好敵手

 
 

 

スポーツをしていれば、怪我をするなんて事は日常茶飯事で。

それが例え、全治2週間もの少し重い怪我だとしても、「いつものこと」で済ませられるはずで。

加害者はいつも仏頂面で燃えるシュートを叩き込んでくる、ゴールキーパーを人とも思っていないような奴で。

被害者もそんなシュートを止めてしまうような、少し人の基準から外れてしまっているような奴で。

同じチームでもライバル同士、練習とは言え熱が入って本気になってしまうなんてことは日常で。

そんな2人に引っ張られる形で、チームは成り立っていたから。

 

―――どちらも欠けた、この状況は、不自然以外の何者でもなかった。

 

 

今日のハンブルグの練習はどこか気が抜けている。
天気も、湿度も、気温も、スポーツをするには申し分ないのに。
全員が真面目にやっているようで、上の空。

(あの2人がいないだけで、こんなになっちまうなんてなァ…。)

グラウンド横の芝生に寝転がって、カルツは思う。
いつも張り切っている日本人と、冷淡なほどのプレイスタイルを持つ皇帝がいないだけでこの体たらく。
2枚看板に頼りきりのチームだと、他人事のように評価してみた。
それでもいつもはどうにか締めてくれるコーチも監督も、来月行われる大会の打ち合わせに行ってしまっているものだから、もうどうしようもない。
だから、そんな練習から得るものは何もないと、カルツは早々に退散してしまったのだ。

 

3日前。

いつものようにシュナイダーと若林が居残り練習をしていると、その様子を一旦家に帰り、普段着に着替えたカルツが見学にきた。
家に誰もいなくて、暇だったらしい。
どうせなら参加したらどうだ、と言う若林の誘いをあっさり断って、カルツは芝生に腰を下ろす。
そして、練習を再開した2人の様子をどこか真剣な眼差しで見ていた。
初めはカルツの存在を気にかけて気も漫ろだった若林だったが、シュナイダーの打つシュートが彼の目を覚まさせる。
遠慮なくファイヤーショットを打ってくる相手に、若林もサッカー以外のことを考えている余裕がなくなった。
集中して、ボールを追う。
いつもはシュートを打って、止める、ただそれだけのPK戦なのだが、今回は少し趣が違う。
若林が弾いたボールをシュナイダーがもう一回ゴールに押し込む、それをまた若林が阻む。
シュナイダーがゴールネットを揺らすか、若林が取るか、もしくは弾いたボールがコート外に出てしまうか。
どれかになるまで、2人は動き続ける。
いつにも増して積極的な練習内容に、カルツが「元気だねぇ」と、皮肉とも感嘆とも取れる笑いをしたのはまた別の話。

暗闇が空を覆い始めた時分。
若林が弾いたボールを、シュナイダーが詰めて蹴り上げた。
もう少しで接触してしまうような至近距離でのファイヤーショット。
止めようと左足を出した若林だが、シュートの威力を殺すことができずに、引っ張られる形でゴールネットへと押し込められてしまう。
ネットを揺らした後、転々と転がるボールは、またシュナイダーのもとへ戻っていった。
それを足で軽く受けて、シュナイダーは満足げににやりと笑う。
容赦ない皇帝の攻撃に、カルツはひゅぅ、と口笛を吹いた。

しかし、その2人の表情はすぐに険しいものへと移行する。

若林が倒れたまま、起き上がってこない。
いつもなら悔しそうに顔を歪めて睨んでくる、その若林が。
左足首を押さえて、顔には脂汗を浮かべている。
どうやら後ろのゴールポストに、もろにぶつけたらしい。
立ち上がるのもままならないようで、シュナイダーとカルツは急いで彼を近くの病院へと運んだのだった。

医師の診断は、左足首にヒビが入ったとの事。
後遺症の心配はないが、完全に治るのに短く見積もっても2週間。
下手をすれば3週間程、腫れが引かないかもしれないと言う話だった。

