秘め事

 
 

 

「お疲れ〜。」

「今日もしんどかったな。」

「でも一番しんどかったのは、若林じゃねぇ?」

「シュナイダー手加減なしだもんなァ…ちょっと同情するぜ。」

 

夕日に照らされるハンブルグJr練習グラウンド。
厳しい練習が終わり、ホッと一息ついているチームメイトたちを、カルツは無言で見詰めていた。

(……一番、暴走しているのは我らが若き皇帝だけどな。)

備品倉庫を一瞥して、ため息ひとつ。
ボールを片付けに行った二人が、なかなか帰ってこないことに気付いていたのは、彼だけだった。

 

 

備品倉庫は特有の何とも言えない匂いを放って静かに佇んでいる。
外で使用される器具ばかりを収めてあるせいか、全体的に埃っぽく、照明は夕方になると弱々しい光を湛えて室内をほんのりと照らしていた。

そんな暗く淡い光の中で、影が揺れる。

 

「このやろ…ッ、ここを、何処だと思って…ッ!!」

 

抵抗を示す極力抑えた声は、何故か床の方から聞こえてくる。
器から溢れて零れたサッカーボールがコロコロと転がり、床に転がっている少年に当たって止まった。
しかし、すぐにその少年が振り上げた腕によって、今度は反対側へ頼りなく転がっていく。
腕の持ち主はボールが当たったことなど気付かず、自分の上に乗りかかってくる人物を押し戻そうと懸命にもがくが、上の彼は逆にその腕を掴まえて汚れた床に押し付けた。
痛みを訴える声が漏れる。
しかし、上の少年―――シュナイダーは冷たい表情を崩さない。
整い過ぎた冷たい無機質な顔立ちの中で、碧い瞳だけが異様な迫力を伴って温度を持っていた。

 

その瞳の温度は欲情によって高まっているのだという事に、下の少年―――若林は気付かない振りをする。

 

(珍しく「片付け手伝う」とか言い出すから、変だと思ったんだ!)

いつもと同じ表情―――少なくとも若林にはそう見える―――で、自分を組み敷いている相手。
面倒臭がりで有名なシュナイダーが、ボールを備品倉庫に返しに行こうとする若林に何故か今日に限って同行を申し出た。
息を切らして顔も紅潮している若林とは反対に、シュナイダーは今まで運動していたのが嘘の様な涼しげな顔をして平然としている。
これが体力の差か、と悔しくなった。
そして今は。
これが力の差か、と情けなくなっている。

背こそシュナイダーのほうが若干高いものの、彼はシルエットが非常に細身で、何処にこんな馬鹿力が眠っているのかと、詐欺だ、と若林は半ば八つ当たり気味に思う。
負けない自信があった。
喧嘩になっても、勝てるとおごっていた。
それが、どうだ。
簡単に押さえつけられて、手も足も出ないこの状況。
―――勝てる気が、しない。

これを、喧嘩とするならば、の話だが。

 

正直なところ、若林にはシュナイダーが何故こんなに怒っているのか、皆目見当がつかなかった。
練習中に何かマズイことをしたか?と思いを巡らせてみても、一向に原因にぶち当たらない。
唯一、終了間際にゴール前で接触をしたが、シュナイダーはそんなことを根に持つタイプではない。
睨むように見下ろしてくる相手に、どんな感情を抱けば良いのか分からなくなる。

とりあえず。

怒っては良いはずだ。

 

「離せ!降りろ!重いッ!」

 

外に聞こえないくらいの加減した怒鳴り声で相手を睨みつけると、シュナイダーの眉間にごく僅かな皺が刻まれた。
何かに耐えるかのように寄せられた眉。
それを疑問に思う暇もなく。
床に押し付けられた体制のまま、シュナイダーが覆い被さってきたものだから、若林は反射的に目を瞑ってしまった。

ゆっくりと重ねられる唇が、火傷しそうに熱い。

一度離れて、また口付けられる。
角度をつけて、深く。
貪るような性急なものではなく、味わうように時間をかけて行われるその行為。
初め抵抗していた若林も、徐々に自分の身体から力が抜けていくのを認識せざるを得なかった。

