、と呟きかけたのは秘密。
程なくしてロイの方も不自然な体制のままに眠りに落ちていった。

 

アルフォンスは部屋の隅で小さくなりながら、じっと2人を見つめる。
まだまだ2つの寝息は乱れそうにもない。
眠ると言う行為すら忘れてしまいそうなアルフォンスには、ほんの少し、ほんの少しだけ、2人が羨ましく見えた。
カーテンの隙間からはようやく朝の光が差し込み始めていたが、3人がいる部屋にその光はまるで届かなかったかのように存在を否定されてしまって。
もう少し、2人が起きませんように。
ぽつりと呟いた独り言は、あまりに切実で。
自分の声に驚いて、アルフォンスはため息をついた。

兄の寝顔はこれで何度目になるか分からない程だが、他人のロイの寝顔は数えられるほどしか見ていない。
それなのに、いつもよりよく眠れているようだと思えるのは何故だろう。
起きている時に見せる表情はどれも大人という仮面をつけていて、何処までが本心なのか知れないロイ。
胡散臭いと眉間に皺を寄せるエドワードを、「失礼だよ」と諌めたことも度々。
しかしそんな兄の暴言も、ロイはさらりと笑顔で流した。
ますますエドワードの表情が険しくなったのはいうまでもないこと。
子供扱いをされて怒るのは当たり前の如く兄で、そのやり取りでさえもロイの手の内で踊らされていると気付いているのか、いないのか。
聡い兄のことだ、きっと気付いていてわざとつっかかっていくのだろう。
ハラハラと見守っていたそれをいつからか微笑ましく思う自分がいることに、アルフォンスは何故か泣きたくなった。

自分たちの身を案じ、時には叱咤し、時には―――抱きしめてくれる。

ロイ・マスタングと言う大人が、兄弟のこころの中で無視できない存在になるのに、そう時間はかからなかった。

亡くしたものを与えてくれる、唯一のひとだったから。
過不足なく愛情を注いでくれる、数少ないひとだったから。

おかあさんみたいだね。

ある日エドワードにそう言ったアルフォンスはこっぴどく叱られた。

「かあさんはあんなに嫌みったらしくなかったし、計算高くなかったし、嘘の笑顔を貼り付けて平然としていられるような気障な人じゃなかった!!」

まるで否定することで、肯定しているようなものだった。
エドワード自身そのことに気付いたのか、言い終わった後に口を噤んでしまい、アルフォンスは小さく謝るしかなかった。
自分が思っていたことを実は兄も感じていたのだと初めて知った。
嬉しいような、寂しいような。
複雑な想いを抱え、アルフォンスは以来母とロイを重ねていることを口に出すことはなくなった。

けれど、そこかしこに母性を見つけてしまう。
もしかしたら自分がそう思いたいだけなのかもしれない。
ロイが兄弟を動かしやすくするために、演じているだけなのかもしれない。
それでも。
アルフォンスにとってロイは亡き母親の影を纏っている風に見えて仕方がなかった。

 

一個人として敬愛している。

大人として認めている。

男性として異性からとても魅力的に映っていることも知っている。

それでも。

 

アルフォンスはロイの仕草に母の面影を求めて止まない。

 

(分かってるんだ。)

(かあさんはもういなくて、大佐は男の人で。)

(兄さんはきっとボク以上に戸惑ってる。)

 

物音を立てないように、じっとしたまま俯く。
何をどうしたってロイは母にはなってくれない。なれるはずもない。
いくら家族のように接してくれるからと言って、本当の家族になれるはずもない。
切望したものはとても当たり前で小さなものなのに、それすらも叶わない。

 

「んー…。」

突然上がった唸り声に、アルフォンスは思考の海に沈ませていた意識を浮上させた。
どうやらエドワードが身動ぎしたらしい。
覚醒まで、きっともう少し。

「…本当の家族になれたら、こんな風景が日常になるのかな。」

決して上面だけの関係だとは思えない。思いたくない。
それでも他人である以上は、本物であると言い難いのは確かで。

 
早く元に戻って。それから。

いつもみたいに抱きしめてもらうんだ。

 
夢を見るくらいは、罪深き身にも許されると信じたい。

 

 

END

作者コメンツ  
妄想激しい感じでエルリック兄弟+ロイ。
お母さんらしいといえばイズミ師匠の方がそうかもしれないなーと書きながら思ってました、が、やはり兄弟にとってロイは「保護者」であって欲しいと言う自身の勝手な欲望が勝ちました(笑)
アルは本当に頭のいい子だと思います。けれど、エド以上に家族の愛情に飢えているんじゃないかなーと。
そこに現れたのがロイで、彼は見事に不足分を補ってくれたと。
策略か、本心かは別の話として。
うーん、妄想にも程があるって感じですね。アハハ。笑って誤魔化しとけ。