それを聞いた瞬間、悲愴な表情を浮かべたのは怪我をした本人ではなく、させてしまったシュナイダー。
「2週間…」とポツリと呟いて、呆然としてしまう。
すぐだよ、なぁ?と存外楽天的な若林に対し、彼の狼狽は激しかった。
診察の後、若林を自宅まで送り、保護者でもある見上に怪我をさせてしまったことと帰宅が遅くなったことを謝罪し、若林本人にも頭を下げ。
終いには若林の怪我が治るまでサッカーはしない、と言い出し始める始末。
これには「馬鹿にすんな!」と、烈火の如く若林が怒ってしまったので、一応発言を撤回したのだが。

それから3日間。

シュナイダーはハンブルグのコートに現れていなかった。

 

(皇帝は今頃何してんのかねぇ。)

欠伸をしながら、晴れた空にのんびりと思うカルツなのだった。

 

 

そしてその皇帝は。
練習にも出ず、可愛い妹の買い物に付き合っていた。
マリーは初め、あのサッカー漬けの毎日を送っていた兄が急に練習に出なくなったことをいぶかしんでいたが、特に口を出さずいつも通りに接している。
切ないくらいにサッカーしか見ていない、そんなシュナイダーがこんな風にサッカーから逃げているのには何か理由があるのだと、幼いなりに理解していたから。
『分からない振り』をするのが、兄に対する最大の気遣いなのだと、聡明な妹は知っていた。

「ごめんね、付き合わせちゃって。お兄ちゃんには退屈だったでしょう。」

「いや、良い気分転換になる。もう買い残しはないのか?」

「うん、ありがとう。もう空も赤らんできたし、そろそろ帰ろ!」

目一杯可愛らしく笑って、マリーはシュナイダーの手を引いていく。
その様子に、シュナイダーは楽しそうに瞳を細めて。
手を繋いだまま、2人は家までの道を心持ちゆっくりと歩いていった。

 

そんな幸せな兄妹を家の前で待っていたのは、不機嫌オーラを纏った異国人。

 

同年代の友人達よりも少し幼い顔を怒りで歪ませている。
一目見てマリーが「あ」と思わず声を漏らし、シュナイダーは表向き変わらない表情の下で軽く動揺していた。
とりあえず中に、とマリーが若林を家の中に促して、当然のように兄の部屋へと案内する。
「ごゆっくり」と空気を察して妹が出て行ってしまえば、流れるのは葬式のときのような重苦しい空気だけ。
ベッドに腰をかけている若林は一言も喋らないし、シュナイダーはシュナイダーでかけるべき言葉を探すだけ探しているだけで、一向に見つからなかった。
そんな感じで数分。
口を開いたのは若林だった。

 

「なぜ、練習に来ない。」

 

ぴし、と叱りつけるような声で用件を手短に言う。
言われるだろうな、と思っていた台詞を言われて、シュナイダーは心の中でこっそり笑った。
玄関口でぷりぷりと怒っている表情を見ただけで、言いたいことは分かってしまっていたのだ。
真面目な、若林らしい。

「俺の勝手だろう。」

負けじと不機嫌に言ってやれば、若林の機嫌も目に見えて悪くなる。
神経質に瞳を眇めて、シュナイダーを睨む。

「俺のせいなのか。」

吐き捨てた言葉には確信を込めて。
首を振って否定するシュナイダーを、また、きつく睨む。

「俺のせいじゃなかったら何だって言うんだ!あれほどサッカーに入れ込んでいたお前が突然練習に3日も来なくなるなんてどう考えたっておかしいだろう!?俺に怪我させたから、俺が練習に復帰するまで自分もサッカーに関わらないつもりなんだろ!そんな気の使い方、間違ってるし、俺に対して失礼だ!!侮辱するにも程がある!!」

一気に捲くし立てると、若林は今度は目で語る。
じっと見られるとシュナイダーとしても落ち着かない。
結局は、白状するしかないのだ。

「……お前のせい、というのは語弊がある。俺は、俺が許せないだけだ。」

「それが俺のせいなんだろうが。怪我なんて誰だってするだろ。お前は俺の保護者かなんかか?ライバルだと思っているのは俺だけなのか?大体この怪我だってお前のシュートを止め切れなかった俺のせいじゃないか!」