 

初めてではないから、気持ち良さに過敏に反応してしまう。

飲み込みきれずに口の端から溢れ出た唾液が首筋を伝う感触にも、不快感よりもっと別のものが背筋を伝う。

どんどん自分が自分でなくなっていく感覚。

 

(俺、こんなに流されやすいヤツじゃねえハズなんだけど…。)

 

ふ、と軽い息を吐くつもりが、思ったより深い呼吸になってしまったことで、若林は咳き込む。
その勢いに乗って、色付いた頬に生理的な涙が一筋の道を作った。
それを、シュナイダーが舐め取る。
飼い犬に涙を舐められることはあっても、同い年の少年にこんなことをされた経験がなく、若林は少しざらついた舌の感触を不思議な感覚で享受していた。

 

いつもはこんなに間近で見ることのない、ライバルの顔。

眉間に寄せられた皺は、未だ解かれることなく鎮座している。

薄く開かれた瞼から覗く碧い瞳がふとした拍子に揺らめくのを、若林は息を呑んで見守っていた。

 

シュナイダーから降らされるキスの雨は、唇、頬、瞼、額、耳へと落ち、止まる事を知らない。
混濁してきた意識の中、若林は腹部にヒヤリとした何かが触れることで、漸く自我を保った。
唇がひどく熱を持っているのに、侵入してきたシュナイダーの手は呆れるくらいに冷たい。

手の冷たい人は心が温かい人だと、誰かが言っていた。
今なら、それは只の戯言だ、と切って捨てることが出来る。

シュナイダーは、全然優しくなんてない。

行為は大抵、シュナイダーの方から無理矢理始められる。
その内に若林が抵抗する術を無くして、全て委ねてしまうと言う寸法だ。
嫌いな訳でもないが、そこに愛はあるのか?と聞かれると返事に窮する。
黙って抱かれているのは柄じゃない。
ということは、少なからずシュナイダーを好いているのだろうと、まるで他人事のように若林は分析した。
「あの」シュナイダーから、周りが見えなくなるほど求められていると言うのも、歪んだ優越感を満たす。
それだけでも十分な気がした。

 

思考が現実に戻り、ふと気が付けば、自分を蹂躙しようとしている相手のユニフォームをしっかりと握ってしまっている。
剥がそうとしている様で、実は引き寄せているのかもしれなかった。
首にかかる金髪は相変わらず柔らかくて。
くすぐったさに身を捩る若林を、シュナイダーが面白そうに笑って見ていた。

嗜虐心を隠そうともしない強い瞳。

 

―――もしかしたらこの瞳に惹かれているのかもしれない。

 

若林はそう思い、上体を起こして、猛る相手に口付けを送る。
珍しい反応にシュナイダーは一瞬目を瞠ったが、すぐ愉快そうに笑んで愛撫を再開した。
先程のように刺々しい空気は纏っていない。
労わるような慈しむような、そんな優しい雰囲気にすっかり変わってしまっている。

これは、自分のせいだろうか?

自惚れでもなくれっきとした事実に、若林はこっそりと心の中で笑った。

 

 

溺れているのはきっと、お互いさま。

 

 

 

…End…

言い訳後書き

 
闇7777Hits踏んでくださった小林学さまに捧げさせて頂きます〜!
前回リクエスト頂きました時に描かせて頂いたイラストのSS(若林視点)、と言うことでしたが、微妙に背景描写が変わってしまっているような…?(爆)
それなりに闇っぽいものを書かなくては!と意気込んだのは良いのですが、結局空回った次第(とほほ)
シュナが怒ってピリピリ(欲情?/汗)しているのは、接触したときに、うっかり間近で若林くんの瞳を見てしまったから。
ヤッてるときのような濡れた瞳を見てしまって、どうにもならなくなってしまったと。
……若い(笑)
でも備品倉庫のような衛生上宜しくない所でヤるのはどうかと。
せめてロッカー室まで耐えろシュナ!(笑)

と言う訳で、またご期待に添えないものを書いてしまった気分でいっぱいなのですが、どうかお受け取りくださいませ〜!