「それは違う。」

興奮して立ち上がった若林をまたベッドに座らせながら、シュナイダーは少し、困った顔をした。
言ってもいいものか、考えあぐねている表情。
迷いを表情に表すシュナイダーは本当に稀で、若林はとりあえず待ってみる。
少しでも若林の為、と言うニュアンスを含ませた答えをしたら、思い切り殴ってやろうと物騒なことを思いながら。

「…本当に、お前のせいじゃないんだ。サッカーに私情を持ち込んだ、俺が悪い。そのとばっちりを若林が受けてしまった、それだけだ。」

頭を掻きながら、不貞腐れたような表情でそんなことを言い始める。
私情を持ち込んだ?と若林が不思議そうに瞬けば、シュナイダーはバツが悪い、と言った顔で俯いてしまった。
少しして、言い辛そうに語りだす。

「…あの日の居残り練習、カルツが来ただろう。お前は、カルツが気になっていた。そうだな?」

確かに、練習を見ているだけで楽しいのかと思って、カルツに気を向けていたことは否定できない。
その通りだったから、若林はこくりと頷いた。

「いつもは2人きりで。お前の意識は全て俺に向けられているだろう。……そういうことだ。」

「そういうことって。」

「あぁ、お前はとことん鈍いんだったな。これで分かるはずがないか…。」

大袈裟にため息をつくシュナイダーに、馬鹿にされている気分になって(実際その通りなのだが)若林はムッと顔をしかめる。
しかし、本当に何だかさっぱり分からないので、怒るのは止めにした。
続きを促すと、シュナイダーはまたため息をつく。

「俺はあの時間、お前の身体だけでなく意識をも独り占めしているようで、いつも嬉しかったんだ。練習自体もいつもより気合が入ってしまう。なのに、あの日はお前の意識は俺よりもカルツに向かっていただろう。……それが、許せなかった。」

ただのヤキモチだ。

言い切って、自嘲する。
カッコイイんだかカッコ悪いんだか判断に困って、若林もつられてつい曖昧な笑みを浮かべる。
しかし、待てよ、と思い直した。
それってつまりは。

「お前がヤキモチなんか妬いていたせいで、俺はこんな怪我をしたって言いたいのか?」

「その通りだろうが。」

「まて、それは違うだろ。いくらお前がイライラしていたからって、そのシュートを止められなかったのはやっぱり俺自身の実力の問題で…。というかお前はいつも手加減していたとでも言うのか!?」

「何でそうなる……。」

どうも明後日の方へ行き始めた若林の思考に、ほとほと呆れてシュナイダーは額を押さえる。
こういうことは珍しくない。
若林とシュナイダーの考え方は似ているようで根本的にずれていて、1から10までを説明しなければならないなんてことはザラだった。
こと、恋愛に関しては。
独占したがるシュナイダーに対し、若林はそれを煩わしく思っている節がある。
気持ちは一緒なのに、方向性が正反対。
衝突する前にシュナイダーが一歩引いてしまうのが常だったが、それが行われない場合は手も足も出る大喧嘩へと発展してしまう。
体力勝負となれば、シュナイダーは負けない。
いつも最後に無理矢理納得するのは若林で、けれどその不満を次回へ持ち越すものだから、喧嘩の種は尽きなかった。
それはそれで、立派なコミュニケーションになるのだけど。

「サッカーに私情を持ち込むことを俺が一番嫌っているという事は、お前も知っているだろう。他人にそれを求める本人が、私情をはさんでどうする?許せるわけがない。だから、これは俺自身の問題で、本気だろうが本気でなかろうが、そんなことは関係ない。」

「それは分かる。分かるが、だからと言ってサッカーを禁じるというのはおかしいだろう。もし俺に対して申し訳ないと言う気持ちが少しでもあるなら、もうそんなことはしない、と、誓いでも立てて練習に励んでくれた方がずっと良い。」

責めるような真っ直ぐな眼差しで、若林はシュナイダーを見上げる。
その曇りのない瞳に、シュナイダーが心底参っていることなど知らないで。
茶色味の強い黒目が瞬くと、碧い瞳が伏せられた。
構わず、若林は続ける。

「そんな風に自分を責めて、練習を2週間も休むつもりなのか?この時期の2週間がどれだけ長いか、お前だって良く知っているくせに。」

「……だから、だろう。お前だって2週間ボールに触れることすらできないじゃないか。」

「俺の事は関係ないと言っている!―――それとも、」

 

「たかだか2週間のブランクで、俺がお前に追いつけなくなるとでも?」

 

挑むように睨む表情には怒りと、侮蔑と。
歪めた口の端に嘲笑を添えて。

 

「見くびるなよ、シュナイダー。前を行くお前が時々振り返る程度なら分かる。変に甘いところがあるからな。けど、その足を止めてまで俺のことを待っているとなれば話は別だ。俺は、お前を越える。今じゃなくても、いつか絶対に。そん時は俺は後ろなんか振り返らないぜ。止まっているお前を置いて、さっさと上へ上がってやる!」

「若林…。」

「お前は自分を責めているつもりだろうが、それは俺を軽視しているだけだぜ。ひどく傲慢な態度だ。それを、俺が良しとするとでも?」

「……。」

「練習に出ろ、シュナイダー。キャプテンのお前が不在だと、チームの士気も下がる。」

 

言われてみれば、若林の言っていることは全て正論で、シュナイダーは目を逸らしてしまう。
自分の感情を制御できなくて、結果、大事なライバルを傷つけて。
そんな自分が情けなくて、腹立たしくて、恥ずかしくて。
ただ、若林を理由に使って、逃げていただけなのだろうか。
それは酷く身勝手な言い分だと気が付く。
若林が怒るのも無理はない。

 

「…ああ、そうだな。」

 

ふっと納得した様に笑って、シュナイダーは眩しそうに瞳を細める。
いつも理論で勝つのは自分の方なのに、今日は若林にしてやられたというか。
結局、甘いのだろう。
正論だろうと、ただの我侭だろうと、受け入れてしまえるくらいには惚れ込んでいるということだ。
皇帝と崇め奉られようと、たったひとりの少年に勝てないのだから笑ってしまう。

「明日から、参加しよう。当然、お前も見に来るんだろう?」

強気に笑って、シュナイダーは若林を見つめる。
もちろん、と嬉しそうに頷く相手に、自分まで嬉しくなった。
負の部分が多いサッカー人生だっただけに、こうして自分のことを本気で考えていてくれる人間が、そのサッカーを通じてできたことに胸が暖かくなる。
初めて同じ目線で世界を見ることができる相手に出会えた。
嬉しくて、浮かれてしまう。

 

左足の具合はどうだ、と聞けば、平気に決まってんだろ、との力強い言葉。
近付いて、頬に触れる。
逃げる様子を見せない若林に、シュナイダーは遠慮なくキスをひとつ落とした。
謝罪と、愛しさを込めて。
それだけで離れたシュナイダーを捕まえて、今度は若林が触れるだけのキスを送る。
普段滅多にくれない若林からのキスに、シュナイダーがすっかり舞い上がったのは言うまでもなく。
次第に深くなる口付けに若林が不満を言い出すよりも早く、シュナイダーは彼をベッドに押し付けた。
器用に服のボタンを外して、露になった肌に所有印を刻んでいく。
若林の抵抗は左足を庇っている為にあってないようなもの。
徐々に諦めから大人しくなっていく若林に、シュナイダーは幸せそうに笑んだ。

 

 

しかし、まぁ、良い所でお邪魔虫が入るというのはお約束で。

 

 

数分もしない内に、お茶を持ってきたマリーの可愛い拳が、シュナイダーの部屋の扉を叩いたことは言うまでもない。

 

 

 

…End…

言い訳後書き  
闇5555Hits踏んでくださった吉野こうさまに捧げさせていただきますv
リク内容は「練習中に怪我をした若林、させてしまったシュナイダー」とのことでしたが、クリアできていますでしょうか…ドキリ
エロはいつも逃げてスミマセンと言った感じで(反省しろ)
とっても素敵なシチュエーション頂いたのに、表現しきれない自分がホント、苛立たしい…!
えー、あと怪我の描写、よく分からなかったので話半分と言った感じで読んでいただければ(苦笑)
なんか結局いつものシュナ→源になっているきもしますが、一応、若林くんもシュナの事はそう言う意味で好きなので!
こっそりマリーを描くのが楽しかったなんて事は内緒です…。

吉野さま、リクエストありがとうございましたvv